27『洞窟内にて 2』
「サナさん、右の二体をお願いします! デイジーは一旦退いて! フィーナ!『どろどろ魔法』をお願い!」
「わかった!」
「ほーい」
「はーい」
イーナの指示に三人が即座に動く。相手にしているのはフレイムリザードという二足歩行のオオトカゲで、赤黒い体表からは湯気がたっている。眼前にいるフレイムリザードは合計六体。フィーナ達に近いものは体躯が小さく、離れるにつれて大きくなっている。一番奥でこちらを睨みつけるフレイムリザードはこの群れのボスのようで、通常だと立っていられないのか、その巨体を大きな尻尾で支えている。
(やっぱりサナさんは凄いな〜。依頼して良かったよ)
フィーナはサナの順応性の高さに感心した。フィーナ達の戦闘は狩人であるサナには向かないだろうと思っていたが、戸惑いつつも、すぐに馴染んだようだった。おかげでフィーナ達も戦闘の経験を効率よく積んでいけた。
当のサナは足手まといにならないように必死だったが、フィーナは気づいていないようだ。
フレイムリザードの弱点は顎の下である。サナもその事をさっきレーナの研究資料から学んでいたので、どうにか顎の下を魔法矢で狙おうとしていたが、フレイムリザードは顎の下を隠すように頭を下げ、前傾姿勢となっていたため、上手く当てられないようだった。
「サナさん、目を狙って下さい!」
フィーナが土魔法と水魔法を使い、泥沼を作り出す。フレイムリザードは足を取られ、動けない。サナが即座に目を狙い、魔法矢を放った。一体のフレイムリザードの右目に魔法矢が突き刺さった。さすがの命中率である。フィーナはその腕前に心から尊敬した。
フレイムリザードは苦痛から頭を上げた。すかさずサナが矢を顎下に命中させる。フレイムリザードは低く唸った後、泥の上に倒れた。
「流石です! 目を狙うのは正解でしたね!」
「ありがとう! そっちの四匹は大丈夫かい? 泥沼で足止めしたとしても火炎球を飛ばしてくるよ!」
「大丈夫です! 火炎球も――――――こうやって防ぎますから」
フィーナはフレイムリザードが吐き出した火炎球を泥沼の泥を壁にして防いだ。ジュワアアアと激しい蒸発音を発し、蒸し暑い水蒸気が辺りの湿度を上げる。
「デイジー! 目潰し用意!」
「ほーい」
イーナの指示にデイジーが返事をして、攻撃用の薬箱から萎んだ風船状の果実を取り出す。デイジーはその果実に火をつけると、風魔法でフレイムリザードの頭上に持っていった。果実が熱によってどんどん膨らんでいき、パンッと弾けた。
中から赤い粉末が飛び散り、フレイムリザードに降りかかった。
「グォオオオ!!」
フレイムリザードが目に入った粉を取り払おうと藻掻く。もちろんフィーナ達は風魔法で自分達に粉が降りかからないようにしている。この粉は傷口に塩を塗るほど滲みると評判の毒物で、人体にはさほど影響はないが、大量に摂取すると、舌がただれるほどの辛味成分が入っている。そんな物が目の粘膜や敏感なところに触れれば、大変なことになるのは自明の理だろう。
普通は少量を殺虫などに使うが、戦闘に使ったのはフィーナが初めてであった。
「フィーナ〜! 氷柱作っといたよー」
「ありがと、デイジー」
フィーナはデイジーが水魔法と氷魔法で作った鋭い、フィーナの腕の太さ程もある四本の氷柱を、泥を動かして操作した。苦しみ藻掻くフレイムリザードの顎下に向けて泥を動かす。
フレイムリザードの体表に氷柱が触れる瞬間、ジュッと音がしたが、すでにフレイムリザードは動きを止めていた。
フレイムリザードの顎下を氷柱に貫かれ、だらんと四肢を垂らしている。どうやら即死のようだ。
「はあ、まさか四匹同時に仕留めるとはね……恐れ入ったよ」
「サナさんは一人で二体も倒してくれたじゃないですか」
「フィーナ君の助言があったからこそさ。フレイムリザードには使える素材は無いのかい?」
フィーナとサナがお互いを褒め称える。サナは気恥ずかしくなったのか、話を逸らした。
「体表の熱が取れるまで、捌けませんね……フレイムリザードの胃液が欲しいんですが、非常に可燃性が高くて、体表の熱で火がついてしまうんです」
フィーナがフレイムリザードの火炎球は胃液を吐き出していることをサナに説明し、その危険性を説明した。
「よくわからないけど、冷ませばいいのかい? 泥沼に漬けておいたらどうかな? 帰りに捌いて持っていこう」
「そうですね。そうします」
フィーナは泥沼を動かし、フレイムリザードの体躯を漬けた。遠目からは泥の塊のように見え、赤い粉末が混じっているので、魔物も食べに来ないだろう。
