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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
王立学院と二つの影編
214/221

209『騎士二人』

 眼下の湖を見下ろしつつ、ヴィオは「それにしても」と呟いた。


「あのキマイラの軍勢は何をしに来たのじゃろうな。どこから来たのか知らぬが、妾たちを動きを察知したにしてはあまりに急すぎると思わんかや?」


「………」


 フィーナはヴィオの呟きに沈黙で応えた。

 

 キマイラの軍勢が現れたのはフィーナたちがレイマン王国の国境を越えてから数分後だった。

 レイマン王国のような広大な土地の中であれだけ早く駆けつけられるとなると、どれだけ優れた索敵技術がなくてはならないだろうか。

 おそらく、ヴィオが『千里眼』を常時発動させたとしても難しいだろう。

 魔人がレイマン王国全域に対空レーダーのようなものを張っているなんてあるはずも無い。

 もしそうだったとしても、あの程度のキマイラの軍勢では当代のアルテミシア相手には不十分だろう。

 

 フィーナは「うーん」と唸りながら、こめかみをトントンと叩いた。


「哨戒兵のようなものでしょうか?」


「それにしては数が多かろう」


 フィーナの推測をヴィオはあり得ないと否定した。

 あのキマイラの軍勢は百に及ぶ程の数だった。ヴィオは何の気なしに葬り去ってしまったが、場合によっては全兵力を上げて相手しなければならない規模だ。そんな大規模な軍勢で哨戒任務などするだろうか、とヴィオは言いたいのだ。

 フィーナもそれは望み薄だと思っていたので、否定されても「ですよねぇ」と呑気な声を上げることしかできなかった。


 いくらフィーナでも、相手の動きが読めるほど軍略に長けているわけではない。

 作戦立案者などという立場をもらってはいるが、戦場の空気や流れを知っているわけではないので、あのキマイラたちが何のためにこちらへ向かってきたのか想像つかないでいた。


「それに哨戒となると巡回する他の部隊もおろう。じゃがキマイラはあれっきり現れんし、あの時、妾が圧倒しても撤退する素振りすら見せんかった。斥候や哨戒というのはあそこまで戦おうとはせんじゃろう」


 それもそうだ、とフィーナは頷いたが、同時に「ヴィオは撤退したくてもさせないでしょ」とも思った。


「ああいう動きをする部隊というのはな。昔から強襲、奇襲の類じゃと決まっておる。大方、空から奇襲して砦の守りを揺さぶろうとしたのじゃろ。この先はメルクオール王国領内じゃからのう」


 キマイラの軍勢があのまま飛行していけば、そう遠くないうちに砦の王国軍とぶち当たっていたであろう。

 空からの攻撃に対して騎士団は無防備だ。

 一応魔女が対応できるが、それでも後手に回っていただろう。


「何はともあれ妾たちが偵察に出ておいて良かったの。魔人側の空中戦力があれだけとは限らんが、出鼻は潰せたはずじゃ。魔人側に敵対の意思があることもわかったことじゃし、そろそろ戻るとするかの。偶然とは言え最良の結果じゃったな」


 魔人の狙いがキマイラによる奇襲だったのだとしたら、メルクオールが戦争の準備をしていたのも無駄ではなかったということになる。

 やはり魔人はレイマン王国一国を落とすだけではなかったのだ。

 今現在魔人の毒牙にかかろうとしているのはメルクオール王国だ。


 ヴィオは最良の結果だと言ったが、フィーナは寧ろこれからが大変だと思っていた。

 戦争の火蓋を切るのが百の空飛ぶキマイラならば、その後ろに控えている本隊は一体どれだけの数がいるのだろうか。


「あれ……? 本隊……?」


 フィーナはぽつりと呟くと、次第に目を見開いて、終いには頭を抱えた。


「あああああ……」


「ど、どうしたんじゃフィーナ? 頭でも痛いのかや?」


「ち、違います! ヴィオ! 今砦の様子は視れますか!?」


 フィーナの鬼気迫る様子に、ヴィオは驚きながらも「ちょっと待っておれ」と一度目を閉じ、瞳の色を変えた。



 なぜ気付かなかったのか。フィーナは自分を叱り飛ばしたい気分になった。

 

