41『木と鳥』
森を抜けるには丸一日かかる。フィーナ達は陸船内で暇な時間を過ごしていた。陸船の速度は通常の馬車より少し速いくらいだが、帰りには荷物が増えるため、一日半ほどかかるらしい。
陸船は魔力で進むため、一台の陸船に二人の魔女が交代で魔力を送っている。
日が暮れ始めた頃、先頭を走る陸船に乗る魔女が合図して、陸船の列が止まった。どうやら野営地に着いたらしい。
商隊はいつもこの野営地中継地として利用しているらしく、慣れた動きで陸船を並べていく。フィーナ達はその間、周辺の警戒をしていたが、魔物の気配もないので虫や木々のざわめきに耳を傾けていた。
「ちょっと採集でもしてみる?」
フィーナが二人に聞くと、二人もヒマだったのか二つ返事で了承した。
フィーナ達はマリエッタに採集に出かけると伝えると、マリエッタはご飯までには戻ってきなさいと、和やかに返してきた。ちなみにキャスリーンは乗り物酔いしたのか、気分が悪そうだった。
「この辺の植生もレンツ周辺とあんまり変わらないね」
「そうだね、香辛料になるハーブがあると嬉しいな」
「デイジーは魔物が出て欲しい」
デイジーはシュッシュッと拳で連撃を放ち、やる気を見せている。
「魔物に出てきて欲しいだなんて、デイジーくらいだよ」
イーナは肩を竦めて首を振った。デイジーはなおも連撃を放っている。今度は足技とのコンビネーションだ。
「新しい必殺技を試したい!」
そう言いながら、デイジーはグローブをはめて、すね当てを着けている。イーナもやれやれと言いながらも装着するのを手伝っていた。
フィーナはミミを呼び出し、薬草の探索をした。ミミはフィーナとよく行動をともにするので、レーナやフィーナ達に継いで薬草に詳しくなった。ミミは出てくるなり、あくびをしながら、伸びをした。
「ご主人、こっちにヤロウがたくさん生えてるニャ。花は咲いてニャいけど、若葉も採り放題ニャ」
「おー! ミミ、やったね! 姉さーん!」
フィーナは早速イーナを呼び、ヤロウの葉を摘んでいく。ヤロウの葉はハーブティーとしても、薬としても、料理としても使えるのだ。イーナの表情も溢れんばかりの笑顔である。
「これだけあれば充分だね。若葉は今日の夕食で使おうよ」
「フィ〜ナ〜! イ〜ナ〜!」
フィーナとイーナが早速今日の夕飯を楽しみにしていると、デイジーが情けない声を出してこちらを呼んでいた。
「どうしたの? デイジー」
「こ、この変な木が……」
「「木?」」
デイジーの指差す先には一本の大木があった。幹が人の顔のように見え、色合いや造形から翁のように見える。
「ああ、トレントだね。魔分が濃いのかな?」
トレントは魔分の濃い場所に生えている木が突然変異した魔木である。その種類は様々で、根を足のように動かし移動するものや、枝を手のようにぷらぷらと動かすものなど、その種類は多岐にわたる。このトレントは幹に顔が作られるタイプのようだ。
一見ただの木のように見えるが、口と思われる場所がもごもごと動いているのは少し気持ち悪い。トレントはほっといても害は無く、枯れた後には上質な地質が残るとされていて、森の恵みをもたらす者とされている。ちなみに口があっても言語を話すことは出来ない。
「へー。これがトレントか〜。お爺さんみたいだね」
「ひえ〜、動いてる〜」
イーナは興味がある様だが、デイジーは怖いのか、手で目を隠しながら覗き見ている。
「ご主人のお姉さん、エリーならトレントと話せるニャ」
「え!? 本当!?」
イーナはすぐに影からフェアリーのエリーを呼び出した。エリーは眠っていたのか、眼をこすりながら出てきた。
「エリー、起こしてゴメンね。このトレントとお話できる?」
「トレント〜? ふわわ……出来るよー」
エリーは大きな欠伸をしながらも答えた。フィーナはさっきミミも欠伸をしていたなと思った。使い魔は影の中で寝てることが多いのだろうか。
「ふむふむ、なるほどなるほど」
エリーはトレントに向かって相槌を打つ。フィーナ達には何も聞こえないが、妖精たるエリーには聞こえているのだろう。
「なんか、木の枝に魔物が住み着いて困ってるんだって。食べられて痛いって言ってる」
フィーナは上を見上げ、目を凝らした。すると大きな鳥が木の実を啄んでいた。ギョロギョロとした目で辺りを見回しながら熟れた実を啄む姿はただの鳥にしか見えないが、あれが魔物なのだろう。フィーナ達は初めて見る魔物に興味津々だ。
特にデイジーは魔物の調査研究をしているので、早速捕まえようと屈伸して準備をしている。
「デイジー、雷魔法で気絶させて捕まえてね」
「ほーい」
デイジーはぴょんと地面を蹴ると、軽い身のこなしで鳥の魔物へと近づいた。鳥の魔物は急に目の前に現れたデイジーに、ギョッとした顔で一瞬動きを止めたが、すぐにギャーギャーと騒ぎ始めた。デイジーの刺すような攻撃の後、バチッ、という音が鳴った。鳥の魔物はぐったりと意識を無くし、そのまま地面に落ちた。
「お疲れ様、デイジー」
「必殺技試せなかった〜」
デイジーはがっくりと肩を落とした。前に、デイジーに必殺技という概念を話してしまった。その時からデイジーは暇さえあれば必殺技を考えていたようだ。どうやらその必殺技も完成したらしい。
「デイジーはそのままでも強いじゃない」
「違うのー! カッコよく決めたいの!」
イーナは肩を竦めて言ったが、デイジーは動き足りないという様に腕をパタパタとさせて言った。
「うーん、見慣れない魔物だね。エリー、トレントにこの魔物のこと聞いてくれる?」
「あーい」
フィーナは気絶した魔物の体を縛り、検分していた。頭は鮮やかな赤色で、そこから羽にかけて黄色、緑色とグラデーションがかかっている。腹部は白く、鉤爪は鷹のように鋭い。
「ふむふむ、ほうほう」
「なんかね、トレントさんも見かけない魔物だって。 最近はそういう魔物を見る事が増えたんだって」
「新種の魔物か……それも大量に……他国から来ているのか、単なる偶然か…デメトリアさんに相談した方がいいかもね」
フィーナはうんうんと考えながら独りごちた。
バッグから薬箱を取り出し、鎮静剤を鳥の魔物に注射器で打った。
この注射器の針はソロホーネットという蜂の魔物から採れた針を加工したものだ。
シリンジ部分は魔道具分野に作製を依頼して作ってもらった。
高度な注文をつけるフィーナに、魔道具分野の魔女達は頭を抱えていたが、その顔はウキウキとしていたのをフィーナは見逃さなかった。
まだ人には使ったことはないが、リリィの実験の手伝いで、魔物に鎮静剤を打つことはよくあった。リリィの研究も進んだのか、最近はよく滋養強壮剤を自らに使って、研究に打ち込んでいるようだ。
フィーナが一連の作業をしている間、イーナとデイジーがビッグフットラビットをそれぞれ仕留めていた。
今日はご馳走になりそうである。