その後、フィーナ達は湧き水が湧く穴ぐらを見つけ、そこで休憩することにした。湧き水は水質調査用の薬草を使って調べたが、どうやら飲むこともできるようだ。
イーナとデイジーは魔物避けの臭い袋を用意して、穴ぐらの入り口に吊した。時おり風魔法で臭いを流してやれば魔物は近寄ってこないだろう。
「君達は本当に何でも出来るなあ」
サナが温かいハーブティーを啜りながらポツリと呟いた。手にはクッキーが握られている。
「洞窟内で安全にお茶を楽しめるなんてね」
サナがクッキーをかじりながら言葉を続ける。洞窟内ですでに何度か戦闘していたので、サナはまだしもフィーナ達はクタクタだった。足にもったりとした疲労感を感じる。
「イーナ君は指揮官に向いているよね。判断が的確だし、指示も早い」
「あ、ありがとうございます!」
「イーナ君に魔法矢を教えたいんだけど、いいかな?」
「ぜひ教えて下さい!」
フィーナもサナの提案に賛成だった。イーナは三人の中で一番魔力量が少なかった。なので極力魔力は使わず、指揮官として戦闘に参加させた。結果、これが予想以上にハマった。イーナはフィーナやデイジーのことをよくわかっていたし、魔物の特性や弱点を多く暗記していた。それにサナが加わっても連携に狂いはなかった。
イーナが魔法矢を習得出来れば、その分戦術の幅が広がる。イーナもそのことをわかっているのだろう。教わっている目も真剣そのものだ。
イーナは魔法矢を学んだが、すぐには使えなかった。
「私は習得するのに一年かかったけど、イーナ君なら三ヶ月もせずに習得できるだろう」
サナは苦笑いしながら言った。それほど見込みがあったということだと、フィーナは思った。
フィーナ達がそろそろ出発しようかと思っていたところで、複数人の足音が響いてきた。足音はこちらに向かって大きくなっていく。
「フィーナ、デイジー」
イーナが二人を呼ぶ。フィーナとデイジーはこくりと頷くと土魔法で穴ぐらを塞いだ。覗き穴を四人分開け、様子を見る。
「誰かいないの!? 魔物避けの臭いを辿って来ました! 誰かいるなら返事をして下さい!」
フィーナは声を上げる人物を見た。どこかで見覚えのある人物が誰かを背負っている。背負っている人物も背負われてる人物も血だらけだ。
その人物の後ろから数人が姿を見せる。みな息も絶え絶えで、疲労困憊といった感じだ。
「あれは昨日遭った魔道具分野の見習い魔女達じゃないか……背負っているのは私の知り合いの護衛なんだ。助けてくれないか?」
サナの提案に三人は頷いて、土魔法を解いた。フィーナは穴ぐらに入ってくる護衛の背に背負われているのがキャスリーンだと気づいた。
「恩に着るよサナ」
護衛がキャスリーンを地面に寝かせ、サナに頭を下げる。
「感謝するならこの子達に言って。魔物避けの臭い袋もこの子達が用意したんだ。それより、そっちの子は大丈夫なのかい?」
「血は止めたんだが、応急処置にしかなっていない。 早くちゃんとした手当てをしないと………危ない」
護衛は最後の言葉を言い淀んだが、苦しそうに言った。
「ラ・スパーダに遭遇してしまって、逃げる最中に攻撃を受けてしまった。私の傷は大したことはないが、深手を負ったキャスリーンを背負って洞窟から抜けることは出来ない」
ラ・スパーダとは魔物同士の交配によって産まれる魔物のことをいう。
ラ・スパーダ同士の交配で産まれた魔物をジ・スパーダと言い、ジ・スパーダ同士で産まれた魔物はゴル・スパーダと言う。ラ・スパーダは通常の魔物より獰猛で、強い。
村周辺で確認されれば成人魔女数人で討伐するような相手だ。ゴル・スパーダにもなると村の魔女総出で討伐に乗り出すような魔物である。それでも討伐できるかというと、可能性は低いらしい。親となる魔物にもよるが、大抵は親の魔物のいいとこ取りをした厄介な魔物となることが多い。
レンツ・ウォールにいる魔物はそれほど危険度が高いわけではないが、ラ・スパーダになると、危険度は跳ね上がる。サナも厳しい表情になっている。
「ラ・スパーダか…………どうする? イーナ」
サナがイーナに意見を求める。護衛やキャスリーンの取り巻き達が驚きの顔を見せる。サナはイーナが指揮官なので判断を仰いだに過ぎないが、護衛や取り巻き達には少女に問題を押し付けたように見えたようだ。
「おい! サナ!」
護衛が痛む傷口を押さえながらサナに詰め寄ろうとしたが、サナは手を上げて護衛を遮った。
