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閑話『サナと新人狩人』

 私の名はサナ。レンツの森で狩人をやっている。狩人は村の魔女達に食料や皮を提供する重大な役目を持った立場だ。今日は新人が配属されるらしくて、私も少しわくわくしているんだ。


「は、初めまして! 新人のジャクリーンです! よろしくお願いします!」


「私はサナ。よろしくね、ジャッキー君?」


 元気で礼儀正しい、いい子のようだ。ここだけの話、今回の新人は魔法分野でけっこう優秀だったらしいから、もっと高飛車な娘が来ると思っていたんだ。


「じ、ジャッキー……はわわ、ふにゃあ〜」


「どうしたんだい!?」


 なぜか知らないけど私がジャクリーン君を略称で呼んだら、ジャクリーン君が顔を真っ赤にさせて目を回してしまった。病弱な娘なんだろうか。そうだとしたら、狩人はきついと思うんだけど。


 私が目を回したジャクリーン君を寝かせて扇いでいると、どうやら目を覚ましたみたいだ。


「起きたかい? 急に倒れるからびっくりしたよ」


「ひゃ! さ、サナさん! すいません!」


 起き上がるなり土下座するなんて、少し困ってしまうな。狩人はそれほど規律に厳格ってほどじゃないんだけど。私が恐いのかな。それはそれで少し傷つく。


「落ち着いて、ジャクリーン君(・・・・・・)。私はそんなことで怒らないよ?」


 おかしいな。慰めたのに泣きそうな顔をされてしまった。なんだか酷く残念そうな顔をしている様にも見える。真面目で礼儀正しいって評価は早すぎだったのかな。


「ジャクリーン君、気分が悪いのなら紹介は明日にするかい? 無理はしないほうがいいよ」


「い、いえ! 気分が悪いという訳じゃないんです! むしろ最高に幸せ………な、何でもないです!」


 何か言いかけてたみたいだけど、気分が悪い訳ではないようだ。きっと貧血気味なんだろうな。私も初めて狩人になった時は緊張したものだ。


「そうか。じゃあ狩人仲間に紹介するよ。ついてきて」


「はい!」


 今日いる狩人仲間は四人か。最近は指名依頼なんかが増えてるし、フィーナ君が考案したっていう班構成もあって、狩人仲間も引っ張りだこだよ。まあ、指名されて一人前って言われる狩人の世界じゃ、ありがたい話なんだけどね。


「ジャクリーン君、自己紹介して」


「はい! 新人のジャクリーンです! 狩人に憧れて、この世界に入りたいと思いました! よろしくお願いします!」


 やっぱりハキハキと話せる礼儀正しい娘だ。仲間達もいい反応だ。これなら多少貧血気味でもやっていけるだろう。


「他の仲間達は依頼でいないから、また後日挨拶してくれ。今日は私がジャクリーン君について狩場やこの近辺の魔物を教えるよ」


「ふわぁ〜。か、感激ですぅ〜」


 そこまで感謝されるような事かな………?仲間達もなんでそう、したり顔なんだろう?

 私は狩人の中でもごく普通の狩人だと自認している。フィーナ君達には色々学ぶ事も多かったし、私が浅慮だったことも自覚した。これからは自惚れないで、自分に厳しくするつもりなんだ。だからこんなに感激されると、逆に微妙な気持ちになってしまうな。


「あ、ありがとう。そこまで感謝されると、こっちもやる気が出るよ。ジャクリーン君は無理せずについてきてね。今日は私が付いてるけど、狩人は基本、単独行動なんだ。手強い相手が報告されれば、仲間と連携することもあるんだけどね」


「は、はい!」


 緊張しているのかなあ。かなり顔が赤いようだけど、熱はないんだろうか。少し熱を測ってみようか。


「―――!? ふ、ふにゃあ〜」


「ジャクリーン君!?」


 なんていうことだ。やっぱり無理をしていたんだろう。かなり熱があるし、また気絶してしまった。今日は案内するのは止しておこう。


「あらら、姐さんはモテモテねー」


「新人ちゃんはこれから試練っすね」


「何気ない行動がやたらと魅力的なのよね」


 仲間達が何か言っているけど、私はジャクリーン君の介抱でそれどころじゃない。

 とりあえず氷嚢を用意して額に当てたけど、これで良かったのだろうか。ああ、フィーナ君達がいれば、手助けしてもらえるのに。

 今日はレーナ先輩もいないし、こういう時はレンツがあの子達とレーナ先輩にとても助けてもらっていると、改めて痛感する。


 ジャクリーン君を狩人の集会所から私の家に移して介抱した。狩人仲間がまたやいのやいのと言っていたが、私にはなんの事かさっぱりわからない。はっきり言ってくれと言っても、はぐらかされるし、一体仲間達は何を考えているのだろうか。



