216『魔法剣を巡って』
キマイラの軍勢との戦闘が始まる前、フィーナは騎士団の集団を前に新しい武器をレクチャーしていた。
「……こんな感じで、結晶魔分に込められた魔力を使うことで、魔法を発現できるんです。魔法の威力は本職の魔女に引けを取らないものになっていると思います」
フィーナが振る剣の先からは眩いほどの光を発する炎がちらつき、大気を焼いた。
「ただ注意する点もあります。この武器は使用者の微量の魔力を契機として魔法を発現するので、いくら結晶魔分に魔力を蓄えていようと使いすぎると使用者の魔力が枯渇してしまいます。騎士団の方々は一般の人より魔力が多いようですが、連続的な使用ができるほど多くはないので、考えて使ってくださいね」
騎士の魔力は常人の三倍〜四倍、指揮官クラスになるとさらにその倍はあるということはエリーから伝わっている。
魔女と比べると微量であることには変わりないが、それでも常人の二倍以上という量は破格だ。
魔力の多寡というのは空気中の魔分との親和性が高いことを意味するわけでもあるので、騎士は人より腕力に優れたり、体が丈夫だったりする。
寿命もほんの少しだけ長いはずだが、戦いの中で命を落とすこともあるので総じるとあまり変わらなかったりする。
これらを鑑みると騎士が環境により適応した男性というのも間違いではないのかもしれない。
「……」
フィーナの思考を余所に騎士の一人が恐る恐るといった具合で剣を手に取る。
試しに剣を振ってみると、一柱の炎が上がり、騎士は「うわっ!」と情けない声を出して尻もちをついた。
騎士の醜態を笑うものはいなかったが、上がった炎の柱に感嘆めいたざわめきは生まれた。
「どうですか? 身体がだるくなったり、冷えるような感覚になりませんか?」
「い、いや大丈夫だ」
「もしそのような感覚になったときは絶対に使用しないで下さいね」
「心得た」
騎士は真剣な表情で頷き、剣を好き勝手に振り回し始めた。
剣閃に乗じて炎が迸るため、フィーナは顔に降りかかる熱を避けて距離を空けた。
見た目はファイヤーアクションのようで美しい。だがあまり調子に乗っているとあっと言う間に魔力は空っぽになってしまう。
その証拠に剣を振り回していた騎士は膝をついて肩で息をしている。言ったそばからこれだ。
魔力の欠乏というものがどういうものか理解できたはずなので、フィーナは肩をすくめるだけで怒ったりはしなかった。
常人の数倍の魔力量を持つ騎士がこれなのだから、そこらの兵士なら一振りで気絶している。
流石だと思う半面、楽しくなって振り回しているところを見ると子どもだな、とも思う。
騎士たちが用意された剣を次々と手に取っていく。
そこにゼノンとブラウンがやってきた。
背が高く、がっしりとした体躯であるゼノンと、線の細いブラウンが並ぶとまるで親子のように見えてしまう。だが、二人の表情は対照的だった。
ゼノンは見るからにワクワクしている。新しい玩具を見つけた少年のような笑顔を浮かべている。
一方ブラウンはどこか不安げな表情だ。
「うむ、なかなか興味深い武器だな」
ゼノンが言った。
魔法自体は見慣れているはずだがその試行者は騎士だ。
物珍しいのだろう。ゼノンの目は感情を現すようにキラキラと輝いている。
前方で講義を受けていた騎士たちはゼノンに対して敬礼している。
後ろの方の騎士団の半数は団長の登場に気づかず、魔法剣を振り回しては魔力を使い果たして倒れていた。
フィーナの忠告などまるで聞いていないようだ。
騎士団のようなエリート集団でも魔法に憧れはあるようで、魔力切れを起こしていてもとても満足そうである。
その憧れは騎士団の長であるゼノンにもあるようで、先程からうずうずとした感情を抑えきれないでいる。
「剣としての機能を失っているわけでもなく、魔法もこけ脅しの類ではない。魔女が行使するものとさして変わらないように思う。騎士団にとって大きな力になるだろうな」
「そうでしょうか…? 魔力というものを使い果たすとあのようになるのでは扱いづらいのでは…」
ブラウンの視線の先には魔力を使い果たして大の字に伏せる騎士がいる。隣の騎士に小突かれようが起きないところを見るに魔力切れだろう。あれでは小一時間動けないはずだ。
どうやらブラウンは実戦で使えるか危惧しているらしい。
フィーナとしては魔法剣をもしもの為のリーサルウェポンとして使って欲しいのだが、実戦で武器を変更するのはやはり問題が生じやすいらしい。
なるべく扱いやすいように剣を選んだつもりだったが、これなら片手で扱える銃のような形にした方が良かったのかもしれない、とフィーナは思った。
短銃のような形状にすれば携帯性は賄われるだろう。だが、そうするとありきたりな攻撃方法となり、騎士のイメージの力を魔法として行使することができない。
剣であれば突く、払うといった動作ができるのに対し、銃ならば撃つだけだ。意外性の欠片もないし、なにより面白くない。
面白くないものはあまり作りたいと思えない。キャスリーンの言葉だ。他の魔道具分野の魔女たちに提案しても同じ答えが帰ってくるだろう。研究者とはそんなものだ。
「そうですねえ。一応結晶魔分の大きさで魔法の威力と燃費を変えることはできますけど、一人ひとり調節するには時間が足りませんし、この規格で慣れてもらうしかありませんね」
騎士団の剣は用途に合わせて画一化されていて、儀礼用を除けば最も馴れ親しんでいる型と言っていいものだ。
これにほぼ同じ大きさの結晶魔分を嵌めていったわけだが、色を合わせる事はできなかったため、発現する魔法は様々だ。
魔法によっては使用者の好みが出てくるだろう。
「私はこの剣の代わりに使うという気分にはなりませんね……。フィーナ殿には悪いとは思いますが……」
ブラウンは自身の腰に挿している細剣に触れながら言った。
「あー、それについてはこちらからも提案がありまして」
「え?」
「団長と副長の分は別に用意しようと思ってたんです。実はと言うとお二人共特に魔力量が多くて、用意していた剣だと不都合が起きそうなんです」
「はぁ……」
「結晶魔分をより品質のいいものに変えて、新しい一点物の剣を作るには時間が足りない……そこでブラウンさんの剣を少しの間だけお借りしたいな、と……」
「ま、待ってください。まさかこの剣に細工するというのですか!?」
「はい」
「じ、冗談じゃないですよ! この剣は私がメルクオール騎士団副長の座についたときから今までずっと使い続けていた愛用の剣なんです! 変な細工をされるのは困ります!」
フィーナはやっぱり難しいか、と思った。
事前にゼノンにあいつは渋るだろう、と聞いていたからだ。
「ゼノン騎士団長にもそう伺っています。ですが『全員魔法の武器を装備すること』という団長命令でもあるので……」
「な……団長、どういうことですか!? 私に断りもなく勝手なーーー」
ブラウンがゼノンの方に振り返るとそこに彼はいなかった。
彼は騎士たちに囲まれながら剣技を披露していた。改造された自分の剣で。
「いくぞ! 轟け、雷鳴の剣! ワハハ、胸が熱くなるな!」
ブラウンがその様子を見て呆然としたのは言うまでもない。