46『演者と踊らされる観衆』
フィーナがアルフ町長と交渉した日から二日後、フィーナ達が開墾した畑の前では大勢の人々が詰めかけていた。
「ここが本当にあの荒れ地だったのか!?」
「これほど見事な畑は見たことがない! 種を植えれば明日には実がなってそうだぞ!」
「ここの管理者は誰なんだ?」
「町長が言うには一昨日来た魔女達が報酬として貰ったらしい。なんでも半日もかからずに、ここまでやっちまったらしいぞ」
「ほんとかよ…クソ! これだけいい土地なら来年の秋にはウハウハだぜ? 俺の畑にも来てくれないかなぁ……」
「無理無理! なんでも金貨五百四十枚も要求したんだとよ。俺達にゃ、逆立ちしたって無理だろ」
「わしの孫を婿にやるから畑に恵みをもたらしてくれんかのう」
「じーちゃん! 俺の息子はまだ五歳だぞ!」
人が人を呼び、フィーナ達が畑の様子を見に来た頃には近隣の数十人が集まっていた。
「なに、この人だかり……」
「デイジー達見られてない?」
イーナとデイジーはあたりを見回し、警戒するように呟いた。フィーナはうんうんと頷くと、人だかりに近寄った。
人だかりが押し広げられるように割れた。その中をフィーナは堂々と、イーナとデイジーはおどおどと入っていく。畑の前まで来た時、フィーナはくるりと振り向くと、ザワザワしていた民衆に手を挙げ、静粛を促した。
「皆さん初めまして。レンツの見習い魔女、フィーナです。この畑は町長さんに褒美として頂いた物です」
民衆がまたザワザワと騒ぎ出す。フィーナ達が予想以上の少女達だったため、半信半疑のようだ。
「これがこの畑の権利書です」
フィーナがローブの懐からアルフに貰った権利書を取出し、高々と持ち上げた。民衆からはどよめきが起こる。
「今日集まった皆さんにお話があります。悪くない話だと思いますので、検討をお願いしたいのです」
民衆は静まり返り、フィーナの言葉を聞き逃さないように耳を傾けている。フィーナは少しためを作って、民衆の興味を更に惹きつけた。
「私はこの権利書を売ろうかと思います」
フィーナの言葉に民衆はこれ以上までに無くざわついた。商人らしき男たちはその言葉に、ギラギラした目つきでフィーナを見た。農家であろう者達も期待に胸を膨らませている。
しかし、ほとんどの人々が「どうせ手が出ない金額なんだろう」と諦観した顔つきだ。
「この畑には岩や石、木の根などを殆ど取り除き、森の恵みをこれでもかと注ぎ込みました。この畑ならどんな作物でもすくすく育つでしょう。そんな皆さんの垂涎の的となっているこの畑を、ここにいる先着一名様にお売りします!」
民衆から歓喜の雄叫びが鳴る。すぐに俺が、儂が、とフィーナに詰め寄ろうとするが、フィーナは再び手を挙げ、静粛を促す。民衆はゴクリと生唾を呑み込んだ。
「さらに! 今回購入してくれた方限定で! レンツのアルテミシア特製の防虫剤をお付けしましょう! これがあれば【根喰い】や【菌虫】にも困りません! 初心者にも快適な農業が出来ます!」
民衆から割れんばかりの歓声がこだまする。害虫被害が無いとわかると、豪農や商人以外の者達も食いつき始めた。しかし、やはり「でも、お高いんでしょ?」と、お約束な声も聞こえる。
「お値段が気になる方が多いようですね? お答えしましょう! この潤いたっぷりの畑に、防虫剤を二年分お付けして………金貨五百四十枚!」
民衆は失意のどん底に落ちたかのような顔をする。フィーナは笑いを堪えながら、まだ終わりではないことをアピールするが如く、大きく息を吸う。前世でやっていたテレビ通販を思い浮かべながら、民衆の関心を上げて下げて、更に上げるように操作した。
「の!所を今回に限り! いいですか? 皆さん! 今回に限り! 半額の金貨二百七十枚でご提供します!」
民衆は目を皿のように開かせ、少しばかり茫然としていたが、堰を切ったように怒号のような歓声を上げ、跳ねるように購入を申し出た。
