45『開墾と報酬』
フィーナ達は荒れた大地を下目に、並んで立っていた。
「フィーナは掘削! 岩も石も切り株も全部掘り起こしちゃって!」
「任せて!」
「デイジーは肥料! ガオと森に行って栄養になりそうな物をたくさん持ってきて!」
「ほい!」
イーナの指示が飛び、二人が素早く動き出す。
フィーナは土魔法で土壌を隆起させ、岩や石を外に放り出していった。地面が波打つように掘り返され、ポップコーンのように岩や石が飛び出てくる。あっという間に山のように石が積もり、切り株も大きく波打つ地面に抵抗できずに放り出される。
イーナは薬箱からドロリとした液体が入った瓶を取出し、波打つ地面に垂らした。土中で生息し、作物に影響を与える虫を殺す防虫剤で、フィーナがエマの畑で使っていた防虫剤を改良したものだ。今まで使っていた防虫剤よりも使いやすく、エマもこの防虫剤を使い出して、野菜の収穫量が増えたと喜んでいた。
フィーナとイーナの作業が終わったところでデイジーが帰ってきた。デイジーの横を苦しそうな顔でガオがついていっている。
「おかえり。どうだった?」
「いい感じの場所がたくさんあった! ガオ!出して!」
デイジーはガオの頭をポンと叩く。ガオが大きく口を開け、麻袋を大量に吐き出していった。麻袋の中身は腐葉土だ。
すべて吐き出し終えたガオはすっきりとした顔で、デイジーの影に戻った。
「じゃあ混ぜるよー」
「はーい」
フィーナが土魔法で地面をこねくり回し、イーナ達が同じく土魔法で麻袋から大量の腐葉土を出してきた。田畑全体を耕運機で耕すような光景に、フィーナは思わず笑ってしまった。
(魔法ってほんとに便利だね〜)
その後ろでは町長のアルフと、その息子アルヴィンが茫然と立っていた。半ば白目を剥いて引き攣った笑みを浮かべている。デイジーが重そうな麻袋を二つ同時に軽々と持ち上げたのを見て、アルフ達はひゅっと小さく息を呑んだ。
仕上げには井戸から直接水魔法で水やりし、地面を潤わせると、そこには農家が涎を出して欲しがりそうな田畑があった。
「ふぅ。まだお昼前だね。お茶にしよっか?」
「「さんせ〜い」」
イーナの提案に二人が手を挙げて答える。そのままさっさと魔女の家に引き上げ、お茶の時間を楽しんだ。畑には完全に呆けた町長達が残されていた。
「ちょっとやり過ぎたかな?」
「いーじゃん。デイジーはスッキリしたよ」
フィーナ達は自分達の力を見せつけて溜飲を下げた。イーナがリラックス効果のあるハーブティーを淹れてくれたのもあるが。
フィーナ達が午後から何をするか話し合っていると、町長達がやってきた。
アルフは申し訳なさそうな顔で、アルヴィンは若干畏敬の混じった笑顔だった。フィーナ達はまだ何かあるのか、と二人を睨んだが、とにかく二人に話を聞くため席に座らせた。
「先日は申し訳ありませんでした。まさかこれ程とは思っておらず、軽口を叩いてしまいました」
「依頼は完了ですね?」
「はい、それはもう……素晴らしい畑でした」
アルフは力なく笑うって頭を下げた。
「では依頼の報酬を頂きますね。私達は見習いですから相場の半額でいいですよ」
「おお、それはありがたい」
「今回は畑一面の一からの開墾。状況は深刻、防虫剤の使用料も含めますと……金貨二百七十枚戴きます」
「に、二百七十枚!? いくらなんでも高すぎる!」
アルフが血の気の引いた顔でフィーナに詰め寄る。フィーナは素知らぬ顔で首を傾げた。
「いえ、正当な報酬です。これでも見習いなので半額になっているんですよ? 最近、私達への依頼が増えていて、依頼料が釣り上がっているんですよ。なんなら二週間後、商隊が帰ってくるときにでも構いませんよ。その時に私達の相場も合わせて聞いておくといいですよ」
フィーナがニヤリと笑うと、アルフはがっくりと肩を落とし、うなだれた。