 奇襲部隊がいるという事は、必ず本隊もいるということだ。

 そしてその本隊は奇襲部隊の襲撃と共に砦を襲う手筈になっているはずである。

 でなければ奇襲の意味がない。


 ヴィオは視線を砦方面に向けると、小さく「なんと」と呟いた。


「フィーナ、すぐに戻るぞ」


 ヴィオはそれだけ言い放つと、行きとは比べ物にならないほど速く箒を飛ばした。

 あまりに速すぎたため、フィーナは追いつくのがやっとであり、ヴィオに何が見えたのか問うことすらできなかった。

 しかし、ヴィオの表情が珍しく苦々しいものに変わっていたことから、フィーナにはヴィオの瞳に写った光景を容易に想像できていた。


「こんなことならテッサも連れてくるべきじゃったのう」


 ぽつりと呟いたヴィオの言葉は暴風のような向かい風の中で消え去った。




 ―――――メルクオール王国東北部、ポルサ砦


 ポルサ砦の物見台では白銀の重厚な鎧に身を包んだ壮年の男が目を細めながらレイマン王国との国境を見つめていた。

 もともと監視の任で物見台に上がっていた兵卒は肩を震わせながらその男の後方に待機している。


「ここは冷えるな」


 時折吹き付ける身も凍えるような空風に銀色を纏った壮年の男、ゼノン騎士団長は渋面を浮かべながら呟く。


「は、はあ」


 兵卒はゼノンの気配を伺いながら、恐縮しきった曖昧な返事を送った。

 物見台は確かに寒かったが、兵卒が震えていたのは『鬼剣』と称されるほどの武勇を誇るゼノンがいるからに他ならない。

 ゼノンという人物は一兵卒には雲の上の存在だ。

 エリート中のエリート、メルクオール騎士団を纏める総帥であり、その中でも歴戦の猛者が集まる第一騎士団の団長ともなると、そう簡単に会うことはできない。なので兵卒の彼はある意味幸運であり、胃が痛くなるような緊張に晒されるほど不運とも言えた。

 

「団長、スープを貰ってきましたよ」


 空風にギシギシと不安な音を鳴らす物見台に新たな人物が加わる。

 レイノルド・ブラウン副長だ。

 剣さばきと武功だけで騎士の末端から第一騎士団の副長にまで成り上がった剛の者である。

 普段は温厚で趣味は馬の世話。物腰柔らかで甘いマスクで微笑めば女たちから黄色い声が上がるほどの美青年だが、魔物相手には冷酷なまでに苛烈で、酷い死をもたらす悪鬼と化す。

 類稀な統率力とカリスマによって軍を纏めるゼノンが王国の盾であるのならば、ブラウンは切れ味の鋭すぎる剣と言えた。

 そんな二人と狭い場所に居なければならない兵卒は生きた心地がしなかっただろう。



「汁物を持って梯子を登ってくるとは相変わらず器用なやつだ」


 ゼノンは苦笑しつつも、ブラウンに向かって手を差し伸べた。


「そうでもないですよ。王都の魔道具店で良い物を買ったんです。これならちょっとやそっとじゃ溢れませんから」


 ブラウンは金属製の容器を物見台の床に置き、ゼノンの手を取って一気に登りきった。


「保温性の容器……か? 結晶魔分付きとなると、かなりいい値段だったろう?」


 円筒型の容器を珍しげに眺めるゼノンに、ブラウンは自慢げに微笑んだ。


「まあそこそこ。レンツからの仕入品なので見た目ほど高くないですよ。せいぜい金貨一枚程度ですから」


「レンツの品は良品な上に値段も手頃だな。俺も欲しくなってきた。ほっ……美味い」


 ゼノンは容器の蓋を皿代わりにして、熱々のスープを一気に飲み干した。

 程よい塩気と溶けるくらい煮込まれた野菜のスープだ。寒さも相まって極上の馳走に思えた。満足げに吐き出された息が白い湯気となって空中を漂う。


「そこの君も一杯どうだい?」


「い、頂きます! 光栄です、ブラウン副長!」


 ゼノンと共にいた時は恐縮しきっていた兵卒がブラウンには子供のような眼差しを向けながら礼を言う。

 ゼノンはその様子を見て苦笑いを浮かべた。


 

