49『蹂躙される盗人アジト』
フィーナ達は一度外に出て、一階へ降りた。外にまで盗人の悲痛の叫びが響いていたのか、周りの者は恐々としていた。
フィーナ達は一階の玄関前に立つと、二度ノックした。
「獣の穴に腕を入れし男の名は?」
フィーナ達はそれがさっき盗人が言っていた合言葉なのだろうと気づいた。しかしフィーナ達が知るはずもない。黙っていると、中から「帰んな」と小さくぼそりと言い放たれた。
「デイジー」
フィーナがデイジーを呼ぶと、デイジーはこくりと頷き、扉の前で右足を下げ、腰を落とした。デイジー独学の正拳突きの構えである。
デイジーが小さく息を吐いて精神統一すると、高速の掌底を打ち出した。扉はまるで発泡スチロールかのように吹き飛び、扉の前にいたであろう男と一緒に壁に打ちつけられた。
「な、なんだ!?」
中は簡単な集会所になっていて、この辺の盗人のアジトになっているようだ。フィーナは転がる酒ビンを蹴飛ばしながら、奥の部屋へと向かう。奥の部屋へと通じる扉には大きな南京錠がかかっており、いかにもな風体だ。
「お、おい! ガキが! 何してやがる!」
呆けていた男の一人がフィーナに掴みかかろうとする。
「あぎゃ!」
バチン!と激しい音が響くと、男はフラリと床に倒れ伏した。フィーナが放ったのはスタンガンのような高圧電流を流す雷魔法である。流す魔力で調整出来ることから、フィーナにとっては中々の使い勝手のいい魔法だ。
「ち! 全員こいつらを捕まえろ! チビでも魔女だ! 油断するなよ!」
フィーナは目を細めた。今支持を出した男はフィーナ達を捕まえる気らしい。捕まえて何をする気かは知らないが、大人しく捕まる訳もない。
対人戦の経験は薄いが、リーレンと比べれば、盗人の相手など赤子の手をひねる程簡単だ。
「観念しろや………へへへ……」
男達が下卑た笑いを浮かべ、にじり寄ってくる。手にはナイフや棍棒の類を持ち、威嚇するようにチラつかせている。
「今日は私がやるよ?」
「この前は私だったし、いいよー」
「じゃ、次はデイジーね」
フィーナ達が余裕の表情で何かを話し合っている。盗人の仲間達はその余裕が癇に障ったのか、苛立たしげにフィーナ達に攻撃を加えてきた。両端から挟んで、一度に攻撃する。これが盗人達の常用戦術なのであろう。
「ほっ!」
デイジーが盗人達の攻撃を軽々と避ける。盗人の大振りな拳が空を切った。そのあまりの身のこなしの軽さから、盗人達は目を見張った。挟撃をいとも容易く回避したデイジーは、掌底を近くにいた盗人の腹に打ち出した。
ドン!と重い音を響かせ、盗人が吹き飛ぶ。床に転がる酒ビンや、椅子、テーブル等を撥ね退け、盗人はアジトの壁を突き破って視界から消えた。
ゴクリと喉を鳴らして緊張が走る盗人達。まだ心のどこかで少女だと油断していたのだろう。呆気なく吹き飛ばされた仲間を見て、気合を入れなおしていた。
フィーナ達が話していたのは七人いる盗人達を三人で配分することである。七人を三人で分けると、どうしても一人余ってしまう。こうやって複数に囲まれた時は後で揉めないように、割り振るのだ。今日はフィーナが一人多く倒す事になった。
フィーナ曰く、一人ひとりの対応力を磨くためらしいが、その実、ただの鬱憤ばらしでしか、この配分は行わないのだが。
デイジーが掌底を使っているのは手加減しているためである。人間相手に拳を使うと、甲冑でも着込んでない限り、腹を貫かれて絶命してしまうだろう。
「うおおおお!」
