203『作戦立案者』
意気揚々と自己紹介をしたのはいいが、周囲の空気は凍り付いている。ほとんどが呆然とヴィオを見ているのだが、頼れる執事長のピボットなどは円卓に乗ったままのヴィオを「魔女王にはテーブルの上に立つという珍しい癖があるようですね」と遠回しに非難していた。
「……それでヴァイオレット殿が我が城に何用かな? まさか弟子を叱りに来ただけではあるまい」
国王が沈黙を破ってヴィオに尋ねる。ヴィオは円卓から飛び降りると、機嫌よさげに「うむ!」と頷いた。
「フィーナも言っていた通り、今回の一件には妾も協力しようと思っての。丁度話に出て来ておったので、一度顔を合わせておこうと思ってのう。唐突ながら参ったというわけじゃ。妾からはこちらの様子は掴めておるが、そちらには妾のことは伝わっておらぬじゃろう? 誰かに伝達を頼んでも良かったが、フィーナは信用できぬ故な」
ヴィオは一通り話すとフィーナを紫色の瞳でじろりと睨んだ。
そんなに睨まれても本当のことを言ったまでなので困るわけだが、ここで口を挟めば言い合いの再燃となるので黙っておく。
「なるほど。あなたは協力すると言うが具体的にどう協力するというのだ? キマイラの出現に魔人が関与しているということはわかっているが、どこを根城としているか、どの程度の規模なのかなどまったくわかっていない。この状況で何を協力してくれるのだ?」
国王の視線は鋭い。外交で成り上がった国主なだけあって、交渉事はお手の物であるらしい。相手が魔女王で喉か手が出るほど欲しい協力なはずだが、何か不審な点はないか、不利な条件を掴まされないかと細心の注意を払っている。
「……ふーむ。そうじゃのう。しばらくはフィーナ達と行動するつもりじゃから、詳しくはフィーナに聞いてたもう」
ヴィオは少し悩んだそぶりを見せるとすべてをフィーナに投げた。
ヴィオが自分たちと行動するなんて初めて聞いたし、詳しくなんて言われても何も考えていない。
どう説明するか迷っている間に、国王並びに会議の参加者たちもフィーナを注目し始めている。
フィーナが【集中力強化】の特殊魔法を使って頭を働かせると、国王がこちらに向き直って「で、どう協力するのだ?」と問いかけてきた。
「魔女王は【千里眼】という固有の監視体制があります。国内で敵に動きがあればすぐに察知できると思います。さらに長距離を瞬時に移動できる手段を持っているので、連絡を受け次第助勢に向かえます」
フィーナがこめかみをトントンと指で叩きながら答えると、国王は顎を押さえて「ふむ」と頷いた。
「そして問題の敵の居場所ですが、魔女王の監視の届かない範囲にいると思います」
「となると他国を根城にしていると?」
そう質問したのはゼノン騎士団長だ。彼は軍部のトップであり、メルクオール王国の主力だ。何より自分の命や部下の命がかかっているのだから聞かずにはいれなかったのだろう。
ゼノン騎士団長の質問にフィーナは首を振った。
「いえ、必ずしもそうとは言い切れません。魔人は魔分の濃い地域でしか活動できないんです。言い方を変えれば魔分の濃い場所であればどこでも活動できるということになります。なので国内に潜伏している可能性は低くはありません。もちろん他国を拠点にしている可能性もあります。もしくは各国に複数拠点を持つ可能性すらあるかもしれません」
「魔分の濃い地域は妾の【千里眼】でも見通せんからの。地域の広さは大小様々じゃがこの国だけで百箇所以上はある。今は母様が各地の高魔分地域を回って警戒しておるはずじゃ。妾や母様ですら近づけぬ場所というのはそうない」
ヴィオの母親は先代の魔女王だ。今はヴィオに魔女王の地位を譲り、各地の高魔分地域を見て回っているらしい。フィーナは会ったことがないが、ヴィオ曰く自由奔放で活動的な人なのだそうだ。まだ幼いヴィオに魔女王の座を譲ったのも、案外自由に動くのに丁度良かったからなのかもしれない。
「では我らはその地域に向かえばよいのか?」
「いいえ。濃い魔分は魔力を持たない者にとっては毒です。向かうのは魔女だけです。騎士の皆さんにはキマイラの出現に備えておいてください。キマイラは魔物なので魔人ほど魔分の濃さに影響されませんから」
