5『健全なる水浴び』
「はふふ〜ん、みっずあび〜、みっずあび〜」
デイジーがスキップしながら変な歌を歌う。
「三人で水浴びなんて久しぶりだね」
「久しぶりさ〜、みっずあび〜」
「でもちょっと寒そうね。フィーナは病み上がりだから身体が冷えないように気をつけないとね」
デイジーはマイペースで歌い、イーナはそれを敢えて無視している。付き合っても疲れるだけなのだろう。
「うん! でも病気の間、身体を拭けなかったから気持ち悪いんだよね」
ただ身体から嫌な臭いがするから水浴びしたいとは言えず、もっともらしい理由をつけた。これが間違いだったようだ。
イーナはハッ、とした顔をした後、酷く悲しげな顔になり、フィーナの手を握って目を潤ませながら謝ってきた。
「……ごめんね。……フィーナがすごく辛そうだったから、身体を拭いてあげようと思ったんだけど。すごく弱ってて、もし私のせいでフィーナが死んじゃったらどうしようかと思って…………手が出せなかった。頼りない姉でごめんね、フィーナ」
イーナはボロボロと涙を流しながらフィーナに対して謝罪した。デイジーも陽気な歌を止め、俯いている。フィーナはそれほど具合が悪かったのか、と今更ながら理解した。
直近の記憶は苦痛や孤独しかない。恐らく病がフィーナを苦しめる最中の記憶と、死に至る直前の記憶なのだろう。思い出すだけで陰鬱となり、胃がムカムカとしてくる。一度目の死もそうだが、二度目もあまり思い出したくは無い。
イーナは妹が今までにないほど衰弱したために、どうしていいか分からず怖くなったらしい。
ここは聖女のような優しい微笑みと、天使のような甘い囁きで元気になってもらうしかない。ヒカリが所持していた『あなたは頑張ってるよ 〜囁きボイス〜 120分』で癒やしてあげよう。通販で1200円、きついことや悲しいことがあったとき、心を温めてくれたCD。
(ただこのCDのボイス吹き込みした人物が42歳のオッサンだと知ったときはこの世に神は居ないのか、と絶望したけど、まあそれは置いておこう)
「姉さん泣かないで。……姉さんの一生懸命な気持ち伝わってたよ。……姉さんは全然頼りなくなんかないよ?いつも助けられてばかりいるもん。私の一番の自慢で、尊敬できる……素敵な姉さんだよ」
フィーナはイーナを優しく抱き、頭を柔らかく撫でた。イーナはキラキラした目で全ての罪が洗い流されたような恍惚とした表情を浮かべている。
(さすが囁きボイスシリーズだね。ちょっと恥ずかしいけど)
「フィーナ、うっ……うっ……ありがとう」
フィーナはイーナが落ち着くまで、およそ10分間イーナを癒やし続けた。デイジーも姉妹愛にあてられたのか、グスグスと鼻を啜りながらも満面の笑みを浮かべている。
「ありがとうフィーナ…もう大丈夫! さあ、水浴びしに行こう!」
フィーナの腕から離れたイーナは、憑き物が落ちたかのような晴れ晴れとした爽やかな笑顔でフィーナの手を握る。デイジーもフィーナの空いた手を握り、三人は横並びになって歩く。デイジーの作った変な歌を口ずさみながら水浴び場に向かった。
(私には兄弟が居なかったから、こんな温かい気持ちになることなんて滅多に無かったなあ……)
水浴び場は季節柄か人は少ない。風を通さないよう簡易的な仕切りが施されており、井戸と大きな水瓶が二つ置いてある。床には木桶が重なって置いていて、持ち手の付いた小さめな木桶もいくつか確認できた。脱衣所はそこそこ広く、木の棚に草で編んだ籠がいくつか設置してある。ここに脱いだ服を入れるのだろう。
「デイジーが一番乗り〜!!」
先に人が居るのにも関わらず一番乗りを宣告するデイジー。彼女の挨拶みたいなものなのだろう。周りの人も記憶にある見知った人ばかりなので、村の規模の小ささを実感できる。
もちろんこの水浴び場は女性専用だ。そもそもこの村には男性が住んでいないらしい。規模は100人くらいの小さな村だが、住んでいる女性は全員が魔女というから驚きだ。ここで育った魔女は村から出て行き、数年旅をした後、旅先で恋をし、身籠ったら村へと帰るらしい。その時の相手の男性は絶対について来てはならないという。なんでも魔女の村に入ることが出来ず、深い森を彷徨った挙句、力尽きるのが関の山だとか。
(不思議な村ってことね!)