「……う」


「あ、起きたかい?」


「はわわわ! 私また……! ってここは?」


「ああ、集会所じゃ仮眠をとれる場所も限られてるからね。邪魔にならないように私の家に連れてきたんだ。迷惑だったかな?」


「いえ! 迷惑だなんてそんな……え? こ、ここはサナさんの、家? は、あははは」


「だ、大丈夫かい?」


 ジャクリーン君の顔がすごく赤い。昨日まで見習いだったと言うのに、いきなり狩人の世界に入るなんて、かなり大変なんだろうな。私はレーナ先輩とリリィに色んな経験をさせてもらったから、すんなり狩人に成れたけど、普通はこうはいかないんだろう。


「これを飲みなよ。気分が落ち着くハーブティーだ」


「はぇ……ありがとうござい……ます」


 フィーナ君達とレンツ・ウォールの洞窟探索依頼を達成してから、私もハーブティーにハマってしまった。飲み物一つでこんなに気分が安らぐなんて知らなかったよ。

 あの子達と伴に行動するのは色んな発見があって、すごく楽しい。狩人をやってるだけでは得られないような経験をいくつもさせてもらっている。


「このハーブティーを教えてくれたのは私の妹達でね……すごく優秀で、けど頑張り屋なんだ。私もあの子達を見習って、日々努力しているんだ」


「え? でもサナさん姉妹はいらっしゃらないんじゃ………?」


「ああ、その子達は本当の妹ではないよ。ただ妹みたいに可愛くて、凄い子達なんだ。今度、ジャクリーン君にも紹介するよ」


「は、はぁ………そう…なんですか」


 なんだかジャクリーン君の顔がすごく怖い。それほど狩人になるのが不安なのかな。確かに獲物が穫れなければ安定しない職だし、不安になるのも頷ける。ここは先輩としてちゃんとフォローしないといけないかな。


「あの……サナお姉様(・・・)と呼んでも良いですか?」


「…………………うん?」


「や、私もサナさんの妹分になりたいなぁ〜…。なんて……」


 私の妹分になりたいなんて珍しい娘だな。フィーナ君達だって、私が勝手に妹と呼んでいるようなものなのに。けどお姉様は少し恥ずかしいかな。狩人はお姉様なんて呼ばれるような上品な職じゃないんだけど。仲間達も私を姐さんか、姉御とか、お嬢とか呼んでいるけど、私は普通に名前で呼んで欲しい。

 そう思ってはいても、キラキラした目で懇願されると、つい(ほだ)されて許可してしまうんだが。


「えーと、まあいいけど……あんまりその呼び方を広めないでくれるかな?」


「もちろんです! 私が! 私だけがサナお姉様と呼びます! 呼ばせてください!」


 すごい気迫と剣幕だ。この勢いなら並の魔物なら恐れることはないかもしれない。


「…あ、ああ。そうしてくれ。あ、私は水を汲んでくるよ。ジャクリーン君はもう少し休んでいるといい」


 はあ。ついあの剣幕に押されて逃げる口実を作ってしまった。年下の、しかも成人したての魔女に気圧されるなんて、私もまだまだだな。もっと研鑽を重ねないとフィーナ君達にも呆れられてしまう。

 とにかく、私はこれまで以上に凛々しく強く生きよう。フィーナ君達に負けないように。



 サナが水を汲みに行って、一人残されたジャクリーンはベッドで身悶えていた。


「はあはあ……サナお姉様のベッド……! サナお姉様……とってもかっこいいですぅ………。額に手を当てて熱を測ってくれて、私をサナお姉様の家にあげてくれるなんて、キャーーー! 興奮しますぅ!」


 ジャクリーンはサナのベッドの上で身悶えていたが、ピタリと動きを止め、ふと考えていた。その表情は般若の如く、嫉妬に燃えていた。


「それにしても、サナお姉様に妹と思われてるなんて……なんて贅沢で羨ましい娘なの! 名前は聞きそびれてしまいましたけど、今度紹介するって言ってましたね…。どこの誰かは知りませんが、私のサナお姉様は誰にも渡しません!」




――――――「うう……なんか寒気が……」


「フィーナも? 私もだよ」


「デイジーも背中のとこがブルってしたー」


 フィーナ達は顔を見合わせ、嫌な予感を胸中に抱くのだった。



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