「わかった。……陛下、そのような作戦となりそうです。細々としたところは別途会議の場を設けるべきかと」
ゼノン騎士団長が作戦の決定を口にする。
フィーナはいつの間にか作戦が決まっていたことに驚いた。随分と簡単に決められてしまったが良いのだろうか。
驚くフィーナとは対照的にゼノン騎士団長と国王は慣れたように次々と段取りを決めていく。
「ではその通りに騎士団へ通達せよ。準備には時間がかかるため、会議はここで閉会とする。レイクラウド公爵、後を頼む。貴族たちへの通達と纏めは其方に任せる」
「はっ!」
「魔女王殿とフィーナは我の執務室へ。今後の作戦を煮詰める」
フィーナが声を上げる前に国王は会議場を去っていく。ゼノン騎士団長とブラウン副長が国王の行く道を空けるように先頭を歩き、国王がそのあとを悠々と歩く。
国王が去った後、会議の参加者は皆フィーナを注目していて、こそこそと近い者同士で話し合っている。聞こえる内容から察するに、今後フィーナに取り入るべきか話し合っているようだ。
「ではフィーナ様、参りましょうか」
呆気にとられているフィーナにピボットが語り掛ける。どうやらエスコートしてくれるらしい。椅子を立つだけなのに何もこんなに改まることはないのに、とフィーナは顔に熱を持たせながら心の中で愚痴った。普段はこんなことをしてくれないため、ものすごく背中がむず痒い気持ちになったのだ。
フィーナが歩き出すと人混みがざっと割れ、会議場の扉まで一直線の道ができる。視界の隅にヘーゼルやノンノの姿が確認できた。二人とも心底驚いているようで、目を見開いたまま固まっていた。
「ほぉ。フィーナは随分と国王から重用されておるのじゃな」
ヴィオはふんふんと上機嫌に鼻を鳴らして開かれた道を歩きながら言った。
冗談ではない。国王の悪ふざけか、パフォーマンスに決まっている。あの国王のことだから、どうせ思いもよらない利を得ているのだろう。今のところ気の毒な表情を向けてくれるテッサだけが救いだ。
会議場を出て、フィーナは気疲れから大きなため息を吐いた。こう疲れてくると無性に家族や村の皆が恋しくなる。今だったらキャスリーン相手でも笑顔を向けられそうだ。
「お疲れですかな」
ピボットが口元を押さえてくっくと笑う。
「疲れますよ。なんですかあれ。私が作戦の立案者みたいじゃないですか」
「みたいではなく、立案者そのものなのですよ。陛下やゼノン様は予めフィーナ様に今後の方針を立ててもらうつもりであったそうですから」
「それにしても連絡の一つくらいしてもいいじゃないですか。ヘーゼルさんやノンノにも驚かれたんですよ」
「それはこちらも申し訳なく思っております。ですがもたらされた情報が急を要するものであったこと、そして魔女王の力が加わったこともあり、陛下はあの場でフィーナ様のお立場を上げようと図ったのでしょう。今回の敵は騎士団にとって相手が悪いですから魔女の力は必須となります。フィーナ様や魔女王様が魔女をまとめるためには多少の権力も必要となってくるでしょう。陛下はその権力を作戦立案者という立場を持たせ、わかりやすく示したのです」
要するにフィーナはどうあがこうとも作戦立案者の立場からは逃げられなかったというわけである。魔女の王であるヴィオがこのあり様なので、王国側も避けられない選択だったのかもしれない。
しかし、なにもフィーナでなくても良かったはずである。城には宮廷魔女もいるし、あの場には王都魔術ギルドのギルドマスターであるヘーゼルもいたのだ。未成年のフィーナよりよっぽど適役である。
それでも国王がフィーナを作戦立案者にしたてあげたのは、単純に一番面識があるからだろう。要は国王に気に入られた時点で運の尽きだったわけだ。
「フィーナよ。何もしょげることではないじゃろう? 権力はいいものじゃぞ。お主は小さいから舐められることもあるじゃろうが、権力さえ持っておけばそのようなことはないのじゃぞ」
ヴィオの言いたいことはわかったが、ヴィオにだけは言われたくない言葉である。
「ヴィオ、権力には責任と義務が漏れなくついてくるんですよ……」
フィーナは諦観気味にフッと息を吐き、ぼそりと呟いた。