盗人の一人がイーナに向かって突進する。イーナは本来デイジーやフィーナのサポート役だ。攻撃力や突貫力はデイジーが一番高いし、回復ではフィーナに右に出るものはいない。しかしイーナはその性格も相まって、痒いとこに手が届く、絶妙なサポートをするのだ。回復の補助、警戒、援護、指示、作戦立案……等など。そのサポートの幅は多岐に渡る。フィーナとデイジーもイーナを信頼しているし、代わりはいないと思っている。
そんなサポート適正抜群のイーナでも、戦闘力が皆無というわけではない。ただ必要がないので攻撃に参加しないだけだ。
「うー、臭いです! 体を拭くぐらいしたらどうなんですか!」
イーナは顔を顰めながら、薬品箱から消臭剤を取り出し、向かって来る盗人に投げつけた。イーナが取り出した消臭剤は花の香り付けがされており、投げつけられた盗人からはいい香りを放っていた。しかし、盗人は消臭剤が目に入ってしまったのか、「目が、目がぁ〜」とどこか有名な台詞をのたうち回りながら叫んでいる。もちろん消臭剤は投げつけるものではない。
「きゃ! 口も臭いです! 不潔です! ちゃんと歯磨きしなさい!」
イーナは熱が入ると、母親のような小言が多くなり、それを強制執行するのだ。魔物に対しても同様で、イーナに攻撃を仕掛けようものなら、イーナの圧倒的母親スキルで身奇麗にされてしまうのだ。サナ曰く、こういう所はレーナ譲りらしい。
「うごゲボ……がぼ」
イーナによって口臭予防薬やうがい薬を大量に口に入れられる盗人。顔を背いて吐き出そうにもさせてもらえず、目から大量の涙を流し、青い顔をして失神してしまった。その涙に恥辱の涙も混じっていることをイーナは知らない。
盗人達は容赦ないイーナの母親スキルに思わず腰を引いてしまった。
「なんなんだ………こいつらは……」
「くそ! お前ら! 気圧されてんじゃねえ! 俺が後ろから殺っちまうぞ!」
盗人達に指示を出している男は、どうやらこのアジトのリーダーのようで、気圧される盗人達に叱咤していた。
「私の大切な物……返してもらいます!」
フィーナがリーダーと思われる男に向かって火魔法を放つ。火魔法と風魔法を複合させた豪炎が唸りをあげながら盗人リーダーに襲いかかる。
「ぐおおおお!」
服の端を燃やしながらも間一髪で避けた盗人リーダーは舌打ちして、フィーナ目掛けてナイフを投げた。
投げナイフはフィーナの風魔法によって弾かれ、床に落ちた。フィーナはその風魔法の風を圧縮し、指向性の突風として繰り出した。
「ぐ‥‥‥‥‥うおおお!」
盗人リーダーがきりもみ状に吹っ飛び、天井の板をぶち抜いた。吊り下げられたように盗人リーダーの下半身がぶらぶらと所在無さげに揺れる。
「ひっ……助けてくれぇーーー!」
「こ、殺されるぅーーー!」
「嫌だぁーーーー!」
盗人達は一気に恐慌状態に陥り、我先にと逃げ出した。
「ありゃー、逃げちゃった」
デイジーがこちんと小さな拳で自分の頭を軽く打つ。
「まあ、いっか。死んだ人はいないよね? そのリーダーみたいな人はちょっと心配だけど」
「大丈夫だよー。ちゃんと手加減したもん。私としては姉さんがやってしまった人のほうが心配だよ」
「あ、あはは。つい汚いものに近寄られると、熱が入っちゃうんだよね………」
「イーナはかーさんより、かーさんみたい」
「デイジー! うるさい!」
フィーナ達は談笑しながら奥の部屋の扉をこじ開け、倉庫の中を物色し、フィーナの荷物を無事、取り戻した。
一部始終を見ていた二階の男は後にこう語る。
「俺が盗みを辞められたのは、とんでもなく恐ろしくて残酷なやつらに手を出さないようにする為さ……」
三本しかない左手の指を太陽にかざし、男は今日も仕事へ出かける。
50話あたりで一度閑話を入れると思います。