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56『イーナの覚醒』

 イーナは絶望と後悔、恐怖に苛まれていた。サーペントの大群からデイジーを担いでなんとか大部屋の入り口まで辿り着いたが、フィーナが力尽きて蹲ってしまったのだ。


 イーナはもっといい方法は無かったのかと憂い、思いつかない自分の至らなさに歯噛みした。フィーナは息も絶え絶えで、必死に這いつくばりながらこちらに向かってくる。

 既に、イーナにも残る魔力は少ない。元々魔力量が少なく、何度も自身の素質の無さを呪ったイーナだが、この時は今まで以上に無力感と焦燥感で気がおかしくなりそうだった。


 サーペントの噛みつきがフィーナの後頭部をかすめそうになった時、イーナは胸が張り裂けそうに痛んだ。すぐにでもフィーナの元へ駆け出したかったが、魔力枯渇のせいで足元がおぼつかない。


 イーナは何か手はないかとバッグを漁り、魔力回復水の小瓶を手にとった。フィーナは今にもサーペントに噛まれそうだ。イーナが自分にこれを使って走っていっても間に合わないだろう。


 イーナは震える手を強引に抑え、魔力回復水の小瓶をフィーナに向かって投げた。投げてからイーナは酷く後悔した。小瓶はフィーナの元に転がり、フィーナがそれを震えながらも口をつける。途端にフィーナが苦しそうにもがき始めたのだ。

 フィーナはすでに魔力回復水を使っている。イーナは自分の行動がフィーナをさらに苦しめてしまったのではないかと思うと、頭が真っ白になるほど絶望した。


 フィーナが苦しそうに魔法を構築するのを見て、イーナは察した。


 フィーナはここでサーペントと心中するつもりだと。


 湧き上がる黒い霧を見て、イーナは何の魔法かわかった。三人が危険にならないと使ってはいけない禁断の第一種複合魔法だ。あれを使えばサーペントを一掃できるが、フィーナも無事では済まない。

 慌てて止めようと手を伸ばすが、届くはずもない。


 黒い霧に火がつけられ、大部屋が爆音と炎に包まれる。イーナは肌を刺すような熱気と、入り口から吹く突風に耐えた。凄まじい威力だ。イーナは本能的にこの魔法の威力に恐れをなした。そして、その魔法を完璧に操るフィーナの胆力にも畏怖を感じた。

 サーペントは強烈な業火に身を焦がされ、けたたましい雄叫びとともに絶命していった。


 イーナは吹きすさぶ暴風の中、たった一人の妹を亡くしたことに呆然としていた。あの爆発の中で死なないはずがない。イーナの頬には大粒の涙が伝っていた。意識のないデイジーの額に、イーナの涙が滴り落ちる。

 イーナはせめてデイジーだけはと、飛ばされないようにしっかりと覆いかぶさった。

 デイジーやイーナの帽子やローブが大部屋の中へと吸引され、灰になっていく。それを見て、イーナは大部屋の中は一体どれ程の温度になっているのか、と体を震わせた。身を焼かれたフィーナの死体を見なければいけないのか、と絶望した。


「フィーナ……ごめん。ごめんね…」



 泣き喚くイーナ。しかし、そんなイーナの前で奇妙なことが起こる。


 目の前の景色が歪んだかと思った後、ボロボロのフィーナが現れたのである。その体は至るところが欠損し、大量の血を流していた。骨は複雑に折れ、フィーナの意識も無かった。

 イーナはフィーナの最後であろう姿に慟哭した。吠えるように泣き、自分を恥じ、不甲斐なさに憤り、哀しみに嘔吐した。

 方法はわからないが、フィーナは最後の力を振り絞って自分たちの所へ来たのだ。そう思うと、イーナの胸は張り裂けるように痛んだ。


 悲惨な姿のフィーナに覆いかぶさって泣いていた時、イーナは気づいた。


(心臓が…動いてる……?)


 それは儚く小さい鼓動だった。しかし生を知らせる貴重な鼓動にイーナは奮起した。鼓動は今にも消えそうなほど小さい。


(死なせない! もう二度と! あんな気持ちをするのは嫌!)


 イーナの頭によぎったのはフィーナが高熱を出して倒れ、危険な状態になったことだ。あの時もイーナは何もできず、自分の不甲斐なさを痛感した。

 フィーナが目を覚まし、元気に笑う姿を見て、もう二度とフィーナをあんな目に合わせないと心に誓った。目覚めたフィーナの変わりようには驚いたが、イーナには姉妹としての勘か、確かにフィーナの魂を感じたのだ。そこにいるのは自分の妹であり、守るべき家族だとイーナは再認識した。


 しかし、目の前に倒れ、肉塊と化そうとしているフィーナを救う手立てがイーナには思いつかなかった。大部屋の爆音と炎熱がこちらまで襲いかかる中、イーナは必死に考えていた。

 バッグの中からフィーナに教えてもらった、生命の成り立ち、細胞分裂、体の機能形態のメモを取り出して走り読みする。何かを確かめた後、フィーナに向き直った。


「死なせない! お姉ちゃんがフィーナを護るから!」


 イーナは魔力回復水を一息に呷り、瞳をとじて集中した。周囲の音がすうっと遠くなり、ピンと張り詰めた空気がイーナを包む。体内に魔力が満たされ、不思議と体の震えも治まる。


 イーナは手をかざし、仰向けのフィーナに治癒魔法をかけた。折れた骨や傷ついた体が少しずつ癒やされていく。しかし、この程度ではフィーナの死は免れない。イーナはさらに集中を高め、細胞、臓器、血管のイメージを強く思い描いた。

 途中、魔力が足りなくなって魔力回復水をもう一瓶飲んだ。体がギリギリと軋むような悲鳴を上げたが、イーナは唇を噛んで、血を流しながらも治癒魔法をかけ続けた。


 イーナは大量の魔力がごっそりと体から抜け出る感覚に、額に汗を掻きながらの耐えた。今までに無い魔力の消費がイーナを焦らせるが、同時に確かな手応えみたいなものも感じた。

 イーナの手のひらが見たことのない輝きを放つ。イーナはその輝きを瞼越しに感じ、震える瞼をうっすらと開けた。


 フィーナの顔には赤みがさしていき、折れた骨や吹き飛んだ手足が完全に元に戻っていた。フィーナの口元から小さい呼吸音が聞こえた時、イーナは安堵して、糸が切れたように倒れた。全身が針を刺されるように痛むが、イーナはそれとは別に母の腕に抱かれる、安息のようなものを感じていた。



 薄れ行く意識の中で、かつてフィーナとデメトリアが話していた会話がふと、思い浮かんだ。


『『魂の覚醒』には願いや希望が強く作用する』


(私のフィーナを助けたいという気持ちが『魂の覚醒』を促したのかな……? 魔女が死に直面した時って、他の魔女でも良かったんだ……。でめちゃんが聞いたら、また興味津々だーとか言うんだろうな……)


 イーナは口元に小さな笑みを浮かべ、意識を失った。


 イーナが気を失って数秒後には爆発が収まり、崩落した大部屋には無数のサーペントの死体が散乱していた。焦げ臭い匂いと、崩落する音が洞窟全体に響き渡る。


 【ウィッチ・ニア町】や地上の警邏隊駐屯地では地を揺るがす現象に、「神の怒りだ」と恐怖したという。



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