52『新しい洞窟』
フィーナ達は森の傍の洞窟へ来ていた。洞窟は出来たばかりのようで、辺りはむせ返るような土の香りが漂っている。フィーナは崩落の危険性を洞窟の外から調べつつ、ぽっかりと口を開ける洞窟を覗き込んだ。
中はレンツ・ウォールの洞窟より狭く、フィーナ達が三人横にぎりぎり並べるぐらいの幅で、地面もボコボコとしていて足場が悪い。洞窟内は起伏があるようだが、どうやら一本道が続いているらしく、道に迷う心配はなさそうだ。
「どうですかな?」
「崩落の危険性はなさそうですが、一本道が続いていますね。どこかに繋がっているかもしれません。繋がっていないとなると、洞窟というより、ダンジョンという方が近いと思います」
「だ、ダンジョンですと!?」
この世界にはダンジョンというものがあるらしい。フィーナも初めてその存在を知った時は驚いた。しかし、前世のゲーム等でよくあったダンジョンのように、階層があったり、宝箱があったりするような事はない。精々、近郊の魔物とは別の魔物が生息し、特殊な鉱石がとれるというだけである。
そのためダンジョンは採掘士や魔物を狩って生計を立てるハンター達以外には厄介なだけの存在だ。その証拠に町長であるアルフは頭を抱えている。
「ダンジョンなんぞがこの町の近くに……」
「厄介だな……」
「王都にハンターチームを要請するか……?」
「警邏隊はどうする? ハンターは人助けなんかしちゃくれないぞ」
アルフに連れてこられた警邏隊の一部が不安げにざわめき出す。アルフはその様子を慌てて止め、フィーナ達が調査してくれると説明した。
すでに豊穣の女神やら、賊を滅する義の大魔女やら噂されているフィーナ達なので、警邏隊はその見た目に疑問視するものも無く、ホッとした安堵の表情をむけている。
警邏隊は遭難した警邏隊を運んでもらう人員としてアルフに貸してもらっている。戦闘や調査はフィーナ達がやり、安全が確認されたら警邏隊と一緒に再度潜ることになる。正直、これを一週間でやり遂げるのは厳しかったが、デイジーが特にやる気なので承諾したのだ。
「もし私達が戻らなかった場合は一週間後の商隊に伝えて、商隊の判断に従ってください」
「考えたくありませんが、承りましました」
アルフは渋々と頷くと、警邏隊に合図して陣地を築き始めた。傷病施設や寝泊まりするテントを張って、ここでフィーナ達の帰りを待つのだ。警邏隊の面々も同僚の命が関わっているので、真剣な表情で念入りに準備を進めている。
フィーナ達はアルフに挨拶を終え、洞窟に入った。洞窟内はかなり湿度が高いようで、じめじめとした嫌な空気がフィーナの肌を撫でた。
「食料は『真空パック』に保存したもの以外から食べたほうが良さそうだね。 この湿度じゃすぐにカビちゃうよ」
「食べられる魔物がいるか分からないし、それでいいと思う。ガオもいるし、水や食料は大丈夫だと思うけど」
食料の管理はイーナが全てやってくれる。今日はガオも連れているのでフィーナ達の手持ち以外、ガオが運んでくれる。しかし、いくら魔力の燃費のいいガオでも、まるまる一週間影から出しておくことは出来ないので、三日以内に一度外に出るつもりだ。
洞窟内では日の跨ぎがわからなくなるのだが、フェアリーのエリーが正確な時間を教えてくれる。フィーナ達が寝ている間の番はミミがやってくれるので、洞窟内での野営も出来そうだ。しかし、いつ戦闘になるかわからない状態での野営なので、精神的にかなりきつくなりそうだ。今回も、ハーブティーにはお世話になるだろう。
「ん? 何か光ってる?」
「【散光石】かな? 空気中の魔分を取り込んで発光する石……だったと思う」
洞窟内は【散光石】が所々光っており、洞窟内を鈍く照らしていた。明瞭とまではいかないが、手元のランタンと合わせれば、かなり明るい。
「へぇ〜【散光石】かぁ〜。これがあれば夜とか役に立ちそうじゃない?」
「魔分が一定以上濃くないと光らないから、持って帰っても、ただの石だよ。価値もほとんど無いし、良くて暗所での栽培ぐらいにしか使えないね」
