25『面倒な娘』
一行はレンツ・ウォールへと向かって進んだ。
レンツ・ウォールへは丸一日かかるとサナに聞いたので、必要な物を詰めた大きめなバックを持ってきた。
リリィの依頼を達成したお金で、こういったバック等を揃えることが出来た。サナが言うには、これほど整った装備をしている見習い魔女はフィーナ達だけらしい。
イーナが治療用の薬と料理道具、ティーセットなどを持ち、デイジーが攻撃用の薬品と素材の収納箱を持ち、フィーナは三人のタオルや毛布、下着などといった、物を待っていた。これもフィーナが圧縮袋を参考に、革袋の中を風魔法で減圧して、体積を減らすことが出来たおかげである。革袋に空気を入らせないようにするのには苦労したが、糊のような粘液を持つ植物をイーナが見つけて来たため、このハードルもクリアした。
「今日はレンツ・ウォール前にある山小屋で一泊しよう。明日洞窟内で採集して、もう一度山小屋で一泊。その次の日の朝に戻ろう」
初めての村外での宿泊である。食材は森に詳しいサナがたくさん採ってきてくれるし、料理上手のイーナもいる。山小屋には井戸もあって、水の心配もなかった。
夕暮れ時に山小屋に辿り着くと、数人の魔女がいた。レンツの魔道具分野の見習い魔女達らしい。サナが見習い魔女達の護衛役に挨拶する。
人気スポットなだけあって、こうして他分野の魔女達と遭遇することもあるらしい。
「さっきむこうの護衛役と話してきたけど、結構面倒な娘たちらしい。君達も過剰な接触は避けるようにね」
サナが小声でフィーナ達に耳打ちする。フィーナはちらりとその魔女達を見た。紺のローブと帽子をしているので見習い魔女であることは確かだが、フィーナより少し背が高いので年上だとわかる。
面倒な娘たちと言われるその内の一人と目があってしまい、フィーナは慌てて目を逸らした。
山小屋は大きく、部屋が二つあるため、寝食を共にすることにはならないそうだ。フィーナ達は安心したような息を洩らした。
初めての野外活動に人間関係のあれこれを持ち込みたくない。幸い、顔を合わせることは少なそうなので安心といったところか。
山小屋に入り、自分たちの部屋を掃除する。部屋は最低限の物しか置いていなかったが、フィーナ達は自分達で持ってきていたので問題はなかった。サナは圧縮袋に感嘆して、糊の粘液をねだってきた。少しわけてあげると、早速自分の荷物を圧縮し始めた。山小屋といっても、夜は冷えるので、厚めの毛布を持ってきたが、大きくて邪魔になっていたらしい。
厚めの毛布を嬉々としてぺちゃんこにするサナは端正な顔立ちを綻ばせた。
「これはすごい便利だよ! この糊と革袋があれば、獲物も倍以上持って帰れるよ! 今日はご馳走になる! 覚悟していてくれ!」
サナは喜び勇んで狩りに向かった。
よほど嬉しいのか、気合も装備も十分に備わっていて、フィーナはサナの豹変ぶりに苦笑いを浮かべた。
フィーナ達は食事の用意をしつつ、サナを待った。
サナを待つ間、まったりとしたティータイムを、と思っていた一同だったが、そこに招かれざる訪問者が現れる。
「ごめん遊ばせ。わたくしはキャスリーンと申します」
ノックもなしに部屋に入ってきたのは、サナから注意するように聞いていた、魔道具分野の見習い魔女達だ。よりによってサナがいない時に来るなんて、とフィーナは歯噛みした。
ブロンドの髪を縦巻きロールにしたコロネヘアがキャスリーンの特徴である。鼻筋はすっと通っていて、胸も服の上からでもわかる程、一つ上とは思えないくらい発達している。将来有望な体だ。全く腹立たしい。
「わたくしに挨拶もなくて? 見たところ新人の見習い魔女ですわよね? わたくしはもう一年半も先輩ですのよ? 半年後には魔道具分野も修了ですの。ここはわたくしに挨拶するのが筋ではなくて?」
フィーナ達は一瞬で面倒な娘という意味を理解した。高笑いが聞こえてきそうな物言いに、高慢で高飛車なお嬢様っぽさを感じさせる。彼女の周りにいる魔女達も彼女の取り巻きのようだ。
フィーナは異世界に来てまで、面倒な上下関係に付き合う気はなかったので、はやく終わらせるべく丁寧に挨拶した。
「これは失礼しました。私達はご覧の通り新人で、ここにも初めて来たので、気が回りませんでした。お許し下さいませ、先輩方」
フィーナの畏まった態度に満足したのか、「フン」と鼻を鳴らして、キャスリーンは取り巻きを連れて部屋を出ていった。フィーナ達は扉が閉まるったのを確認すると、揃って深く溜息をついた。
