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57『窮地を脱して』

 

「う……」


 フィーナの目がゆっくりと開く。見覚えの無い天井。というよりも、ごつごつとした岩肌か。それがフィーナの目線の先にあった。フィーナは意識の失う前の記憶を一つ一つと頭の中で反芻し、死が迫っていた恐怖に身震いした。


 ビキビキと痛む体に思わず眉を寄せて目をきつく閉じる。体はまったく動かせないが、この痛みが生を感じさせる。生きている。フィーナは口から、かすれた息を吐きだした。本人は笑ったつもりだったが、激痛でその様になってしまったのだ。


 どのくらい時間が経ったのだろうか。


 フィーナは段々と動かせるようになってきた首と指先を、準備体操をするが如く反復して動かしていた。洞窟は昨日のようにひやりとしていて、結露した雫が天井からポタリポタリと垂れていた。くぐもった風鳴りが響いているが、目に入るのは岩肌と土、そして【散光石】だった。


 フィーナのすぐ傍では温かいぬくもりが感じられた。甘くて懐かしいような、安心する香りは覚えがある。イーナの香りだ。イーナから小さい寝息と体温を感じる。すぐ近くで聞き慣れたいびきも聞こえる。これはデイジーのものだ。

 

 フィーナは二人が無事なことに安堵した。同時にデイジーのいびきが大きくなって、むにゃむにゃと寝言を言い出すのだから質が悪い。フィーナは痛みに引きつりそうになりながらも笑いを堪えた。


(もー。デイジー寝ながら笑わせないでよ……! イタタタタ………ふぅ)


 デイジーの間の抜けたいびきから意識を逸し、だいぶ動くようになった首で辺りを見回した。

 どうやらここは大部屋の入り口のようだ。大部屋は崩落によって、完全に封殺されており、そこからくぐもった風切り音が聞こえてきていた。通路は所々天井が崩落していたが、土魔法で補強していた事もあって、崩れ落ちることは無さそうだ。

 

 フィーナは生き埋めにならずに済んだ事にホッと、ため息をつき、また天井に顔を向けた。


 天井から水滴となって落ちる雫の数を数えながら、フィーナが体のあちこちの動きを確かめていると、不思議なことに気がついた。


(あれ? 足に感覚が………これが幻肢痛ってやつ? ………いや、違う! ある! 足がある!)


 フィーナは半ば興奮して足の指先を丸めたり開いたりして、その感触を確かめた。先程の爆発で足が吹き飛んだ事はフィーナ自身が目にしている。生き残ったとしても、これからどうしようと悩んでいたフィーナだったが、思わぬ形で裏切られた。


(あれー? どうして足が? それになんで私、ここにいるんだろう)


 フィーナは意識を失う前の事をよく思い出してみた。爆風で壁にたたきつけられ、体の至るところに傷を負った。せめて二人に看取ってもらおうと、ある魔法を発動しようとした。


(あれ成功したんだ……。『魂の覚醒』ってやつ? あれのお陰かな? 【転位魔法】が成功したの)


 フィーナが最後に発動したのは特殊魔法【転位魔法】だ。SF理論で成功してしまったのが何とも言えないが、なんとかなったのは嬉しい限りだ。


 (フフフ………これで私も特殊魔法が使えるよ! 私には治癒魔法もあるから、二つ目だよ! これって凄いことなんじゃない? 母さんとでめちゃんが聞いたらなんて言うだろ! ……母さん、会いたいな………)


 フィーナがグスグスと鼻を鳴らしていると、


 グゥ〜〜〜………。


 と間の抜けた音がなった。


「お腹減った〜 イーナ〜、ご飯まだ〜?」


 

 デイジーがむくりと起き上がり、気怠げに頭を掻きながら辺りを見回す。そして段々と今の状況を思い出し、青褪めていく。倒れているフィーナとイーナ。フィーナは涙を零し、イーナは静かすぎるほど深く眠っている。デイジーは嫌な予想でもしたのか、這いながらフィーナの元に駆け寄ると、フィーナの胸元を掴んでガクガクと揺らした。


「フィーナァ〜! イーナどうしちゃったの〜? フィーナは何で泣いてるの〜? 蛇の群れはどうなったの〜?」


 デイジーの怪力に揺さぶられ、フィーナが激痛に呻く。


(やめてやめてー! ホントに死んじゃうから! 痛いから!)


