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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
魔女と襲撃者編
32/221

32『大浴槽』

 フィーナ達がレンツ・ウォールの洞窟から帰還して三日ほど経った。フィーナとイーナは魔術ギルドの一階にある談話スペースに来ていた。ある人物を呼び出し、お願いをするためである。イーナがその人物にお願いをすると聞いて、苦い顔をしていたが、フィーナから話をすると言うと、今度は憐れみの目を向けた。


「お待たせしましたわ! フィーナさん! イーナさん!」


 その人物とは、ブロンドの金髪を縦ロールにして、キラキラとした茶色い瞳は狂信的な鋭さを持っていた。そう、キャスリーンである。フィーナが洞窟でキャスリーンの命を救ってから、キャスリーンは人が変わったようにフィーナ達に接し方への変わった。

 キャスリーンは取り巻き達を含め、フィーナ達に会うたびに盲信する信者のような瞳を向け、声をかけると「ああ!」と言って、恍惚な表情を浮かべてよろけるのだ。フィーナはそんなキャスリーンを気味悪がっていたが、村を歩くと必ずと行っていいほど出会すので、最近は諦めの境地に達している。


 そんなキャスリーンにフィーナが何の用事かと言うと、数時間ほど前に遡ることになる。



『うーん……浴槽にするには技術も道具もないな〜』


 フィーナは悩んでいた。

 ジャイアントフレイムトータスの甲羅を風呂の浴槽にしようと加工し始めたのだが、明らかにフィーナの力や持っている道具では加工出来なかった。レーナも出来ないようで、フィーナは途方に暮れていた。

 ものは試しとリリィに相談してみたところ、そういった加工は魔道具分野の十八番(オハコ)だという。


 しかしフィーナには魔道具分野への伝手はなかった。リリィに仲介を頼もうとすると、断固拒否された。どうやらリリィは魔道具分野の分野長を苦手としているらしく、極力関わり合いを持たないようにしているらしい。


『んむ〜。ほんっと面倒な人なのよ〜。悪いけど手伝えない〜』


 リリィにそこまで言わせるとは、魔道具分野の分野長はかなりの性格のようだ。


『そういえば〜、その分野長の娘さんも洞窟に行っていたらしいよ〜』


『え……』


 フィーナはまさか、という考えを振り払い、リリィに聞いてみた。


『リリィ分野長、その娘さんのお名前は……?』


 フィーナが恐る恐る聞いてみる。頭の中では気のせいであってくれと、考えていたが――――――


『キャスリーン、だったかな〜』


 そのまさかだった。



 フィーナは頭を抱えたが、風呂のため、ゆっきりとお湯に浸かり、「極楽、極楽」と言うため、と決心し、キャスリーンに使い魔のミミを遣って、話がしたいと伝えた。ミミはすぐに帰ってきて、疲れた顔しながら、すぐに来ると伝えてきた。フィーナは今来られても心の準備が出来ていなかったので、時間と場所を指定して、それを伝えるようにミミに言ったら、何故かミミは青ざめていた。

 ミミが重い足取りで向かって行ったので、フィーナは後で労いのササミ肉をたっぷり恵んでやろうと心に決めた。


 そんな感じで、フィーナはキャスリーンとお話しの席を設けたのだ。




「フィーナさん! わたくしとお話してくれますの!? 光栄ですわ! 今日はなんて良い日なんでしょう!」


 (くっ……! 引いちゃだめだ! 気色悪がっちゃだめだ! 私は負けるわけにはいかないんだーー!)


「キャスリーンさん」


「キャシー、ですわ」 


「くっ………キャシーさん、私は今日キャシーさんにお願いがあって来ました」


 キャスリーンはお願いと聞いて顔を輝かせた。


「わたくしに! お願い!? フィーナさんが!? 嬉しいですわぁあああ!」


 キャスリーンは叫び、あまりの興奮に鼻血を垂らした。


「あら、いけませんわ。わたくしったらとんだ粗相を………」


 キャスリーンが垂れた鼻血をハンカチで拭う。鼻血を拭いたことで少し冷静になったようだが、息はハァハァと上気していた。


「キャシーさんに魔物素材の加工を手伝って頂きたいんです」


 フィーナが早速本題に入る。すぐに終わらせたかったのだ。


「もちろん、構いませんわ! 命の恩人の頼みですもの! お断りすることなんてありませんわ!」


「まだ何も詳しく話してないんですが―――」


「必要ありませんわ! フィーナさんがわたくしを頼ってくださる………それだけで充分ですわ!」


 キャスリーンの鼻からまた鼻血が垂れる。フィーナとイーナは無表情でキャスリーンが鼻血を拭くのを待っていた。



「キャシーさんにお願いしたいのは、ジャイアントフレイムトータスの甲羅で作る、浴槽の加工です」


 キャスリーンはそれを聞くと、目を見開き、呼吸を荒げた。


「よ、よ、浴……槽…………? ま、まさかわたくしと………?」

 

 そこまで言って、キャスリーンは鼻血を噴出させ気絶した。イーナは悲鳴をあげて、腰を抜かしていた。フィーナはキャスリーンが何を言おうとしていたのかに気づき、ぶるりと身震いした。


 キャスリーンは一時間ほどで目を覚まし、魔道具分野総力をあげて取り組むと言っていた。フィーナは半ば諦観し、とりあえず報酬は弾むと言ったら、キャスリーンはまた鼻血を噴出し、気絶した。