「まずはキャスリーンさんとその人を治療するのが先決です。道具はあるので大丈夫でしょう。その後魔物避けの臭い袋を持って移動し、洞窟を出ます。隊列は先頭にサナさん。次にフィーナ、キャスリーンさんのお友達と並んで、その後ろに護衛さんとキャスリーンさん、デイジーと私が最後尾です」
「わかった」
「ほーい」
「はーい」
イーナの言葉をを聞くと、三人はすぐに動き出した。デイジーは水を汲み、フィーナは薬箱から薬瓶を取り出した。イーナはデイジーの汲んだ水を沸かし、サナは清潔なタオルを取り出していた。
フィーナ達はこの一ヶ月間魔法の練習だけでなく、レーナの監督のもと、治療行為も学んでいたのである。人の命が関わるので、指導はかなり厳しかったが、おかげでフィーナ達はこの状況に対応できた。サナもイーナに言われたことを文句も言わずにこなしている。
護衛は目の前の光景に開いた口が塞がらなかった。少女達がテキパキと準備する姿はまるで野戦病院のようだった。
「呼吸は荒くて、意識はないね。患部が腫れてる。 姉さん、消炎薬を貼り布で頂戴。私は治癒魔法をかけてみる」
「わかった」
フィーナはレーナ直伝の治癒魔法にフィーナ特有の魔法理論を組み込んで最適化した治癒魔法を使えた。細胞や人体の構成の知識があるフィーナにしかこの治癒魔法は使えなかったが、効果は非常に高く、レーナは「アルテミシアの治癒魔法よ!」と興奮したものだ。本当はアルテミシアの魔法などではなく、前世のヒカリとしての知識だったのだが。
傷口が治癒魔法によって閉じていく。キャスリーンは失血のショックで意識を失ったままだ。傷は閉じたが腫れは引かない。治癒魔法では傷口に入った細菌を殺すことは出来ないようだ。
フィーナはイーナから消炎薬を受け取り、患部に貼り、包帯で巻いていく。細菌を閉じ込めたまま患部を癒やすのはまずいが、血が流れすぎている。まずは止血し、治癒魔法を継続してかけることで炎症による腫れを強引に引かせる。
「デイジー、鎮痛薬を飲ませてあげて、ナウル液糖も」
「ほーい」
デイジーが水魔法で薬とエネルギーとなる液糖を飲ませる。この方法はフィーナが考案したのだが、慣れないものがやると、気管支に入れそうになり、大事になるのだ。
「さてと、護衛さん、お名前は?」
フィーナが護衛の患部を診ながら質問する。
「グ、グレンダだ」
グレンダが緊張しながら答える。グレンダの傷は浅いが、腫れていた。服の血はキャスリーンの返り血によるものだろう。
「グレンダさん、ラ・スパーダの姿や攻撃方法を覚えている限りでいいので教えて下さい」
ラ・スパーダは基本的に親となる魔物の特性を引き継ぐ。姿が分かればその特性も、どの魔物が親になったかで、ある程度予想できるのだ。
「私達を襲ったラ・スパーダは巨大な甲羅を持った二本脚で立つ奴だった。手には鋭い爪がついていてな………転がるようにして接近し、爪で攻撃するんだ。あのラ・スパーダが近づくと、妙に周囲が暑くなったのを覚えて――――――――――――――ッッ!!!」
グレンダが言い終わる前に、フィーナは患部に薬を塗った。この薬はよく効くが滲みるのだ。グレンダは涙目になりながらもその苦痛に耐えた。
「だいたい分かりました。ありがとうございますグレンダさん。傷ももう心配ありません。激しく動かなければ傷も開かないでしょう」
「はあはあ………ぐ………感謝する……」
「リラックスできるお茶を姉さんが淹れてくれますので、少し休憩しましょう」
フィーナ達は治療器具や薬を片付けると、イーナの淹れてくれたお茶を配った。
「そうか……君達が噂の『レンツのアルテミシアとその仲間達』か」
「大層な名前ですね」
「いや、これほどの治癒魔法とその知才、そして行動力………まさに救世のアルテミシアのようだよ」
(アルテミシアって何者なの………? 策略家で治癒魔法も使えて、頭も良かったってこと? 私は前世の記憶があるし、母さんの研究資料があって、姉さんやデイジーがいてくれたから、ここまでやってこれたけどな)
「皆の支えがあったからこそだと思います」
フィーナがそう答えると護衛の魔女は目を潤ませて感嘆し、フィーナの手を握った。
「おお! なんて殊勝なんだ! レンツのアルテミシアはその心根までレンツの森の如く深いのか!」
(何!? この人!? 面倒くさい!)
「そのくらいにしろグレンダ。フィーナ君が困っているだろう」
感激の涙を流すグレンダをサナが諭す。グレンダは名残惜しそうにフィーナの手を放した。フィーナはホッと胸を撫で下ろすと、サナに感謝の気持ちを目で送った。サナは気にするなとウインクしてくれて、その仕草にフィーナは思わず黄色い悲鳴をあげそうになった。