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48『愚かな盗人』

 

「へへ……ちょろいもんだぜ………」


 人気の無い路地裏で、一人の男が息を切らしながら呟く。路地裏は埃や煤で汚れているが、男は平気で腰を下ろした。


 男は盗人だった。この町において、盗人はそう多くない。魔女村の産物で潤っているため、犯罪者に堕ちるような者は少ないのだ。

 しかし、この男は学もなく、伝手もなく、寄るところは自分の腕っ節のみという短慮な男だった。この男もかつては真っ当な仕事についていた。やすい給料だったが、食うには困らない。そんな仕事だった。


 そんな男に転機が訪れる。ある日、仕事先の更衣室で着替えをしていたとき、ふと同僚の鞄が目に入った。男は特に気兼ねもせず、その鞄に手を伸ばした。短慮で浅はかな男のなせる技か、男は鞄に入っている革袋を手に取ってしまった。男の顔は今までに無く、醜悪な笑顔に染まっていた。

 そこからの男は墜ちるとこまで墜ちた。恐喝、強盗、強姦、時には刃傷を与えて奪い取ることもあった。


 男が狙うのは老人や女、弱そうな男ばかりであった。町の警邏は男に手を焼いていたが、男の幸運のせいか、今まで尻尾を掴むことが出来なかった。

 今回、男が狙ったのは魔女だった。男は今まで魔女には手を出さなかったのだが、調子に乗っていたのか、又は狙った魔女が幼い少女だったからなのか――――――――――。


「ちっ! ティーカップにお茶の葉かよ! しけてんな」


 悪態をつき、包みを麻袋に入れて立ち上がる。男はこうやって金銭だけでなく、物品を盗む事もあった。男の本拠は西南地区のボロ家である。そこまで帰って、近くの店で買い取って貰うのだ。今回はそれほど金にはならないが、魔女から盗んでやったという実績が男の自尊心を撫で上げた。


 盗まれた魔女達の怒りを一心に受けるとも知らずに盗人は西南地区に走り出す。その様子を燃えるような赤い瞳で見つめる者がいた。男が走り出したのを確認すると、赤い瞳の者はその後をピッタリとつけていった。



 フィーナとイーナは雑貨屋に戻っていた。雑貨屋のおじさんは気の毒に思ったのか、半額で代わりのものを譲ると言っていたが、フィーナはその申し入れには感謝したが、断固として拒否した。フィーナにとって、あのティーカップはデイジーとの友情の証でもある。大切にするとデイジーに言ったからには、その言葉を蔑ろには出来ない。


 イーナはお茶を淹れようかと提案したが、フィーナはあのティーカップでイーナが買ったお茶の葉を楽しむつもりだからと断った。

 それからフィーナがどんなきつい仕置をしてやろうかと考えていると、デイジーが戻って来た。


「な……え? 今屋根から………」


 雑貨屋のおじさんはデイジーが屋根から屋根へ跳びながら戻ってきた事に困惑していた。フィーナはそんなことには気にも止めず、デイジーに小さくお帰りと言った。


「西南地区、ベルタ通りの二番街、二階建ての家、二階に目標あり」


 デイジーの無表情な呟きにフィーナとイーナが動き出す。デイジーの口頭報告は必要な情報しか話さない。今まで色んな採集依頼を受けてきて、デイジーが危険な森の中で斥候をする際に、簡潔に報告出来るようフィーナが教えたのだ。

 目的地に着くまでの道中でフィーナが予想される危険性や注意点を二人に説明し、イーナがそれを聞いて作戦や指示を考える。これでフィーナ達の魔物蔓延る森での依頼をこなしてきた。すでに意思疎通は互いの名を呼ぶだけで済むことも多く、その連携にはサナやデメトリアも舌を巻いたほどだ。


 現在はこの体系がレンツでも主流になっていて、統制のとれた魔女達のチームが増えている。指揮をするリーダー役、目的地を確認する斥候役、攻撃の主軸となるアタッカー役、生存率を高めるための治療役と、大抵は四人で行動するのが主流となったのだ。フィーナ達は三人でもその役を埋めることが出来た。

 この体系になってから、魔女達の依頼達成速度は格段にあがり、今まで攻撃魔法ばかり研究していた魔法分野や、役に立たない研究をしていた錬金術分野も、多目的に渡る魔法や薬の研究をするようになった。魔道具分野は魔女達の魔道具製造要請がひっきりなしに入り、その製造に毎日てんやわんやである。


