35『戦場 2』
フィーナ達がデメトリアの元へ着くと、デメトリアは驚いた表情を浮かべ、分身を前に立たせ、リーレンに見えないようにした。そして目を釣り上げてフィーナ達を見た。
「何を考えている! 死にたいのか!」
イーナは「やっぱり怒られた」という顔をフィーナに向けたが、フィーナは気にせずデメトリアに言った。
「敵の能力が分かりました。特殊魔法の一つ、活性魔法の使い手です」
デメトリアは目を見開かせた。
「私も薄々そうではないかと思っていたところだ。フィーナ、お主は色々とわかったようだな。聞かせてくれ」
デメトリアはニヤリと笑みを浮かべ、フィーナに向き直った。その間も分身の操作は怠らず、遠距離から攻撃を仕掛けていた。
「はい、この髪はリーレンと名乗るあの魔女の髪です。あの魔女は活性魔法で髪を変質させ、このような硬度をだしているのだと思います」
フィーナがリーレンの髪を手で針金のようにぐにゃりと曲げ、手を離した。髪が元の形に戻る。
「一本でもこの強度です。束になればかなりの強度を出すでしょう。しかもこの髪は水は弾き、火にも強いようです。素材として得られるなら最高の糸材ですよ」
フィーナが苦笑する。デメトリアはリーレンの髪を触りながら、ふむぅと唸った。
「ですが電気、いわゆる雷魔法は通すようです。雷魔法を中心に攻めればこちらが優位に立てるかと思います」
デメトリアが試しにと言わんばかりに雷魔法を詠唱し、リーレンに向けて放った。落雷のように空中を引き裂くような音を出して落下した雷魔法はリーレンの髪ではなく、土魔法によって防がれた。
デメトリアはニヤリと笑い、有効性を確認する。
「よくやったぞフィーナ。こちらはまだ余裕がある。私が雷魔法で押していき、前衛の二人がその隙を突くとしよう」
デメトリアが落雷の魔法を次々と落とす。リーレンは苦い顔をしながら、その攻撃を防いでいた。明らかに嫌がっている。
「ちっ!」
リーレンは舌打ちし、長い髪をさらに伸ばし、木々より長くした所でその髪二つに分けてを切った。切った髪を素早く一纏めにし、長い棒のようにし、風魔法を操り、リーレンと離れた場所の地面に突き立てた。
「なるほど、対策はしてあるのね」
フィーナが呟き、デメトリアに雷魔法がもう有効でないと伝える。デメトリアが確かめるように小規模の雷魔法を使うと、髪で出来た長い棒のようなものに雷が落ちた。イーナとデイジーは洞窟内で戦略『避雷針』を用いたため、すぐに同じものだと理解した。
「面倒なやつだな……フィーナ、他に対処法はあるか?」
デメトリアが溜息をついてフィーナに尋ねる。フィーナは少し考えたあと、頷いた。
「落雷型では無く、別の形で雷魔法をあてるんです」
「私は落雷の魔法しか知らないぞ?」
デメトリアはまるでそれしかないと言うように肩を竦めた。
「近接攻撃から雷魔法をあてます」
「馬鹿な! 危険すぎるぞ! 私の分身を見ただろう! あやつの髪はそれだけで凶器なのだ。近接戦闘は出来るだけ避けるべきだ! それにあの爪…………あの爪も髪と同じく硬化しているならば、一瞬の隙が命取りになる!」
デメトリアの言葉にフィーナは首を振った。
「それを出来る魔女がいます」
「なに?」
デメトリアがわからない、というようにフィーナに尋ねる。そしてハッとしたようにデイジーを見た。
圧倒的な力でラ・スパーダを討伐した見習い魔女。アルテミシアに憧れる小さな少女。その少女は燃えるような闘志をその目に宿らせていた。
「まったく、危なくなったらすぐに引かせるぞ」
「デイジー、やっちゃいなさい」
イーナも呆れたようにデイジーの背中を叩いた。デイジーはニコリと笑顔を残し、土煙とともにフィーナ達の目の前から姿を消した。
前方での戦闘は苛烈を極めていた。一時期デメトリアの援護で優勢に回るかと思った直後、リーレンの対応によってまた膠着状態に戻された。サナとスージーも隙を見せず攻撃し続けているが、リーレンの守りが固く、有効打を出せずにいた。
「なんて固さだ!」
スージーが毒づく。サナも奥歯を噛みしめるようにして魔法矢を放つ。まだ魔力には余裕はあるものの、カベに向かって殴り続けるような無意味さに、神経をすり減らしていた。
スージーの足が何かに取られた。スージーは慌てて足下を見ると、足が土に埋まっていた。リーレンが気づかれないようこっそりと土魔法でスージーの足を絡めたのだ。
リーレンはその好きを逃さず、豪炎魔法に短く切った髪の毛を乗せ放った。髪の毛は燃えることなく、爆炎と風に包まれスージーへと迫る。
足下の土を水魔法でぬかるませて脱出し、豪炎魔法を躱す。しかし、その背後から迫る鋭い髪の毛と風に気づかず、対処が出来なかった。
スージーの目の前に赤茶色い髪の少女が現れた。まるで突然そこに湧いたかのように現れた少女にスージーは驚愕した。しかしそれがデイジーであるとわかると、危険を知らせるために声をあげようとする。
その瞬間スージーは言葉を忘れたかのように押し黙った。
デイジーはスージーの前に現れ、迫る髪の毛と風魔法にデイジーの風魔法をぶつけた。空気が振動するかのような衝撃が周囲を包んだが、迫ってきていた髪の毛は地面にバラバラと落ち、それを確認すると、デイジーは物凄い速さでリーレンに詰め寄った。
「な!? グハ!」
一瞬で懐に入られたデイジーにリーレンは反応が遅れ、なんとか髪でデイジーの攻撃を防御したが、そのまま弾き飛ばされ、木の根本に激突した。
「みんなはデイジーが守るの!」
「チビが! 地獄に落としてや――――――――ッ!?」
リーレンが啖呵を切って、立ち上がろうとした瞬間、言いようのない脱力感がリーレンの体を襲った。デイジーは雷魔法を最初の攻撃で与えていた。一瞬だったため、最大威力を与えることは出来なかったが、リーレンの動きを一時的に麻痺させるほどにはダメージを与えていた。
(くそ! 特殊魔法使いか!? 私の髪が雷魔法を通すことにすぐ気づいたりと………やりにくいやつらだ!)
リーレンが爪でデイジーの喉元を狙う。しかし鈍った体のリーレンではデイジーの動きにまるでついていけず、軽々と躱されカウンターをもらっていた。いくら髪で防御してもその衝撃は計り知れず、リーレンは頭を揺さぶられて朦朧とする意識の中、最終手段を実行することにした。
デイジーが何かに気づいたように後ろに下がる。
リーレンの口元には笑みが浮かんでいた。