43『ウィッチ・ニア町』
フィーナは目覚めると、鳥の魔物が異常に恐怖していたのに気づいた。特にフィーナに対してはかなりの怯えようで、試しにつついてみると、失禁して気絶してしまった。
ミミが昨日の夜に脅したと聞き、フィーナは呆れつつも、言葉を理解する魔物もいるのかと、新しい研究になりそうな材料を発見したミミを褒めてやった。
「リリィ分野長あたりに薦めてみようかな。多分興味持つと思う」
「リリィ分野長なら適任ニャ。今の研究が終わったら、次の研究材料として教えるといいニャ。……ふにゃ〜、ミミは寝るニャ。ご主人、影に入れてくれニャ」
「はい、どうぞ。お疲れ様」
フィーナはミミを影に入れると、魔物が人語を解する可能性があると書き留めておいた。
朝食は昨日の残ったスープに堅パンを浸したものだった。食後にフィーナ達はいつものまったりとしたハーブティータイムを過ごすと、商隊とともに先を急いだ。
太陽が真上に昇る前に、小さな町にたどり着いた。商隊の魔女によると、【ウィッチ・ニア町】と呼ぶらしい。【ウィッチ・ニア町】はレンツの村が出来た後、少ししてから遅れて出来た町で、レンツの産品や森の収集物が集まる中継地点のような所だ。町の人口は約千五百人と少ないが、レンツの村の食糧などの生活必需品を、この町でまかなってくれている。
【ウィッチ・ニア町】は読んで字のごとく、魔女の側の町である。この町が出来てからの発展は魔女無しでは語れないのである。
この町には魔女の家があり、魔女はこの家に滞在する間、町人達のお願いを聞いてあげることもあるという。たがほとんどの魔女が聞くこともなく、ただ物臭に滞在するらしい。
フィーナ達はマリエッタに「出来れば、一つか二つ依頼を受けて欲しい」と言われ、暇になるであろうと予想し、特にやりたいこともなかったので了承した。
町はレンツの産品でそこそこ潤っているらしく、街から買いに来る商人の護衛や、レンツの魔女達によって魔物からの被害も少ないようだ。
フィーナ達は商隊と別れ、町の外れにある魔女の家に向かう。その前に陸船に積んでいた研究道具などをガオの腹に入れ、デイジーがガオを抱きかかえる。
田園風景の中にポツンと家が建っており、その前にはチラホラと見慣れない人達がいる。おそらく町人達だろう。
中には男性もいるようで、イーナとデイジーは初めて見る男性に萎縮したようだ。そんなイーナ達に代わって、フィーナは挨拶することにした。
「こんにちは、今日から二週間ほどお世話になります、フィーナと言います。まだ見習いなので至らない点があると思いますが、どうか宜しくお願いします」
フィーナがぺこりと頭を下げると、町人達は面食らったようで、辿々しく挨拶した。
「あ、いや、こちらこそ宜しくお願いします。しかし小さいのに随分と礼儀正しいですな。思わず貴族の方かと思いましたぞ! 失礼、遅れましたが、私がこの町の町長、アルフレッドと申します。 皆は気軽にアルフ町長と呼びますので、あなた方もそうお呼びください」
「あののの、わわ私、イーナともも申しマスです」
「デイジー……でふ」
町長であるアルフは少し戸惑ったものの、気さくに応えた。しかしイーナはどもり、デイジーに至っては短い自己紹介なのに噛んでしまった。
「いやはや、可愛らしいですな。私の娘と同じ歳ですかな? こちらが私の娘のパメラです。そしてこちらが妻のラモーナ、息子のアルヴィンです」
アルフが家族を紹介していく。ラモーナとアルヴィンは慣れているのか、卒なく挨拶をこなしたが、パメラは緊張したようで、顔を真っ赤にさせていた。
挨拶が終わると、魔女の家を案内された。
「うーむ、小さいので案内するところがありませんな! ……という冗談は置いておき、こちらが魔女の研究室になっております。今回は錬金術分野の魔女と聞きましたので、道具は出来るだけ用意しましたが……何分最近は錬金術分野から来られる魔女がいなかったもので、あまり整った道具がないのです……」