フィーナはその圧巻たる光景を見て、満足そうに微笑んだ。
そもそもフィーナは今回報酬なんて気にしていなかった。無ければないで仕方が無いと思っていたし、あれば少額であっても良かったのだ。
しかし、町長であるアルフの試すような言葉と、話も信じず、見た目で判断するような行動に腹が立ち、報酬として大金をふっかけたのだ。
そんな腹黒い一面をお首にも出さず、フィーナは淡々とその報酬を倍にまで引き上げた。土地の権利書として町長への意趣返しは済んだが、季節的には作物の育ちにくい冬が間近に迫ってきていることもあって、畑はフィーナにとってそれほど価値あるものでもなかった。
そこでフィーナは町人に売ることを考えた。町長のあの驚き様なら売れると考えていたのだ。フィーナは噂が広まるのを待ち、頃合いを見計らって、テレビ通販もどきの販売を演じたのだ。
フィーナは元々の報酬である金貨二百七十枚と、魔女としての尊敬を集め、町人は垂涎ものの畑を手に入れる。まさにWINーWINである。
一番得をしているのはフィーナなのだが、そこを分かりづらくするよう演じていたので、民衆はフィーナを豊穣の女神が如く敬った。
フィーナの持つ権利書は豪農の息子がくじ引きで手に入れた。周りからは羨ましそうな顔を向けられていたが、豪農の息子は天高く拳を突き上げ、喜びに打ち震えていた。
フィーナの猛攻はここで終わりではない。
「おめでとうございます! 今回残念ながら権利を逃してしまった方には、防虫剤を限定で販売致します! 月に一回、この一瓶を畑に振り撒くだけ! 一本あたり金貨五枚のとこを、お手軽防虫剤を一年分の十二本! セットで購入した方はお手頃価格の金貨五十枚で販売します!」
民衆は興奮のあまり絶叫しだし、商人達は新たな商売道具を確保するべく、使いを走らせていた。フィーナは一度お金を取りに家に帰るだろうと考えていたので、即席で作った割符を民衆に配り、明日の昼、魔女の家で販売すると伝えた。権利書についても同様に魔女の家で、正式に渡すことを約束した。
興奮冷めやらぬ民衆を見送り、フィーナは呆然とするイーナ達を連れて町長のところに出向いた。先程の事を町長に話したところ、心底羨ましがっていたので、こっそり割符を渡しておいた。
「フィーナ……もしかして最初からそのつもりだったの?」
イーナが呆れたようにフィーナに聞く。フィーナは肩を竦めて首を振った。
「途中からだよ? 最初は魔女の家の宿代代わりに依頼を受けようと思ってたし。これを思いついたのは町長に仕返しした後だもん」
「フィーナは一番町長にムカムカしてたもんねー」
デイジーはクスクスと笑いながら、思い出していた。
「でもどうするの? 防虫剤、今ある分じゃ足りないよ?」
「それはだいじょーぶなんだよ」
イーナの問いかけにフィーナではなくデイジーが答える。イーナはデイジーが答えたことに首を傾げた。
「依頼の時にフィーナに言われたんだー。防虫剤の元になる薬草があったら、出来るだけたくさん採っといてって」
「この町で作られた作物って、レンツの皆も食べるじゃない? 折角なら美味しいものをお腹いっぱい食べたいから、防虫剤は売るつもりだったの」
イーナは溜め息をついて、今日は徹夜か、と愚痴をこぼした。夜通し防虫剤を作り続ければ明日の昼には間に合うだろう。
「でも驚いたよ。フィーナには商売の才能なんてないと思ってたのに……」
「あれはまぐれだよ。単に思いつきだからね」
「そうなの? 妙に小慣れてたけど」
「あはは〜、気のせい気のせい」
フィーナは前に自分には商才がないと感じたことを思い出していた。今回はあくまでテレビ通販の真似をしたまでだ。未だに相場であったり、商売の駆け引きなんてものはよくわからないのだ。
どうやら自分には商才はなくとも、演者としての才能はあるようだと、空を仰ぎ見て微笑むフィーナであった。