34『戦場』
フィーナはふるふると震える体を両腕で震えないように押さえていた。深呼吸をし、両手で頬を叩いて気合を入れる。
フィーナ、イーナ、デイジー、サナ、スージー、デメトリアの六人はレンツの森の演習場へ来ていた。ここに来るとレーナやサナに最初に魔法を教えてもらったことを思い出す。フィーナは初心に帰り、魔法の発動を復習していた。
「くるぞ!」
デメトリアが叫ぶ。デメトリアの使い魔はイタチのような動物で、周りの環境に合わせて体の色を変える特技を持っていた。その使い魔を使って、レリエートの魔女が来るのを監視していたのだ。
「作戦開始!」
スージーが声とともに、詠唱に入る。デメトリアとサナも同じく詠唱に入った。三人の詠唱が終わると、森のなかに巨大な竜巻が現れ、木々を吹き飛ばし、土を抉った。
見えるのはほとんど木や土、埃等だったが、時おり布のようなものが見えた。恐らく、レリエートの魔女のローブだろう。前方にいる三人は同時に強力な風魔法を放ち、森の中を進むレリエートの魔女達に先制をしかけたのだ。
風が止むと、空中に巻き上げられた木や土が雨のように地面に落ちた。その中に、複数の人らしきものも見える。地面に落ちた人らしきものを見て、フィーナは見たことを後悔した。
レリエートの魔女に違いはなさそうだったが、ローブはボロボロになり、折れた木が体のあちこちに突き刺さり、石で殴ったかのような打撲痕を残したグロい死体だったのだ。
「どうだ?」
「いないと思います」
レリエートの魔女達の死体にはレーナを襲撃した魔女はいなかった。レーナは村で防衛をしているので、襲撃者の人相を細かく教えてもらったのだ。そのおかげで、先制攻撃で襲撃者の魔女を倒せなかったと判断出来た。
「ここからが本番だな」
デメトリアがそう呟くと土魔法で分身を作り出した。デメトリアはその中の一体にすっと溶け込み、注意して見なければ本物がどれかわからないようになった。分身は自律出来ず、魔力を流し続けなければ動かすことはできない。
本来ならば、危険な地域を調べるために、本体に危険が生まれないよう開発された魔法だ。デメトリアはその土魔法を五体ほど作り出し、全て操るという力技を魅せた。豊富な魔力量と綿密なコントロールがなければ不可能な行為だ。改めてデメトリアがレンツのギルドマスターなのだと考え直した。
「やってくれるな………レンツのゴミムシ共」
抉られた大地の向こうから一人の魔女が姿を現す。地面に着きそうなほどの長い髪と、長く鋭い爪をもつレリエートの魔女、リーレンであった。
リーレンは長い髪で体を被い、竜巻の魔法に耐えていた。髪はシェルターのようにリーレンを包み込み、髪の先と爪を地面に深々と突き刺し、竜巻が消えるのを待った。竜巻が止み、辺りを見回すと、荒れ果てた森の残骸が残っていた。
リーレンは驚愕し、なぜ自分たちの居場所がばれたのか苦悩したが、本人に直接聞けばいいかと、考えをまとめ、歩きだした。
竜巻の発生位置からも、この先の開けた場所に術者がいるはずだと見切り、リーレンは歩いた。その場所に着くと、まず敵の数を確認した。
(思ったより多い……ん? 分身か? あの数を操るとは並大抵ではないな。私を撃退してくれたクズかもしれんな。しかし、やたらとチビが多いな。レンツの力というのも落ちたものだ)
リーレンはほくそ笑んだが、はたと思いとどまり思考を加速させる。
(待てよ………? こいつらも若返りの秘術を使用した成人魔女なのかもしれん。となると油断は禁物か……ここは安全にいくか)
フィーナ達は各々臨戦態勢に移った。
「私はレリエートの魔女、円を囲いし者の一人、リーレン」
リーレンがバサバサと髪を靡かせ名乗る。
「貴様らゴミムシを殺しに来た」
リーレンがニヤリと笑うと、長い髪をバサリと切り、頭上に投げた。リーレンは風魔法を唱え、髪をフィーナ達にぶつけてきた。
「!?」
サナとスージーが土壁を作り出す。咄嗟の事だったが、予めスージーが詠唱していたおかげで強度を出すことができた。しかし、全員の前に作り出すことが出来ず、デメトリアの分身が一体攻撃を受けてしまった。
フィーナは自分の目を疑った。リーレンの髪が針のようになり、土分身に無数に突き刺さっていたのだ。長い髪に突き刺された分身は音も無く崩れ落ちた。
土壁を解除すると、長く細い針とかしたリーレンの髪がバラバラと落ちた。
「デイジー、姉さん、援護おねがい」
「ちょ! フィーナ!」
フィーナはイーナが呼び止めるのも聞かずに走り、崩れた土分身の欠片に突き刺さっているリーレンの髪を拾い上げた。
(硬い……! まるで甲虫の脚ね……。)
フィーナはイーナ達のもとに戻り、観察を続ける。水をかけたり、電気を通したり、火で炙ったりと、色々と繰り返し、フィーナはある結論に行き着こうとしていた。
「フィーナ! 何やってんの!?」
イーナが怒るのも無理はない、一見フィーナは遊んでいるようにしか見えないのだ。
「イーナ、黙って。フィーナは何かに気づいたんだよ」
感の鋭いデイジーがイーナを制止する。フィーナは声が届いてないかのように、検証を続けている。
その間にも戦闘は継続していた。サナが魔法矢を放つが、すでに元通りの長さまで伸びたリーレンの髪がサナの魔法矢を弾く。リーレンも先程の攻撃は使わず、通常の魔法で攻撃していた。まるで何かを探るように。
「よし、大体わかった!」
フィーナが声を上げて立ち上がり、使い魔を出した。
「ご主人、ミミは戦闘出きないニャよ?」
ミミが不安そうに呟く。前方の激しい魔法の攻防に怯えているようだ。
「大丈夫だよ。ミミにはデメトリアさんを見分けて欲しいの」
「それならお安い御用ニャ」
ミミが目を光らせ、土分身に紛れるデメトリアを探す。ミミは特別目がいい。ミミと散歩していた時、ミミが隠れた薬草や山菜などをたくさん見つけて驚いたものだ。ミミには『見過ごす』という事は無く、フィーナこの能力を重宝していた。
後でイーナに聞くと、使い魔というのは大抵何か一つは主人の役に立つ能力を持っているという。人によって千差万別なので、まったく必要でなさそうでも本人にとっては重要な能力であることも多いらしい。
「見つけたニャ。右から二番目ニャ」
「ありがと、ミミ! 帰ったらササミたっぷりあげるね!」
「やったニャ! ご主人! 死なないでくれニャ!」
ミミを影に戻すと、イーナとデイジーに着いてくるように言って、デメトリアの元へ走った。二人は困惑しながらも頷いて、フィーナの後を追った。