 この魔女文化の大革新をレンツの創成期と呼び、数多の魔女達の意識が変わったのは言うまでもない。そのおかげと言うべきか、魔女達の働きは活発になり、今まで以上に研究に精を入れ、素材も人の手も足りない状態になってしまったのだが。



 フィーナ達は目標の家に着くと、辺りを注意深く見回した。西南地区は雑貨屋のおじさんが言っていたように、かなり治安が悪そうだ。昼間から酒を浴びるように飲む男や、きつい香りを漂わせる女を、悪そうな男が侍らせている。他にもチンピラやゴロツキといった類の者たちがフィーナ達を物珍しそうに見ていた。


「おいおい、嬢ちゃん達。ここは嬢ちゃん達のような子どもが来るとこじゃないぜ? おじさんが安全な所に連れて行ってやるよ」


 下卑た笑いを浮かべた男がフィーナの肩を掴んだ。もちろん、この男は安全な場所とやらに案内する気はサラサラ無いのは明白である。愚かな男である。フィーナは今、気が立っているのだ。


「ん? ぎゃあああああ! 痛え! 何だこりゃあ!」


 フィーナは男の腕を肩まで氷魔法で凍らした。男は膝をつき、あまりの痛さに目を白黒させている。命までは取らないが、皮膚を肩まで一気に凍らせた痛みと、凍傷は免れないだろう。


 周りで事の成り行きを見た荒くれ達は、関わるのは止そうと見てみぬふりをした。


 イーナはデイジーに目配せすると、デイジーは軽く頷いて、地面を強く蹴って二階の屋根まで跳んだ。そして屋根から窓の近くまで伝うと、部屋の中を覗き込んだ。

 デイジーは手でハンドサインを送ると、フィーナとイーナは外付けの階段を上がった。デイジーのハンドサインは身内で決めている合図のようなもので、今回デイジーが出したのは『目標が行動不能状態にある』というものだ。おそらく寝ているのだろう。

 

 フィーナは土魔法で二階の扉の鍵を簡単に開けた。未だにいびきをかいて眠ったままの男を見下し、窓を開けてデイジーを入れてあげた。


「う……ぎゃあああああ! な、なんだ!?」


 フィーナは男の足と手に氷魔法をかけていた。皮膚の細胞内液が氷漬けになり、凄まじい痛みが男の寝起きを襲う。


「あなた……私の荷物を奪いましたよね? 返してくれませんか?」


 男は苦痛に顔を歪めながらも、まだ覚醒しきってない頭で思い出していた。フィーナ達の姿を数秒見た後、昼寝前に荷物を盗んだ魔女の少女達だと理解する。


「ねえ? フィーナが聞いてるよ? どうなの?」


「これ以上痛いのは嫌ですよね?」


 デイジーとイーナも男に脅しをかける。デイジーは烈火の如く怒りながら、イーナは冷静に、尚且つ妹と親友のために義憤に燃えながら怒っている。


「わ、わ、わ、わかった! 返す! 返すからこれを解いてくれ!」


「解く必要があるんですか?」


「盗んだ荷物は俺じゃなきゃ開けられねえとこにあるんだ! そこに案内するなら俺が居なきゃダメだろ!?」


「どこにあるんですか?」


 フィーナが聞き返すと、男は言葉に詰まった。話すことは出来ないと言わんばかりに顔を背ける。フィーナは溜め息を吐くと男の指先を完全に凍らした。


「―――――――あ、ぎゃああああ! 一階の倉庫の中だ! 一階は合言葉を言わないと開けてくれねえんだ!」


「そうですか」


 フィーナがすっと立ち上がると、男は安堵したかのように息を吐いた。しかし――――――――――


「ありがとうございました。知ってますか? 盗みを働いた者は罰として、左手の指を二本落とすらしいですよ。指は両手合わせて十本有りますから、五回まで盗みがバレてもいいなんて、甘いですよね」


「ひっ……すみませんでしたぁ………!」


「盗んだ相手が私達で良かったですね。他の魔女ならこうはいきませんでしたよ? これに懲りたらもう二度と盗みなんて辞めるべきです」


 フィーナは男の氷魔法を解いた。二本の指を残して。


「お、おい、待ってくれ。指も解いてくれ。頼む!」


 フィーナ達は男の懇願を無視し、一回の倉庫に向かった。


「ぐ……痛え……」


 盗人はとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったことに後悔し、氷漬けになった指を見つめてうめき声を上げた。


フィーナさん怒ると怖いです。実はイーナの方が怒ると怖かったりします。

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