フィーナは深く考えるのを放棄した。
「デイジー、走っちゃダメだよ! アーニーおばさんに言いつけるよ!」
「ほーい! ねえ、フィーナ、イーナ、洗いっこしよーよ!」
「しょうがないなぁ。…フィーナは無理しちゃダメだよ? 辛かったら私に言ってね?」
「うん! ありがとう、姉さん」
イーナはデイジーやフィーナより一つ年上だが、さすがに天真爛漫なデイジーの手綱を握るのは難しそうだ。そんな中でも妹のフィーナへの配慮は忘れない。いいお姉ちゃんである。
「泡わ〜あ〜わ〜、デイジーがフィーナの背中洗ってあげるね!」
持ち込んだ石鹸で景気よく泡をたて、タオルでフィーナの背中をゴシゴシ洗うデイジー。
「デ、デイジー、ちょっと……痛い」
フィーナが苦笑いを浮かべながら言うと、デイジーはピクリと膠着した後、ゆっくりと優しく洗い始めた。
「あぅ〜、ごめん。かーさんにはいつもこんな感じで洗ってたから」
「大丈夫だよ、ありがとう、デイジー」
デイジーはニコッと笑って丁寧に洗っていく。
「じゃあデイジーは私が洗うよ」
フィーナを洗うデイジーの後ろで、イーナがデイジーを洗う。友達や家族と銭湯に行った時、一列になって背中を洗いっこするアレだ。前世ではやらなかったが、こんなとこで出来るとは。
その後、交代で洗い合い、髪も互いに洗ったりと、身奇麗になるまでそうは時間は掛からなかった。水が冷たく、石鹸を洗い流すことが辛かったが。
デイジーは水を掛けようとすると、持ち前の元気パワーで回避して走り回るので苦労した。主にイーナが。
「フィーナはこっちに着替えてね」
イーナは籠から下着と思われる服を取り出す。
(こ、これはかぼちゃパンツ!?)
かぼちゃのようにモコっとしたドロワーズで、幼さが強調されるパンツである。
「フィーナは病気の合間に10歳になっちゃったからね。用意が遅れちゃってるけど、私が手伝うから安心してね!」
「用意って? 何かしなきゃいけないの?」
「フィーナには説明もしてなかったね。えーと、この魔女村では10歳になったら魔術ギルドに入らないといけない決まりがあって、服装も指定されるの。」
「下着まで指定されるの……?」
「あ、いや、あはは。これは指定された服装が可愛く見えるようにする知恵だよ。べ、別に着るのが嫌なら、き、着なくて良いんだよ?」
イーナがチラチラとかぼちゃパンツとフィーナを交互に見ている。
(ん? 姉さんはかぼちゃパンツが好きなのかな?)
「ううん、着るよ。暖かそうだし」
フィーナがかぼちゃパンツを履くと、イーナはニヤニヤを隠しきれないのか口角がピクピクと釣り上がっている。手の平を合わせて、つま先立ちになったりと忙しない。よっぽどかぼちゃパンツが好きなのだろうか。ふと隣を見ると、デイジーもかぼちゃパンツを履いていたので、ここにも犠牲者がいたか、と心の中で合掌しておいた。
「で、これが制服。あと帽子」
制服として渡されたのは丈の長い紺のローブに、薄手の生地が何枚か重なったかのような、黒の膝丈スカートと白のブラウスだった。かぼちゃパンツの上からそのスカートを履くと、なるほど、確かにスカートに広がりというか、フワッとした感じが現れているような気がしないでもない。
ローブは首元で留め、動きやすいようにマントのように扱うのが普通らしい。帽子はこれまた紺色の三角帽だ。これが黒ならさらに魔女っぽかったが、残念ながら黒い帽子は大人用なのだそうだ。
「見習い中は紺色のローブと帽子なんだ。15歳になったら、成人式と同時に黒のローブと帽子が渡されるの」
「デイジーーー……トルネード!」
説明を受ける横で、デイジーは退屈したのかローブを身に着け、バレエダンサーのように回転している。やたらと遠心力の乗ったローブがブンブンと音を立てて回っている。黒いスカートからかぼちゃパンツがちらりと顔を覗かせる。
イーナは「はしたないからやめなさい!」と言いつつも、目を輝かせてチラチラと見えるかぼちゃパンツを横目で見ていた。
(なるほど、確かに良いものに思えてくるね……! 不思議!)
フィーナはイーナの趣味に取り込まれてしまった。