44『レリエートの魔女会議』
フィーナ達がアルフ町長に青筋をたてながらも依頼に取り掛かろうとしている頃、隣国のレリエートでは会議が開かれていた。
円卓には褐色肌で粗暴な魔女アマンダ、猟奇的で狂人なベラドンナ、高圧的で冷酷なアレクサンドラ、そしてそんな魔女の中、唯一常識的で良心のあるマリン。リーレンの姿はそこには無い。
マリンはリーレンの席だった場所を見つめ、深くため息をついた。そんなマリンに追い打ちをかけるようにアレクサンドラが語る。
「どうやらリーレンが任務に失敗したらしいの」
「またかよ! それで今日は顔を見せられねえってか!?」
「キャハハハ! 当然よね! ここに来たとしても、死にに来るようなものだもの!」
「いや、リーレンはもう死んでおるぞ。斥候に使っておった魔女も全滅じゃ」
それを聞いて、胃に鉛を入れたが如く、マリンは沈痛な面持ちをした。アマンダもベラドンナも信じられないのだろう。リーレンの実力は二人もよく知っている。強靭な肉体と再生力を持つリーレンが任務に失敗して死ぬなど有り得ないと思っているようだ。
マリンは自分の同期で憧れの存在が死んでしまったことに喪失感を覚えた。
「嘘だろ? あいつが負けたのか? 雑魚しかいないレンツに?」
「フン! どうせ死んだことにして逃げたのよ!」
「いや、リーレンは間違いなく死んでおる。儂の密偵が監視しておったからな。リーレン達とは離れていため、戦闘に巻き込まれんで済んだようじゃ」
リーレンが二度目の襲撃をレンツにかけようとしていた時、アレクサンドラはその一部始終を密偵に報告させていた。陣の建設もレンツが流した噂も知っていた。そして今日やっとリーレンの死亡が伝えられたのだ。
アレクサンドラはその報告を聞いて絶句した。アレクサンドラはリーレンがかなり入念な準備をしていたのをしっている。それがほとんど意味を成さず、遠距離からの一撃でリーレンの駒達を吹き飛ばすなど、そうとうな実力者達か、そもそも罠だったかである。
「リーレンは嵌められたのかもしれんの……。碌に利になる情報を得られ無い状態が続き、かと思ったらあっさりと決定機が現れる。何か動かされた感じが否めないのう」
「よく分からねえ」
アレクサンドラは軽くため息をつき、「戯れ言じゃ」と言って打ち切った。アマンダやベラドンナに智謀など無い。ここで詳しく説明したとしても時間の無駄だろうと判断したのだ。
たがマリンは沈痛な面持ちをさらに歪めていた。発言はアマンダやベラドンナ、アレクサンドラの機嫌を損ねるので出来ない。マリンには現状よりこの三人の方が恐ろしいのだ。この三人がその気になれば、マリンなんぞ抵抗する暇もなく死ぬだろう。マリンにはその事実が重くのしかかっていた。毎回この席につくときには、胃液が逆流するのを抑えながら参加している。円卓に座れることは栄誉あることだが、その重圧が重すぎてやり切れないのだ。
「要は返り討ちにあったってことでしょ? リーレンが下手打っただけよ」
ベラドンナがフンと鼻を鳴らす。アマンダはなるほどな、と納得がいったようだ。単純である。
「まあそれでいいわい。さて、今後レンツにどう対処するかじゃが……」
「決まってるだろ!? 正面から行ってブチのめせばいいんだ!」
アレクサンドラは予想通りの答えが帰ってきたことに嘆息し、今回は一度解散することにした。
会議が終了すると、アマンダとベラドンナは大抵すぐに出ていく。やれ狩りがどうだとか、うまい酒がどうだ等の魔女らしくない会話をしながら出ていった。
マリンも席を立とうとしたが、アレクサンドラの鋭い視線に固まってしまった。
「マリン、次はお前が行ってくれんか?」
二人だけになった会議室でアレクサンドラがマリンにつぶやく。
マリンは目を皿のように丸くした。リーレンが敗れた相手にマリンなぞ、相手になるはずも無い。マリンは胃に穴が飽きそうになりながらも、断るべく口を開こうとしたが、アレクサンドラの言葉によって止められてしまった。
「まあ、拒否権はないがの。それにお主も気にならんか? リーレンはしぶとく、狡猾な奴じゃった。それなのに相手には損害がないと聞いておる」
マリンは自分の耳を疑った。リーレンと対して損害を被らないほどレンツは力を蓄えたのかと恐怖した。
「リーレンを監視していた密偵からの報告によると、最後に攻撃したのがレンツの小さな魔女だったらしい……かなりの破壊力だったが、リーレンは起き上がり、反撃に移ろうかとした」
マリンは小さく頷いた。リーレンにはあの再生能力がある。攻撃を受けても即死しなければやられることはない。
「じゃがな、攻撃に移ろうとしたリーレンに、攻撃した小さな魔女とは別の魔女がリーレンと二言三言話した途端、リーレンは力なく膝を折ったらしいのじゃ。その後はリーレンは死ぬまで拷問のような苦しみに苛まれ、のた打ち回って死んだようじゃ」
マリンは気づかぬ内に拳を力一杯握りしめていた。自分の憧れがそんな酷い殺され方をされたのに怒っていたのか、自分が無理を言ってでも協力すべきだったと後悔していたのか、マリン自身もわからなかった。
どうやらレリエートの魔女たちにはフィーナ達が会話した内容まではわからなかったらしく、アレクサンドラもその内容自体には特に興味も無いようだ。
「儂はその小さな魔女の精神魔法か何かがリーレンを破ったのだと思うのじゃ。リーレンは【二つ名】の解放までしておったらしいの。じゃがそれさえも屈服し得る精神魔法とはな……。些かレンツを甘く見すぎておったようじゃ」
マリンはアレクサンドラの思惑が見えなかった。そこまで強力な魔法を使う魔女がいるなら、マリンがどうこう出来るはずもない。アレクサンドラは一体何をしろというのか、マリンはそんな疑問を抱いていた。
本当は誰も精神魔法など使っておらず、リーレンの体が壊れてしまったからだとは思っていない。リーレンは体が限界に近づいていることを誰一人として言わなかった。それがアレクサンドラの思慮を鈍らせていた。
「簡単に言うと、じゃな。マリン、お主にはその者を暗殺して欲しいのじゃ。若返りを使用した祖曽ならば、非常に難しいが、お主ならやれるじゃろ?」
有無を言わさない視線がマリンを貫く。マリンは自分には到底できない要求だと思っていた。しかし、アレクサンドラはマリンにその得体の知れない魔女の暗殺を命じている。要はマリンを捨て駒として扱おうとしているのだ。
当然マリンもそのことに気づいている。しかし、アレクサンドラとマリンではその実力、名声、人望、その他諸々で勝ち目がない。マリンはその命令を飲むしかないのだ。
「は、はい……」
「うむ、さすがにわかっておるようじゃな。アマンダとベラドンナではこうはいかん。あやつらは脳まで筋肉か酒か殺意で埋め尽くされておる。………魔力量や【二つ名】以外でも知識や誠実さでこの席に座る者も現れるかもしれんな」
アレクサンドラはニタリと嘲笑った。皺の入った頬がさらに深くなる。
マリンは青い顔をしながらも、腹の中で沸々と滾る憎悪を燃やしていた。