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47『お買い物とフィーナ大激怒』

 

 魔女に一番近い町【ウィッチ・ニア町】。この町の中でも普段は平凡とした田舎区域で、熱狂的な声が響いていた。その声は歓喜に満ち溢れたもの、機を逃し、悲嘆に暮れるものなど多様である。

 今日はフィーナ達が徹夜で作った防虫剤の販売会である。町人達は待ち遠しいようで、魔女の家の前で行列を作っている。その中にはアルフの姿も見える。行列を纏めているのは町長一家だ。町長のアルフが列に並んでいるところをパメラが整理している光景は多少滑稽である。町長達には手伝う代わりに割符を渡したのだ。

 アルフの妻ラモーナと娘のパメラは小規模な菜園を持っているらしく、アルフがどうしてもと言うので、行列を纏める仕事を与えたのだ。 



「準備はいい?」


「うん」


「こっちもいいよー」


 魔女の家は販売形態を確保するべく、内装を変えていた。魔女の家の玄関から入ると、まず割符を確かめられるようになっていて、そこを担当するのはデイジーだ。割符が正式な物として判断されたらそのまま奥へ進み、防虫剤を買う。

 売り場はフィーナが担当した。金勘定が早いからだ。イーナはフィーナの補佐をしつつ、裏口から購入し終わった町人を外へ案内する役割である。



 商人の買い占め対策として、お一人様一セットまでとした。バラ売りの方は十二本までである。防虫剤の購入と同時に使い方や注意事項を伝える。それを書いた紙も渡した。


「開店でーす」


 デイジーが玄関の扉を開けると、待ち兼ねた町人が一斉に入り込もうとする。しかし、デイジーが渡された割符を片手でへし折る光景を見せることで、青い顔をして大人しくなった。デイジーは上手く役割をこなしているようだ。


「防虫剤セット下さい!」


「金貨五十枚になりまーす」


 町人のほとんどがセット販売の防虫剤を購入していく。中には金銭的余裕のない貧しい農家等がバラ売りの方を買っていったが、この町にはあまり貧困に苦しむ町人がいないので、セットの方を買っていく人が多いようだ。


 そんな中、問題が起きた。デイジーが割符の確認をしていたが、割符の模造品を持って来た者がいたのだ。デイジーがそれを厳しく取り締まり、周りの町人も、そのずる賢い行為を看過できず、デイジーを手伝って叩き出した。この販売会はフィーナが限定(・・)と言って開いているので、その権利を獲得した者達の仲間意識は固い。

 同じ手を使った者が複数いたが、その度に周りの町人に蹴り出され、侮蔑の眼差しを向けられていた。

 割符には魔法の光を当てると発光する、特殊な樹液を使っているので、お粗末な模造品なんぞ一瞬でばれるのだ。


 その後も販売会は滞りなく進み、権利者であった町人達への販売が終わったので、羨ましそうに見ていた他の町人達に、バラ売りで売ることにした。しかし一本金貨六枚と割高になっている。数もあまり無く、権利者だった町人の不満をなくすためでもある。

 最も、エマに売るときは日頃お世話になっている分も含めて、利益の出ない金貨一枚で販売しているのだが。それを知ることのない町人達は五、六倍の値段の防虫剤を買って、ほくほくとした顔で帰路につくのだった。


「ふぅ〜、お疲れ〜」


「お疲れ様〜、デイジーもありがとね。デイジーがいなかったら大混乱だったよ」


「えっへへ〜。まぁ任せてよ〜」


 フィーナ達は全てが終わった後、お茶会を楽しんでいた。テーブルの上には金貨でパンパンになった革袋がいくつか置かれている。今日販売した人数は約六十人である。バラ売りの分もあるが、ざっと集計すると、金貨三千枚にとどいていた。


「フィーナも容赦ないね。エマさんのとこに売るよりも五倍は高いんだもん」


「それは当然だよー。あっちは身内料金。こっちは出張費も私達の徹夜代も入ってるの」


「今日はゆっくり休も〜。デイジー疲れたよ〜。眠たいし〜」


 デイジーがぐったりとテーブルに突っ伏した。フィーナもイーナも休むことには同意で、今日は休養日にする事にした。

 ミミを影から出して、温もりを感じながら昼寝したり、三人で談笑しながらお茶を飲んだり、すっかり忘れ去られていた鳥の魔物に餌をやったりと、まったりと過ごした。



 次の日、フィーナ達は大金をガオの腹に入れ、町の中心部へ出かけた。今までなんやかんやで買い物も出来なかったので、今日は思い切りハメを外そうと思っていた。


「凄い人の多さ……」


「目が回る〜」


「王都とかになると、もっと多いだろうし、今ここで馴れておこうよ」


 イーナとデイジーはあまりの人の多さに面食らっていたが、フィーナは動じない。新宿や渋谷に比べたら可愛いものである。行き交う人が少し臭うが。


「姉さん、お茶の葉を置いている雑貨屋があるよ。 覗いていかない?」


「え!? 本当!? 行く行く!」


「デイジーを置いてくなー!」


 雑貨屋の扉を開けると、扉についていた鐘が小気味良い音を鳴らす。雑貨屋には筋肉質な渋いおじさんが店番をしていた。「いらっしゃい」とこれまた渋い声で、口髭を擦りながら挨拶してくる。


