33『準備完了』
「おい、情報は入ったか?」
「はい、メルクオールに放った密偵によると、レンツは魔女達の底力を上げているようです。なんでも、見習い魔女が一人でラ・スパーダを討伐したとか」
「なんだと!?」
レンツの森の外れ、鬱蒼と生い茂る森に隠れるように陣を張る魔女達がいた。リーレンとその斥候達である。レリエートを出たリーレンはこの地に三ヶ月かけて陣を張った。途中レンツの魔女が森での活動を活発化させると情報が入った時は肝を冷やしたが、なんとか見つかることなく陣を築き上げたことに、リーレンは安堵していた。
しかし、入ってくる情報は有益ではあるものの、機を決めるには些か弱いものばかりだった。
リーレンは焦れていた。失態を犯したリーレンには後がない。それが三ヶ月も録に行動できぬまま過ぎてしまったからだ。
そして今回入ってきた情報は焦れたリーレンの心持ちをさらに悪化させた。
「見習い魔女でラ・スパーダを討伐するなどありえん! これ以上燻っていては機を逃してしまう………! だが、圧倒的に情報が足りん。このまま襲撃しても返り討ちに合うのが見えている。どうすれば……!」
リーレンは歯噛みして、顔を歪ませた。斥候の魔女の一人がリーレンに進言する。
「アレクサンドラ様に助言を頂いては………?」
リーレンは斥候の頬をかすめる様にナイフ状の爪を走らせた。斥候にはその速さに見動きすら出来なかった。斥候の頬を血がつたう。
「もう一度言ってみろ。次は首を飛ばす」
リーレンは低い声で斥候を脅した。斥候はごくりと喉を鳴らし、「出過ぎた発言でした」と謝罪した。リーレンはギラギラとした目で斥候を睨んだ。
(アレクサンドラに助言だと……!? そんなこと出来る訳がない! アレクサンドラに私一人でやると言ったのだ! 助言を頂くなど、恥さらしもいいとこだ! 恐らくアレクサンドラもある程度は情報を得ているはずだ…………たが、今一番情報を得ているのは私のはず。レンツ襲撃に成功し、若返りの秘術を得たら、真っ先に私に使い、レリエートの頂点に立ってやる)
リーレンは口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
その頃レンツでは、デメトリアがフィーナに相談していた。この三ヶ月でデメトリアがフィーナに相談を持ちかけたのは数回に及んだが、ここ一ヶ月はデメトリアからの相談はなかった。
「今回の相談はな、言わば報告のようなものだ。デイジーがラ・スパーダを討伐したことが、レリエートの判断をかなり鈍らせたようでな。良くも悪くも膠着状態に陥っている」
「まあ、そうでしょうね」
「それでな。そろそろ罠を張ろうと思うのだ。これ以上長引かせると、流石に敵も不審に思うだろう。こちらは殆ど準備も終わっとるし、いい頃合いだと思うのだ」
フィーナもそろそろ動くべきだと考えていた。デイジーの怪我も、度重なる治癒魔法でほぼ完治したし、デイジーが力を存分に発揮できるように、体を壊さないようにする品も作成できた。魔道具分野の魔女達はその品を作るのに四苦八苦して、完成した時には半ばゾンビの様な表情になっていた。キャスリーンは嬉々として動いていたが、流石に全員がキャスリーンのように変人という訳でもないのだ。
「私達もほとんど準備は終わっています。では作戦の最終段階ですね」
「そうだな。場所はレンツの森にある演習場にしようと思う。あそこなら広いし、魔物に邪魔される心配もない」
「私もそれでいいと思います」
「後は誰を連れて行くかだが…………」
デメトリアがちらりとフィーナを見る。フィーナは意味深げに肩を竦めた。それを見てデメトリアが溜息をつく。
「本来なら見習い魔女を出すわけにはいかないのだが、実績があるからな……サナやレーナも大丈夫だと言っていたが―――」
デメトリアはそこまで言うと、フィーナの目を真剣に見つめた。
「今回の相手は魔女だ。魔物とは違って、戦術も持っているし、言葉も話す。敵であろうとも、同じ人間だ。フィーナよ、お前は殺れるのか?」
フィーナはデメトリアの言葉の意味を理解した。
『お前に人間を殺せるのか』
正直、フィーナには解らなかった。殺らなければ殺られる。言葉で言うのは簡単だが、いざその時になった時、フィーナは情に流されず、敵を殺すことが出来るのか。
フィーナの脳裏にデイジーがトータスモールの爪を受ける直前の映像がフラッシュバックする。その相手が人間であったなら……。
フィーナは拳をぎゅっと握り、頷いた。
デメトリアはフッと微笑むと、フィーナの手を握った。
「無理をするな。お前達が無理をして、心に傷をつけるのが一番心配だ。その時が来たら、ちゃんと成人魔女に頼るのだ」
デメトリアの手は暖かく、フィーナの胸の内のぐるぐると渦巻く何かを解きほぐしてくれた。
「作戦に参加するのは、私、スージー、サナ、そしてお前達だ。レーナには村の防御についてもらう。これでいいか?」
フィーナはゆっくりと頷いた。
「お前達は基本的に後方支援だ。怪我の治療や指示を飛ばしてくれ」
「わかりました」
フィーナが強く応えると、デメトリアはよし、と一言呟いた。
次の日、フィーナはデイジーの家に行った。デイジーに最後の治癒魔法をかけ、完璧に怪我が治ると、フィーナは「快気祝いだよ」と例の品を渡した。
デイジーはお菓子かな、等と呟いていたが、中から出てきたのはグローブとすね当てだった。
デイジーは頭にハテナを浮かべていたが、フィーナが説明すると、にこにこと破顔した。
デイジーのグローブとすね当ては使用者が魔力を流すことで、使用者への負担を限りなく減らすことが出来る優れものだ。これを使えば、攻撃する度に骨を砕くことも無くなるだろう。激しい筋肉痛は残るだろうが。
デイジーはグローブとすね当てをつけ、軽くジャンプした。
「ちょっと試してもいい?」
デイジーが上目遣いで頼み込む。もちろんフィーナらオーケーした。デイジーが可愛かったからではなく、しっかりとテストしておいて欲しかったからだ。
フィーナは硬めの土人形を作り、デイジーに攻撃してみるよう言った。デイジーは浅く息を吐くと、土煙を上げ、土人形に迫った。フィーナには見えない速度で拳が繰り出される。
ドゴォォォオ!
凄まじい衝撃と破壊音にフィーナは目を丸くした。デイジーは満足そうにグローブを見つめ、フィーナにブンブンと手を振り、無事を示した。