アルフが豪快に笑った後、申し訳なさそうに説明した。
「大丈夫ですよ。必要になる道具は持ってきましたから」
デイジーが抱いていたガオを手放す。ガオが口を大きく開き、次々と研究道具を出していく。
アルフ達はガオのことを人形か何かだと思っていたようで、急に動き出して道具を吐き出したガオに驚いていた。
「驚きましたな………これは使い魔なのですか? 色んな魔女がここにやって来ましたが、このような使い魔は初めて見ました」
「ガオ」
「がお?」
「この使い魔の名前です」
言葉足らずなデイジーに助け舟を出す。どうやらデイジーは人見知りするようだ。特に男性にはその傾向が強いようだ。今もアルフとアルヴィンをチラチラと落ち着きなく見ている。
「なるほど、私も早く仲良くなりたいものですな! わっはっは!」
アルフはデイジーが人見知りしているのに気づいたのか、小太りな腹をポンと叩き、からからと笑った。
フィーナ達は荷物を魔女の家に運び入れ、軽く整えていた。ベッドは狭いながらも三台あり、シーツなども洗われていた。
「それでですな、お嬢さん方……お願いしたい依頼があるのですが………」
アルフが言いにくそうにフィーナ達に伝える。アルフにとっては魔女の卵で少女でしかないフィーナ達には頼みづらいのだろう。アルヴィンがアルフの肩を掴み、耳元で何か言っているが、"どうせ無理だ!"みたいな口の動きである。
「構いませんよ。これでも村ではそこそこ腕が立つ方だと自覚していますので……」
アルフとアルヴィンは疑惑の目を向けていた。
「………では、新しい田畑の開墾をお願いできませんか? その田畑では石が多く、私達ではなかなか開墾が進まないのです」
「親父…!!」
アルフは試すような視線でフィーナたちを見つめた。アルヴィンはそんなアルフに抗議するように言葉を荒げたが、アルフが取り付く島もないと解ると、舌打ちして黙った。
「はい、明日その田畑に案内してください。一日で終わるので、他に依頼があるなら考えといてください」
フィーナがあっけらかんと応えると、アルフとアルヴィンは唖然としたように固まった。不可能だと言い出さんばかりの顔にフィーナはニヤけた。
「まあ、明日見てて下さい」
フィーナは甘く見られたことをイーナとデイジーに話して、明日、鼻を明かしてやろうと相談した。
イーナはやれやれと呆れていたが、口はにやけていた。デイジーは最初からやる気満々らしく、腕をぐるぐると回して気合を入れていた。
次の日、いつものティータイムを過ごしていると、町長のアルフとアルヴィンがやって来た。アルフは難しい顔をしている。アルヴィンはどうせ無理だろうと、期待していないようだ。
フィーナ達は見習い魔女の正装に着替え、アルフ達の後をついて行って、問題の田畑へと来た。
「ここが依頼の場所です。 石や草の根が多く、土も硬いので開墾しにくいのです。 あなた方にはこの場所を改善していただきたい」
フィーナは嘆息した。昨日のうちは開墾してくれとの内容だったが、いざ来てみると土は渇き、石や岩が地表にまで見えている。さらに乱暴に切り倒したかのような後の切り株が残っており、散々な状況だ。
「これはこれはひどい有様ですね。 これでは開墾したとしても田畑には出来ないのでは?」
「いえ、私は改善して頂きたいと申しましたのでな‥‥‥‥‥」
「田畑に出来るよう改善してほしいという意味に捉えろと‥‥‥‥‥?」
「‥‥‥‥‥まあ、そんなところでしょうな」
(こんのぉ〜、狸親父め〜!)
フィーナは額に青筋が浮き出すような感覚に浸りながらも、今に見ていろと、思いっきりやってやることにした。イーナとデイジーも苛立ちを覚えているようだ。三人は顔を合わせ、作業にとりかかった。