 熱いスープを飲んで体が温まると、空風に体を晒して熱を奪われるのを避けたくなり、自然と三人は座り込んでいっときの休憩をとることにした。


「大戦になりそうだな」


 ゼノンは腕を組んで呟いた。

 その言葉にブラウンも重々しく頷く。


「レイマン王国が滅んだなんて未だに信じられませんよ。あの強大な大国がなすすべも無く敗れたとは」


「そうだな。だが情報の正誤はともかく、俺の勘(・・・)は事実だと伝えている。実際にこの物見台からでも嫌な気配を感じ取れる」


 ゼノンはレイマン王国の方角を睨むと、深いため息をついた。

 

「団長の勘はもはや予言ですからね。疑ってはいませんよ。でも今回ばかりは外れて欲しいです……」


「ふっ……『惨断』と称されるお方が随分と弱気だな」


「からかわないでください」


 ブラウンはその端整な顔立ちを歪め、眉に皺を寄せた。しかしすぐに表情を戻すと「団長は不安じゃないんですか?」と問いかけた。


「今回の戦いは異質です。魔物の掃討とはわけが違う。動員された兵数も魔女と共に戦うことも、今までになかったことです。正直に言いますと、我々騎士団は慣れない状況に浮足立っています。フィーナ殿が用意した新しい武器は素晴らしい物でしたが、使い慣れた武器を手放してまで利用すべきなのか、皆の中でも意見が割れているのです」


「使いたい者だけが使えばいい。効果は既に実証されている。今まで通り斧を持つ者、剣を持つ者、槍を持つ者、各々の得物で戦うのならばそれもまた自由だ。俺はそう通達を出したはずだが?」


「踏ん切りがつかないのですよ。我々騎士はあまりにも魔法のことを知らなすぎる。あの武器に込められている魔法が己の常識を凌駕するものだったとしたら、果たして本当に扱いきれるのか。剣や槍を使わない魔女に我らの武器を任せて大丈夫なのか。使わなかったとして、己の技量だけで未知の魔物に通用するのかと」


 ブラウンが矢継ぎ早に言葉を繋ぐと、それを聞いたゼノンはからからとした笑い声を上げた。


「要は怖いのだろう? 副長、余計な騒音に耳を貸すな。これが戦争前の空気というものだ。怯え、不安、焦り、功への期待、そういったものが頭の中で燻り続ける。良く言えば武者震いとも言うがな」


 ゼノンに言われ、ブラウンははっと顔を上げた。

 自分は怖かったのかと、手元に視線を落とした。

 今更ながら自分の手が小刻みに震えていることに気づいた。

 

「案ずるな。お前は強い。お前が何を持とうが、目の前の魔物はただ断たれるのみ。それに今回は魔女もいるんだ。魔法の事をよく知らないというのなら、この機会によく見ておけ」


「はい」


「まだまだ若いな。スープを持ってきて自慢げに魔道具を見せびらかしていた時のお前の方がまだらしかったぞ」


 ゼノンは軽口を叩くと、立ち上がってブラウンの肩を叩いた。


「スープ、ありがとな。さて、警戒を続けるか」


 背を向けたゼノンの背後で、ブラウンは気恥ずかしそうに頬を掻き、空になった容器を片付けて梯子を降りていった。


 一部始終を見ていた兵卒はゼノンを尊敬の眼差しで見つめ、ブラウンに対しては親近感を抱くようになっていた。




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