 フィーナが必死の形相でデイジーを睨む。これ以上揺すったら許さん、と言わんばかりの表情を浮かべ、デイジーをとめる。デイジーは「ひぇ!」と息を吸うと、優しくフィーナを寝かせた。


「のど……乾いた………。水……頂戴………」


 かすれる声を何とか振り絞り、デイジーに欲求を伝える。デイジーは辺りを見回して、少し困った顔をしたが、四つん這いの格好でどこかに向かって這っていった。


 デイジーがもどってくると、その手には革の水筒がにぎられていた。デイジーがそれをフィーナの口元につけ、水を流し込む。


 フィーナの胃袋に冷たい水が染み渡った。冷えた水が体の火照りを冷ましていく。未だ体は痛んでいたが、何とか話す事が出来そうだ。


 フィーナはデイジーに起き上がれないから傍で聞いてと言うと、デイジーはフィーナの隣に寝そべった。イーナ、フィーナ、デイジーで川の字になって寝てる様はまるでお泊り会のようである。場所は洞窟で傷だらけだが。


 フィーナはデイジーが意識を失った後から、自分が意識を失ったところまでを話した。話の途中で相槌のように腹の虫を鳴らすデイジーに呆れたが、デイジーは真剣に聞いていたのでフィーナも茶化さず話した。


「………というわけで、何とか三人とも助かったんだよ。私の足が元に戻ってるのは分からないんだけど」


「デイジーも分からないよ。フィーナも分からないならイーナが知ってるかも」


「かな? とにかく私は動けないから、デイジーが自分でご飯を用意して。出来れば私の分もお願い」


 フィーナがそう言うと、デイジーは申し訳なさそうな顔をした。


「あのね、フィーナ。デイジーが気を失っちゃったから、ガオも影に戻ったみたいで、ガオのお腹に入れてた荷物とか、全部そこに散らばってるの。食料は湿気と泥でダメになっちゃったみたい……ごめん………」


 デイジーが俯き、途方に暮れる。


「あ〜、仕方ないね。それでも瓦礫に埋まらなくて良かったよ。ガオは少ない魔力でギリギリまで運んでくれたんだね」


「ゴメン………デイジーがもっと強かったら………うぇーん………」


 食料全滅がデイジーには堪えたのか、声を上げて泣き始めた。泥だらけの手で目を擦ろうとするので、細菌が入らないか心配になる。


「大丈夫だよ、デイジー。食料ならあるよ」


「ぐす……どこに………?」


 フィーナは大部屋の方に目を向けた。瓦礫の隙間からはサーペントの死体が見える。デイジーが「あれを食べるの?」と怪訝な顔をした。


「姉さんが嫌がってたから言わなかったけど、サーペントの肉って鶏肉みたいで美味しいらしいよ。頭は毒があるから食べちゃダメだよ」


「鶏肉………チキン!?」


 フィーナがこくりと頷くと、デイジーは飢えた狼のように瓦礫の隙間からサーペントを引っ張り出した。大きめなサーペントはデイジーによって瞬く間に捌かれ、肉塊と化した。デイジーは魔力回復水を飲んで、火魔法を操り、串焼きを作っていく。フィーナ用にスープも作っているようだ。

 食料の中でも香辛料や水に浸かっても大丈夫だったものをデイジーが見つけ、洞窟内とは思えないほど豪勢な料理ができていた。


 デイジーはサーペントの串焼きを、片手に何本も持ちながらかぶりついている。それでもフィーナへの介抱は忘れず、スープや串焼きを食べさせていた。サーペントは癖もなく、歯ごたえのある肉質で、意外と上品な味わいだった。



「ううう……」


 デイジー達が食事を終える頃、イーナが目を覚ました。デイジーがイーナに水を飲ませ、食事を与える。イーナが食事している間に話を聞くと、フィーナの足を治したのはイーナだったらしい。デイジーみたいに『魂の覚醒』に至ったことに喜んでいた。  


「それにしても美味しいね、これ。デイジー、これ何のお肉? 鶏肉みたいだけど……」


「それはねぇ―――」


「………あ」


 デイジーはにこやかに答えようとする。フィーナはやってしまったと思いつつも、これを機にイーナには克服してもらおうと考えた。


「――――サーペントの肉だよ! 美味しいよね! まだいっぱいあるからお替わりしていいよ!」


「!? …………」


 イーナは白目を剥いて気を失ってしまった。克服はまだ遠そうだ。


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