58『帰還』
サーペントを知らぬ内に食べさせられたイーナは軽く失神してしまったが、デイジーが怪力に任せて揺すり起こした。イーナは今にも吐きそうな顔をしていたが、これ以外は食料がないことを説明すると、青褪めた。そして意を決した様に恐る恐るサーペントのスープを食べていた。
しかし人間空腹には弱いもので、二口目には普通に食べれるようになって、お替わりする頃には美味しさ向上のためにあれこれと呟きながら食べていた。イーナの料理人魂には畏れ入る。
食事を終えた三人はこの後どうするかを話し合った。イーナは魔力切れらしく、魔力回復水も二本使ったようで、かなりしんどいらしい。フィーナの足を再生するほどの魔法を使ったのだから、使用した魔力は尋常じゃなかっただろう。
デイジーも右足の痛みが残っているので、走ったり戦闘したりは難しいようだ。魔力は回復しているので、食事の用意はイーナが回復するまでデイジーの役目になりそうだ。
フィーナは三人の中でも最も動けなかった。未だ上体を起こすことは出来ず、介護されなければ用も足せない状態だ。下の世話をイーナがやってくれたが、いくら家族とはいえ死ぬほど恥ずかしかった。
「私が回復したらデイジーの足を治して、デイジーがフィーナを背負ってここを出よう」
「わかったー」
「苦労をかけるねぇ」
「フフ! フィーナ、お婆さんみたい!」
三人は話し合いの結果、イーナの魔力が回復するまでここに留まることにした。ミミを先行して戻らせたので、駐在している警邏隊のメンバーが迎えに来てくれるかもしれないという予想もしている。今の時間がどれくらい経っているのか解らないので、迎えがいつになるかも解らないが。
デイジーは散らばった荷物を片付け、ガオを再び呼び出して腹の中に収納した。
「申し訳ありませんでしたガオ。皆様の大切な道具類を紛失してしまうところでしたガオ」
「ガオは良くやったよ。ありがとう」
「その言葉に身も心も救われますガオ」
普段は無口なガオだが、今回主人の影に戻らざるを得なくなった事をかなり後悔していたようだ。呼び出すと低頭して詫てきたが、デイジーが労ったことで顔を明るくした。小豆を貼り付けたようなつぶらな瞳がキラキラと輝いていた。その輝きは【散光石】にも負けていない。
デイジーは周辺の警戒をしていたが、全く魔物の気配もないようで、早々に警戒を解いて回復に専念した。
フィーナは敷布の上に寝かされ、安静にするように言われた。湿気で敷布が気持ち悪いことになっていたが、我慢するべく無理矢理眠った。
イーナはフィーナの横で寝ており、小さい寝息を立てている。魔力が枯渇すると睡眠時間が長くなるようだ。
そうやって二日ほど過ごした頃、洞窟の奥から足音が響いてきた。複数の足音にフィーナ達は緊張したが、やって来たのは警邏隊のメンバーだった。
「大丈夫ですか!?」
「………何とか」
警邏隊の一人が駆け寄り、フィーナ達に事情を乞う。まだ若い男性だ。最後まで意識を保っていたイーナが説明した。食われた三人の警邏隊の話をすると、その男は顔を曇らせ、苦しそうに頷いた。
「そうですか………アルヴィンさんから話は聞いていましたが、やはり亡くなったのですね。しかし、この状況はどういうことです? アルヴィンさんの話ではこの先に恐ろしい大蛇がいると聞いていましたが………まさか、倒されたのですか?」
「はい、三人で協力して倒したのですが、どうやらここはサーペントの巣だったようで………」
三叉首の大蛇を倒したと聞いて、警邏隊のメンバーは驚きの声と感嘆じみた声を上げていたが、サーペントの巣、と聞いて、一瞬で真顔に戻った。
「心配しなくても大丈夫ですよ! サーペントはほとんど倒しましたから」
「いや、しかしですね。サーペントの巣と言えば、災厄級の代物です。群れを統率していたのが大蛇であるなら、その大蛇を倒してしまった以上、サーペント達は巣から大量に溢れ出すはずです。それを、倒したと?」
「やったのはウチの妹のフィーナですよ。大魔法を使って、その余波に呑まれて傷を負ったので、こうやって回復していたんです」
警邏隊はバツが悪そうに寝ていたフィーナを見やって、信じられないと目を丸くしていた。
「まさか………あの地響きはあなたが………?」
警邏隊の一人がフィーナに恐る恐る聞いた。
「……? あー、あの爆発なら地響きが地上に届いても不思議は無いですね。大丈夫でしたか?」
「「「お、お……おおおおおおおおお」」」
何人かの警邏隊が大声を上げてフィーナに詰め寄った。フィーナはあまりの突拍子の無さにビクッと体を震わせた。
「おお! 貴女があの大地の神の力如き地鳴りを!」
「俺は始祖レファネンの怒りがこの街を襲うのかと思ったぞ!」
「何という魔女さんだ! 大蛇を葬るだけで無く、数百匹のサーペントをも消し炭にするとは! ありがたや………ありがたや………」
(数百匹もいなかったよ! 消し炭はあんまり間違えてないけど………大蛇は三人で倒したって言ったのに!)
フィーナは必至に訂正しようとしたが、警邏隊は聞く耳を持たず、拝む様に、寝ているフィーナにひれ伏した。フィーナは居心地の悪さに辟易としたが、帰りの道中は神輿のようなものに担ぎ上げられ、楽だったので、少し複雑な気持ちになった。
二日と半日をかけて洞窟を脱した一行は、この洞窟がサーペントの巣立ったことを伝え、その巣を壊滅させたフィーナ達は丁重にもてなされた。
次の日、魔女の商隊が迎えに来てくれたが、町長や町の住人達によって引き留められ、商隊共々、大宴会に参加させられた。イーナはだいぶ回復したようで、デイジーの足を治せるほどになっていた。
フィーナは警邏隊や町長一家、魔女の家の近郊に住んでいる人達によって体調を回復させられていた。当の本人は嫌がっていたが、周りの感謝の気持ちに気圧され、渋々治療を受けた。
イーナやデイジーも町人達から持て囃された。中でもイーナとデイジーによる、フィーナ自慢が人気を集め、三人が受けた依頼や倒した魔物を話すと、町の子どもや警邏隊は感心して聞いていた。
特にデイジーの臨場感溢れる、英雄譚のような語りに、町人は歓声を上げながら聞き入っていた。フィーナは他人に自分の自慢話をされるという辱めに耐えられず、頭を抱えた。
「フィーナさぁーーーん!!」
フィーナは町長の娘パメラに果物を食べさせてもらっていたが、声を上げる主、キャスリーンの姿を見て顔を強張らせた。
「心っ配しましたわぁーー! お怪我はもうよろしいくて? わたくしが懇切丁寧に看病して差し上げますわ!」
キャスリーンはパメラから果物とフォークをぶんどると、フィーナに食べさせ始めた。
「はい! フィーナさん! あーん、ですわよ。ウフフ、恥ずかしがらないで良いですわよ? ………何なら、お身体も拭いて差し上げますわ………ハァハァ」
フィーナは声にならない悲鳴を上げた。
悲痛な叫びが【ウィッチ・ニア町】の空に木霊した。