フィーナ達はここ最近、依頼が増えすぎたのを苦慮して報酬を釣り上げていたのだ。しかし、魔女は魔道具や腕の立つ護衛、素材収集などで一般より多く金を稼いでいる。そのため報酬の値を釣り上げたとしても、半額になってしまうフィーナ達には依頼が殺到したのだ。
金貨二百七十枚は町人の一年の平均的な収入だ。兵士等はもう少し多く、三百枚ほどの収入である。ちなみにレンツの魔女の平均収入は約六百枚。兵士の二倍である。フィーナの今年の収入は現在二千枚以上に及んでいる。三等分してこの収入である。レンツではお金の使い道が少なく、貯まっていく一方なので、フィーナとしては大丈夫かと心配になっている。
金貨一枚で三人の家族が一日で暮らせるほどの価値があり、その十分の一が銀貨、銀貨の十分の一が貴銅貨、銅貨、小銅貨となっている。
「それは……いや、お支払い致します」
アルフが苦虫を噛み潰したような顔で項垂れる。
「一つ聞きたいんですけど……」
フィーナには聞きたいことがあった。何故あんな面倒な依頼を頼もうとしたのかである。
「………実はあの荒れ地は、前の魔女の実験であのような状態になったのです。魔女がやったのだから魔女に責任を取らすべきと町人の不満が溜まりまして……それで次にくる魔女にはこの問題を片付けてもらおうと………」
フィーナは呆れてしまった。原因がレンツの魔女にあることにも呆れたが、それを関係ないフィーナ達に押し付けようとした事にも呆れた。
アルヴィンは私達が少女だったので、押し付ける事に反対だったようだが、町長の息子というだけで、町の総意を覆せる程甘くはないのだ。
「それはこちらにも責任がありますね。しかし私達には関係ありませんよ。言ってくだされば、その荒れ地にした魔女に責任をとらすことも出来たのですが……?」
「はい、町人達の重圧に耐えきれず……」
アルフは額に流れる汗を拭い、苦しそうな顔を見せた。町長の立場と魔女の傘下という板挟みで憔悴しているようだ。
「まあ、依頼は完了していますし、報酬も約束されました。今回は代理でこの件を担当したことにしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
アルフとアルヴィンが勢いよく頭を下げる。一件が片づくのと、目の前の天才魔女に手痛い仕返しをされずに安堵の表情を浮かべている。しかし、その表情もすぐに凍りつくことになる。
「しかし、それでは報酬が少なすぎますね。その荒れ地にした魔女の代わりにわざわざ面倒な依頼をさせたのですから、相場の倍は頂かないと……」
「ま、待ってください! そんな大金、私達では払えません!」
フィーナは疑問に思った。倍とは言っても、せいぜい金貨五百四十枚だ。そのくらいの額なら、町の有力者達からカンパして貰えば、すぐに集まるのではないか。もしかすると、町長とは意外に権力を持ってないのかもしれない。
(今のところ損な役回りばかりさせられてるようだし………)
フィーナは少し考えると、ポンと手を叩いた。
「ではこうしましょう! 私達が作った畑は私達で活用します。その代わり、今回の金銭報酬は無しで!」
アルフはかなり渋っていたが、払えなければ町長としての立場も無くなる。町人の圧力からも逃れられるのは町長にとってもありがたいはずだ。
「うむぅ、わかりました。その様に手配しましょう。権利書は後ほどお譲りいたします」
「交渉成立ですね。ではよろしくお願いします」
フィーナとアルフは立ち上がり、互いに握手した。アルフの目にはもう嘲りの感情はない。この魔女は見た目は少女でも、天才なのだ。アルフはフィーナ達の名前を忘れないよう、脳に深く刻み込んだ。
「あ、聞いてませんでしたけど、荒れ地にした魔女の名前ってわかりますか?」
フィーナが思い出したかのように口を開く。
「ええ、確かデメトリアというお名前でしたな。何でもレンツでは結構な有力者だそうですね………」
フィーナ達はその名を聞いて、今後は何を言われようと、でめちゃんと呼ぶことにしようと誓うのだった。