 キャスリーン達に依頼して、一週間が経った頃、キャスリーンから完成したと使い魔を通して連絡が来た。


 魔道具分野がある二階に見に行ってみると、そこには豪華な大浴槽が置かれていた。一度に数人が入ることの出来そうな浴槽は、ジャイアントフレイムトータスの甲羅と耐熱石を組み合わせており、魔法陣でジャクジーのような機能もついていた。

 側面には【フィーナさんへ、愛を込めて】と彫られており、それを見たフィーナは思わず第一級複合魔法を発動してしまいそうになった。


「どうでしょう? フィーナさん? わたくし達は満足のいくものが出来たと思いますの」


 確かに寒気のするような彫りは別として、物自体はかなりいい。耐熱石は研磨され、肌を傷つけるような尖った部位は無く、甲羅の部分もよく磨かれ、飴色の光沢を放っていた。前世の感覚でいうなら高級旅館の露天風呂といった感じだ。しかし――――――――


「ねえ、これちょっと大きすぎない?」


 イーナが申し訳なさそうにを口を挟む。

 素晴らしい浴槽なのだが、大きすぎて、フィーナの家に入らない。本当に露天風呂になってしまう。それにイーナは言わないが、大きすぎて掃除が大変である。水も大量に必要だろうし、個人で持つには相応しくないだろう。


「も、申し訳ありませんわーーー! フィーナさんやイーナさんのご満足頂けない物を作ってしまうなんて………! ましてや、そんな物を自分達は満足したなどと言うなんて…………わたくし最低ですわーーー!」


 キャスリーンが地に手をつけ号泣している。今にも舌を噛んで自害します、と言い出しそうなほど泣き崩れていたので、フィーナはある提案を出した。


「キャシーさん落ち着いて! 私にいい考えがあるから!」






 ―――――――――「ふぅ〜 極楽、極楽」


 フィーナは大浴槽にイーナとレーナで浸かっていた。残念ながらデイジーはケガの治療のためお休みだ。しばらくして、サナとリリィが入ってくる。さらにデメトリアとスージーまで入ってきた。


 今日は【レンツの湯】のオープン前日である。

 キャスリーンが号泣した後、フィーナは大浴槽を村の共用浴場として提供したのである。場所は水浴び場があったところで、銀貨二枚で利用できる。

 少々割高に感じるが、百人ちょっとの村で経営するためには仕方ないのだとか。

 フィーナの提案で、魔道具分野とデメトリア筆頭のもと、昼夜を問わず魔法突貫工事が行われ、あっという間に公共銭湯が建築された。


 銭湯の管理は魔道具分野に任され、収益は運営費と魔道具分野に分配される。フィーナは大浴槽の提供の功績として、魔道具分野への報酬を免除、さらには追加で金貨五百枚が魔術ギルドから支払われた。


 今日はフィーナが日頃お世話になっている人を呼んでの銭湯体験日だ。アーニーおばさんにも来て欲しかったが、デイジーの面倒を見るとの事で見送られた。


「気持ちいいね〜」


「まるで王国貴族のようだな〜」


 イーナとデメトリアが満足そうに呟く。二人が並ぶと幼馴染か友達に見える。


「この甲羅の部分、あの時倒したラ・スパーダの甲羅じゃないか?」


 サナが甲羅の部分をツルツルと撫でる。


「そうですよ。ジャイアントフレイムトータスの甲羅は保温性や耐水性に優れていて、カビも生えにくいですし、耐久性も高い、浴槽に最適な素材なんです」


 フィーナが図書室で得た知識を我が物顔で説明する。


「こう、成果として肌で感じると、苦労した介があったって気になるね」


「ラ・スパーダをデイジーが討伐するなんて……魔法分野にスカウトしたいくらいです」


「あげませんよ〜。ウチの三人娘は優秀なんですから〜」


 イーナの嬉しそうな表情の横で、スージーとリリィが火花を散らしている。

 フィーナは念願であった、髪を洗った。イーナとレーナの共同研究である、ハーブ入り石鹸やハーブ入りシャンプー、リンスで身も心もさっぱりとしたフィーナは清々しい気持ちで揚がった。

 洗いたての服を着て、休憩室に入る。フィーナの後に続くように、イーナ達も揚がってきた。休憩室は銭湯らしく、扇風機や冷蔵庫が置かれている。どちらも魔道具である。冷蔵庫には残念ながらコーヒー牛乳は無かったが、果汁を絞ったジュースが銅貨三枚で買えた。


 フィーナは冷えた瓶ジュースをグビグビと飲む。冷たい果汁が胃の中を伝い、ほてった身体を冷ます。

 冷蔵庫の横には販売スペースがあり、小さめのタオル等の他に、イーナとレーナが作った石鹸やシャンプーが置かれている。

 最近はイーナとレーナが作った物がこの村の流行となる場合が多いので、この石鹸やシャンプーもすぐに売り切れるだろう。早速スージーとデメトリアが買っていたのを横目で見ながら、フィーナはこんな楽しい日々がずっと続けばいいと考えていた。


 フィーナの希望とは裏腹に、今にもレリエートの魔の手がレンツへ襲いかかろうとしていた。


 

受け付けのキャシーとキャスリーンが混同するので、受け付けのキャシーをステラに変更しました。

申し訳ありません。

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