201『王国議会』
まだ存在を確認されていない魔人に対して、ヴィオと協力し合うことを決めたフィーナはいつものように国王のもとへと報告に来ていた。なにかあったら必ず報告するように言われているので、面倒だと思いつつも向かわなければならない。
今のところキマイラの姿はあれ以来見つかっていないらしく、騎士団の捜索は一時中断となっている。いつでも動けるように準備しているそうだが、そのせいで城内が物々しくて不穏な雰囲気になっている。
フィーナはいつも報告に行く国王の執務室ではなく、会議室のような部屋に通された。事はフィーナと国王間の話で済まないらしく、国の重鎮たちが集って話し合いを行う場にフィーナも呼ばれたのだ。
軍部からは騎士団長のゼノン・マグナス、副長のレイノルド・ブラウンが、王都魔術ギルドからギルドマスターのヘーゼルが、王国魔女養成機関からはノンノが赴いている。議長はレイクラウド公爵が行うようだ。他にも見覚えのある人物がちらほらと見つけた。魔女、騎士、文官が多数集まっており、さらに従者の数も多いせいで部屋の密度がすごいことになっていた。
ノンノは「なぜ自分が呼ばれたかわからない」といった表情を浮かべており、ちらちらとフィーナに助けを求めるように見てきた。ノンノが機関の代表に選ばれたのは偶然だった。新種の魔物として分類された【魔鳥】についての功績は大きく、新種の魔物の可能性を外せないキマイラについても、何か有効な意見を貰えるかもしれないとして呼ばれていた。
フィーナはヘーゼルとノンノに挟まれるようにして座っている。ノンノからは「フィーナ教官助けてください」という声がか細く聞こえてきて、ヘーゼルからは横腹をつんつんと突かれるちょっかいを受けた。
「待たせたな」
そんな中、国王がピボットを伴って入室し、レイクラウド公爵の隣へと腰かける。ピボットはその後ろに立った。
集まった面々も概ね時間通りの集合だったため、たいして待っていない。遅刻を咎めるものはおらず、国王が現れたことで背筋を伸ばす者が大半だ。
「では王国議会を始める」
レイクラウド公爵があたりを見回して静かに口を開いた。
王国議会とは文字通りメルクオール王国の行く末を決める会議である。たいてい一年に一回の周期で行われる。王国にとって重要度の高い案件が話し合われるが、様々な派閥や既得損益が係わるため遅々として進まず、本来一週間を予定していた開催期間が三か月間もかかったこともあるという。
しかし、今回はこれまでと違った部分があった。
まず参加する魔女の増加。そして文官の増加だ。その代わり武官の数は減少している。
会議の参加者を聡い者が見れば、魔女と文官の政治的立場が向上したと判るだろう。
「まずは報告に上がっているキマイラという魔物について、既に戦い、勝利したフィーナ殿に詳しい説明をしてもらう。フィーナ殿、お願いします」
「は、はい」
レイクラウド公爵がそう促すと、円卓にキマイラを模写した大きな絵が広げられた。参加者たちが首を伸ばしてのぞき込む。
フィーナは緊張で震える手をぎゅっと握り、呼吸を整えて説明した。
学院の試験で王都近郊の森にいたこと。強い魔物がいないはずの場所にキマイラが出現し、生徒たちと護衛の魔女が戦闘になったこと。キマイラは通常の魔物より遥かに知能が高く、恐ろしく強いことを説明していく。
話しているうちに、会議の参加者たちの顔色が曇る。難しそうに呻き声を漏らす者もいた。
そして説明はヴィオと話した内容に触れていく。キマイラが造られた存在であったこと。原生物を基にしていること。魔法を使い、知能も高いこと。最後に作成を可能にした物質である【魔妖樹】の種のことを話し、さらにキマイラは量産される可能性があることを話す。
個体でも強いキマイラが量産されている知り、会議場は静まり返った。会議場にはフィーナの淡々とした説明だけが響いている。ちょっかいをかけてきたヘーゼルでさえ黙りこくっている。重苦しい雰囲気が、国の未来が暗いということを如実に表していた。
「あーフィーナ嬢、このキマイラを造っているのが何者なのか判りますか?」
手を上げて沈黙を破ったのはゼノン騎士団長だった。彼は原生物であるゴブリンと真っ向から切り結んだ剛の者だ。敵がどれだけ強大であれ、臆することはない。
「私の師である魔女王は魔人の仕業だと言っていました。それもただの魔人ではなく、魔人となった魔女の仕業だと」
「魔人……というと、以前報告に上がった魔分に侵された人間のことですか? 何年も歳をとることがないという……」
「そうです」
「一体何を目的としているか、どこでキマイラを放つかは判りますか?」
「魔人の目的はよく判りませんが、キマイラを使って何かやろうとしているということは確かですね。どこで使うかまでは判りません。最悪、王都の中でという可能性もあります」
「なるほど……」
ゼノン騎士団長は腕を組んで眉間に皺を寄せた。脳内で敵の戦力を測っているのか、かなり険しい表情である。
隣のブラウンもいつものような爽やかな表情が陰っている。
「フィーナよ。その魔女王というのは?」
今度は国王が質問を投げかけてきた。
そういえばヴィオのことを国王に話したことはなかったような気がする。今回は協力してくれるらしいので、ヴィオのことも伝えておいたほうがいいだろう。
「魔女王というのはヴァイオレット・ノーサン・ミッドランドのことです。アルテミシアの血を脈々と受け継いでいる方で、今代で二十五代目だそうですよ。今回の件には力を貸してくれるそうです」
「おお! 噂に聞くミッドランド城の城主か。アルテミシアの家系とは知らなんだ。まあなんにせよ、アルテミシアの力を借りられるのであれば心強い」
国王が口角を上げて色めき立つ。
ヴィオが聞いていれば鼻の穴を膨らませてふんぞり返っていただろう。ヴィオは魔女としての力だけは計り知れないが、内面は年相応の子どもだ。単純さではデイジーと張るくらいである。フィーナの脳内では「これが妾の人徳じゃ!」と高らかに宣言するヴィオの様子が容易に想像できた。
だがアルテミシアの名の力は凄いらしく、暗い表情だった会議の参加者たちが力強い笑みを見せ始めた。
「あ、でもヴィオは私とほとんど歳は変わらないですよ。ピーマンが食べれないようなお子様です」
フィーナがそう言うと、会議場は瞬く間に暗い雰囲気へと戻ってしまった。