「フィーナありがとう。私あまりの事に固まっちゃってて、頭が真っ白になってたよ。サナさんの言うとおり、面倒な人だね」
イーナが驚くのも無理はない。魔女達は基本的に上下関係は存在しない。早く生まれようが遅く生まれようが、魔力量と人格、金銭や実績が物を言う実力社会だ。いきなり初対面の相手に高圧的に挨拶をしろなど、ギルドマスターであるデメトリアでさえ言わない。
そんな中で、見習い魔女の一人があんなたいそうなことを言うのだ。イーナは面食らっただろう。
デイジーは興味がないのか、何やら本を読んでいた。デイジーが読む本に興味があったが、サナが帰ってきたので確認できなかった。
「あれ? 何かあったのかい?」
サナは大量の獲物を手に、キラキラとした笑顔で尋ねてきた。フィーナはこの笑顔を曇らせるのも悪いなと思い、何でもないと答えた。
イーナの料理は疲れた体を癒やすような、素晴らしい味わいだった。使えるハーブの種類が増え、味や香りのバリエーションが増えた。レーナによるハーブの品種改良も行われ、フィーナの家では絶えずいい香りがするので、近所の魔女達は砂糖水に集まる蟻のように、吸い寄せられた。
フィーナはそんな魔女達にハーブソルトを売ると、飛ぶように売れていき、市場の役員が縋るように製法を欲してきた。フィーナは三種類のハーブソルトの製法を金貨二百枚で売った。後で仲介をしていたステラからその倍はとれたと聞いて、フィーナは自分は商人には向いてないな、と思うのであった。
「いよいよ、明日の朝から洞窟に入る」
サナが食後のハーブティーを飲みながら切り出す。フィーナ達が真剣な顔つきになる。
「目標とする素材はなんだい?」
「ジャイアントフレイムトータスです」
「大物だね。私一人じゃ厳しい相手だよ」
「え? 私達も参加しますよ?」
イーナとデイジーはさも当然のように頷いた。サナは一瞬呆けていたが、すぐに気を取り直し、危険だと反対した。
「危険なのはわかっています。ジャイアントフレイムトータスは厚い甲羅に包まれ、その甲羅は魔法や物理攻撃に強く、体表は燃えるように熱く、口からはブレスを吐くようですね。しかし動きは遅いため、数で翻弄し、頭を正確に潰すことで討伐が可能と聞いています」
「随分詳しいね……もしかしてレーナ先輩が?」
「いえ、図書室で調べました」
「そう……それでも参加させるのは反対だよ。レーナ先輩から君達を預かってるのは私なんだ。君達に何かあったら、レーナ先輩に合わせる顔がない。それに……レーナ先輩は怒ると凄く怖いんだよ」
サナはわかってくれといった表情でフィーナ達を諭した。サナの肩が少し震えている。レーナの怒った姿を想像したのだろうか。フィーナも記憶はあるので、サナの気持ちは分からないでもない。
「サナさん、私達は私達なりに、レリエートの魔女に対抗する力を研鑽しているのです。それを確かめるためには、実戦の場が必要です。これは譲れません」
「君達も戦うつもりか!? 君達は優秀だが、まだ見習い魔女だ。戦闘ができるとは思えないよ」
「私達も戦いたい訳ではありません。ただ、レリエートの魔女にとっては私達もレンツの魔女に代わりありません。何も出来ずに死ぬのは嫌なだけです」
サナは目を見開き、フィーナを見た。サナはレリエートの魔女が襲撃してくることを信頼できる伝手から情報を得ていたが、フィーナ達までそのことを知っているとは思わなかったのだ。レリエートの襲撃に罠を張ることを進言したのは見習い魔女だとサナは聞いていた。サナは目の前のフィーナがその見習い魔女であると知らなかったのだ。
「もちろん、サナさんや母さんが強いのは知っています。けれど、レリエートがどんな手段を使ってくるかはわかりません。私達も出来る事はやっていきたいのです。デメトリアさんにも相談したのですが、私達ならやれるだろうと承諾してくれました。サナさん、どうか許可してください」
サナはフィーナが噂の『レンツのアルテミシア』であると確信した。デメトリアと個人で相談出来るような人物はレンツにはそうはいない。
目の前の年端の行かない少女の決意にサナは言葉を無くし、頷いた。
その夜は近日で一番冷え込んだが、厚手の毛布と温風魔法で快適に眠りにつけた。フィーナは明日のジャイアントフレイムトータスとの対峙に心を震わせて眠りについた。