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51『デメトリアの誤算』

「うむぅ……」


「姉さん、難しい顔してますね」



 眉を寄せ、燕型の使い魔が運んできた手紙を読んでいるのはレンツの魔術ギルド、ギルドマスターのデメトリアだ。見た目は子ども、頭脳は大人、内臓年齢も大人という変な魔女だが、ギルドマスターなだけあって、魔法の才は溢れんばかりである。

 そんなデメトリアに話しかけているのは最近白髪が気になり始めたスージーである。一応デメトリアの妹なのだが、初めて見る人はデメトリアの祖母か母だと思うようだ。


「うむ、あの天才三人娘からの報告をマリエッタが届けてくれのだが……」


 デメトリアが手に持った手紙をヒラヒラと振り、スージーに渡した。スージーは手紙の内容を一読し、デメトリアと同じく眉を寄せて難しい顔になった。


「これは……どういうことなのでしょうか………。にわかには信じられません」


「ああ、だが情報源がトレントだと言うからには本当の事なのだろう」


「トレント、“森の賢者”とも呼ばれる魔の木ですか………。確かイーナの使い魔がフェアリーでしたので、そこから情報を得られたんでしょうね」


 フィーナ達が会ったトレントは魔分の多い場所へ少しずつ移動し、その身を成長させていくタイプだ。

 トレントは森の木々と共鳴し、森の情報を正確に知ることができる。トレントには森の知識を豊富に蓄えており、人や魔女達に危害を加えないため、保護生物とされている。

 トレントに危害を加えようものなら極刑は免れない。それほど森にとって大切なものであり、人間も恩恵を受けているのだ。


 フィーナが書いた手紙には「新種の魔物が森で大量発生しており、トレントが困っている。新種の魔物の内、一体を捕獲したので村に連れて帰る」という記載が成されていた。


「新種の魔物……か。あのフィーナでさえ知らない魔物ならば、恐らく本当に新種なのだろうな」


「けど姉さん。新種の魔物なんてここ数十年見つかってないですよ? 他国からの外来魔物の可能性は?」


「その可能性は低いだろう。この国が接しているのは東のレイマン王国、西のサッツェ王国、北のスノー・ハーノウェイ王国、南のノータンシア連邦だが、このレンツの森に一番近いのがレイマン王国であろう? レイマン王国の魔物生態は我が国とほとんど変わらん」


 メルクオール王国の魔物生態はレイマン王国とサッツェ王国の二国とほとんど変わらない。北のスノー・ハーノウェイ王国と南のノータンシア連邦とは気候や木々の植生、住む人種、言語、宗教など様々な部分が異なる。

 メルクオール王国が出来るまでは北のスノー・ハーノウェイ王国と南のノータンシア連邦はよく戦争をしていたようだが、メルクオール王国が建国してから軋轢が無くなり、良好な関係を築いている。


 西のサッツェ王国と東のレイマン王国は非常に仲が悪く、メルクオール王国の建国に唯一反対したレイマン王国はメルクオール王国とも不仲だ。

 特に今季の王代になってから、他国が諌めるのを物ともせず、露骨にサッツェ王国やメルクオール王国を非難している。


「レイマン王国が新種の魔物を創ったというのは……?」


 スージーが恐る恐る尋ねる。


「それこそあり得んだろう。魔物を創ったところで、レンツの森を少し困らせるぐらいなら、無駄なだけだからな……。魔物を創ること自体国際規定で禁止されているし、それを破ったのであれば、いくらレイマン王国と言えど、国家解体、王族一族の処刑は免れんだろう」


「ではこの報告の新種の魔物とは一体何なのでしょう?」


 スージーは顎に手を当て考え込んだ。スージーは魔法のスペシャリストだが、推論を立てるのが苦手である。そのため質問や尋ねることが多くなってしまうようだ。


「うーむ……見つかっていなかった魔物が最近たくさん増えたか、魔物の形態変化か突然変異か……。わからん……」


 デメトリアは大きく溜め息をついて、頭を抱えた。情報が足りなさすぎる。この手紙にはこの一文しか書かれていない。恐らく、燕型の使い魔が持てる大きさの紙を選んだため、書くスペースが足りなかったのだろう、とデメトリアは考えた。実際にはただ暇でちょっとした報告をしただけに過ぎないのだが―――――――――。

 とりあえずデメトリアはこの新種の魔物の解明を村の最優先課題とすることにしようと思った。しかしどこから手を付けるべきか、デメトリアは悩んでいた。


「あ、姉さん。裏に小さく何か書いてあります」


「? なんだ?」


「えーと、やる事が決まらないのであれば、まずレンツの森以外でも同様の事例がないか、王国に聞いてみてください。と書いてあります」


 スージーが小さい文字を目を細めながら読む。読み終わった後、スージーは目頭を指でマッサージした。どうやら老眼らしい。


「ぐっ……まったくあの天才娘め……」


 デメトリアは苦笑いを浮かべ、頬杖をついた。フィーナは何をすべきか解っていたようだ。デメトリア自身も最初の行動としては悪くないと思ってしまった。少し悔しい思いをしたデメトリアであった。

 デメトリアは先の考えを纏めようとしたが、すぐに放棄し、フィーナ達に任せることにした。フィーナ達はげんなりするだろうが。


「フィーナ達主導でこの件にあたってもらうとしよう。最初の発見者だし、休暇で英気を養ったであろうからな」


「………姉さんちょっと嫉妬してる?」


「ふん! 少しこの先見性が羨ましいと思っただけだ! フィーナ達は若いからどんどん経験も積ませないといけないしな!」


 デメトリアは腕を組んでそっぽを向いた。見た目は子どもなので、可愛い仕草なのだが、五十代の女性だと思うと複雑な気持ちになるスージーであった。


 しかしデメトリアは知らない。フィーナ達がデメトリアの研究で荒れた土地を復元し、町人から崇められていることを。そしてその原因であるデメトリアは冷酷な魔女として知名度を下げていることを。

 フィーナ達からでめちゃんと呼ばれ、いずれ村全体で浸透してしまうことを。




次回はサナの閑話です。

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