「そっかー。確かにランタンよりだいぶ明かりが小さいね。綺麗だから小石だけ拾っておこうっと」
イーナは【散光石】の小石を拾い、ローブの懐に入れた。イーナのローブの懐が淡く光っているが、その光は今にも消えそうなくらい小さい。
「それにしても、フィーナは鉱石にも詳しいの?」
「うーん、母さんの資料に書かれていた部分は知ってるけど、専門外だから知らない鉱石もあると思う」
「フィーナはお勉強好きだねぇー。デイジーは体動かすほうが好きー」
フィーナ達はそんなことを話しながら順調に歩みを進めていった。途中起伏が激しい所や、脆くなっている部分は土魔法で補強しつつ、三人は奥へと目指した。起伏が激しいが、洞窟は下へ下へと伸びているようで、【散光石】の輝きも増しているようだ。
「おー? フィーナ、これはなに?」
「何だろう? 私は知らないかな。姉さんは?」
「フィーナが知らないのに私が知ってるわけないじゃない」
デイジーが見つけたのは赤く染まった石だ。結晶のように透き通っていて、綺麗な石だ。洞窟の調査という名目もあるので、フィーナはそれを革袋に入れた。後でアルフに見せて、分からなければ魔女村に持って帰って、専門の研究をしている魔女に鑑定してもらうつもりだ。
「こっちは青い石があるよ。さっきのと同じようだけど、色が違うね」
「あ! こっちは二色別れてる!」
そこからフィーナ達は色付きの結晶を探し、拾い集めていった。色付きの結晶は全部で六種類あり、中には三色に別れた石や、一色でも濃い色の結晶を見つけた。
結晶を探していて、けっこう時間が経っていたのか、デイジーのお腹からくぅ〜と可愛らしい音がなった。
「お腹空いた〜」
「ご飯にしよっか? エリー? 起きてる?」
「はいなの〜」
イーナがエリーを呼ぶと、影からエリーがすっと出てきた。羽を羽ばたかせ、ガオの背中に乗る。エリーはガオの背中が気に入っているのか、ガオが出ているときは、よく背中に乗っている。
「今の時間を教えてくれる?」
「お安いごよう〜。うーむ、精霊時間でハイフォルトのアイシスだよ」
「ありがと! これ食べていいよ」
「わーい! チェリーだ!」
エリーが教えてくれる時間は精霊時間といって、地球の時間単位と似ている。しかし呼び方が全く違うので、フィーナは最初に聞いた時はわけがわからなかった。
精霊時間では午前、午後をローとハイを接頭語のようにつける。次にアルファベット順で時計回りに名前がついていて、短針が示す名前の後、長針が示す名前という風に時間を話すらしい。つまり、ハイフォルトのアイシスというのは、午後六時の五分当たりということになる。厳密にはアルファベットではなく、精霊文字なのだが、見た目はアルファベットに似ている。なんともややこしい事だ。
フィーナ達が普段使っている時間は精霊時間よりも、かなり大雑把なので、難しいけど便利だからという理由で精霊時間を使うことが増えた。
デイジーはまだ、うまく理解できないようだが、アーニーおばさんの話では朝食を食べる時、昼食を食べる時、夕食を食べる時の時間は覚えたらしい。とてもデイジーらしくて、それを聞いた時は笑ってしまい、デイジーに睨まれてしまった。
フィーナ達は簡単な夕食を済ませた後、いつものティータイムを楽しむことにした。
「今日は魔物に遭わなかったね」
「新しい必殺技試したいのに!」
「デイジーを恐がって逃げちゃったんじゃないの?」
「うぅ〜。臆病な魔物め〜」
フィーナとイーナはデイジーをからかい、デイジーはそれをぷりぷりと怒った。
「冗談だよデイジー。多分警邏隊の人達が倒していったんじゃないかなあ。さっき、土魔法で地面の起伏を直してる時、戦闘の痕跡みたいなのも見つけたんだ」
「なーんだ。じゃあデイジーの新必殺技を試せる機会はまだあるんだ!」
「洞窟が崩れないような必殺技にしてよ……」
フィーナとイーナはブンブンと腕を回すデイジーに注意をしつつ、明日に備えて床についた。地面は土魔法で慣らしているので問題ないが、ジメジメした空気に若干辟易としながらも、湿度を整える魔道具を開発してもらおうかと思うフィーナであった。