「こんにちは。お茶の葉を見てもいいですか?」


「おう、いいぞ。嬢ちゃん達、小さいのにその格好てことは……見習い魔女か?」


「はい。街の外れにある魔女の家に休暇で泊まってるんです」


「ほ〜。じゃあ嬢ちゃん達が豊穣の女神様達って事か」


「もうここまで噂になってるんですね」


「そりゃあなぁ……町ではその噂で持ちきりだぜ? ウチの常連にも畑持ちがいるからな。女神様達に会いたいと懇願してたぜ! がっはっは」


 ガタイが良い体を揺らして豪快に笑う雑貨屋のおじさんは町に馴れていないフィーナ達に色々と教えてくれた。ハーブを売っている店、飯の旨い宿屋、ぼったくりの飲み屋、安く量も多い飯屋などなど。中でも、スリや強盗の多い西地区や、そのスリや強盗達が根城にしている西南地区は絶対に近づくなと注意してくれた。

 フィーナは礼を良い、イーナは目をキラキラさせて、珍しいお茶や知らないお茶の葉を大量購入していた。デイジーはティーカップに興味が惹かれたようで、うーんと迷っている。


「どうしたの? デイジー」


「あ、フィーナ。ねえ、フィーナはどのカップがいいと思う?」


「え? デイジーが買うんだからデイジーがいいと思ったのを買わなきゃ」


「えーと、フィーナに選んで欲しいな……」


 デイジーは恥ずかしそうに両手の指先をツンツンと合わせた。フィーナはそのあまりの愛くるしさに思わずデイジーを抱きしめてしまった。


「私これ! これがいい!」


 フィーナが選んだのは緑色の葉っぱが風に流される絵が描かれたカップだ。


「わかった! じゃあこれをフィーナに買ってあげる!」


「え!?」


「フィーナのカップ、この前デイジーが一つ割っちゃったでしょ? だからその弁償に……」


「いいんだよ? 気にしなくて」


「や! デイジーが買ってあげるの!」


 フィーナは半ば強引にデイジーからカップを買ってもらった。デイジーは前に、フィーナが常用していたカップを割ってしまったことを、かなり気にしていたようだ。フィーナは特に思い入れがあった訳ではないので、笑って許したのだが。


「ありがとう、デイジー! 大切にするね!」


 フィーナがお礼を言うと、デイジーは顔を綻ばせ、ポリポリと鼻の頭を掻いた。その様子をイーナとおじさんが生暖かい目で見つめていた。


(はあ、デイジーマジ天使だよ……)



 三人は雑貨屋のおじさんに礼を言って店を出た。次にハーブの売っている店に行こうと、フィーナが提案した時、フィーナの背後に衝撃が走った。

 フィーナがたたらを踏んで体勢を立て直すと同時に、背後の男がフィーナの持つ荷物を奪って走り去った。フィーナは一瞬唖然としたが、荷物の中のある物を思い出し、怒りに打ち震えた。


「許さない………!! 私のカップ!!」


 フィーナの荷物の中にはデイジーに買ってもらったティーカップが入っている。もちろん強盗はティーカップを狙ったわけではなく、金を盗ろうとしたのだが、現金はローブの懐に入れてあるので盗めなかったのだ。そこで代わりに荷物を奪ったのだ。


 しかし、フィーナにとっては、お金より大事なものである。デイジーも涙目になりながら赤い闘志をみなぎらせている。デイジーの赤茶髪の髪がユラユラと陽炎のように揺れる。


「フィーナ!」


「デイジー!」


 二人が互いの呼び名だけで合図する。デイジーは超高速で強盗を追いかけた。


 騒ぎを聞きつけた人々が何事かと集まりだす。そんな中には雑貨屋のおじさんもいた。雑貨屋のおじさんは般若のように怒るフィーナに驚き、近くにいたイーナに何があったのか尋ねた。

 イーナに事を聞いた雑貨屋のおじさんは遠い目をして言った。


「その強盗………ただじゃすまねぇな」


 イーナは全くだと言うように肩を竦め、デイジーが戻るのを待った。


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