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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
王立学院と二つの影編
204/221

199『種の正体』


 試験は未知の魔物の出現によって中止。現在、森では騎士団による更なる捜索が行われている。既に魔物を狩り終えていた班もいくつかあり、彼らは試験が中止になったことに不満を感じているようだ。だが窮地を経験したサムたちがキマイラとの戦闘を語ったおかげで不満の声は静まった。サムは騎士より語り部のほうが向いているんじゃないかと、フィーナは苦笑交じりに考えていた。

 デイジーは酷使した身体を検査するために機関へ向かい、イーナは生徒たちをまとめている。フィーナはいろいろな方面に頭を下げに行ったり状況を説明したりと大忙しだ。 

 騎士団の方には出現した魔物が原生物だったと報告しているため、ゴブリン討伐に向かっていた騎士からは険しい顔を向けられた。一応弱点や姿かたちを一通り教えたが、騎士団でも知らない魔物だそうだ。

 機関にも護衛の魔女を通じて報告したが、キマイラのような魔物には心当たりがないという。

 そしてフィーナが発見した種だが、騎士団も機関も、キマイラ自体を知らないのだから、当然キマイラから発見された種のようなものを知るはずもない。王国トップの情報量を誇る双方の資料に記載されていないとなると、この国では情報を得られないに等しい。

 そこでフィーナはヴァイオレット城へと向かった。メルクオール王国より長い歴史を持つアルテミシアの系譜なら、この種のことも何か知っているのではないかと考えたのだ。考えは正しかったようで、ヴィオはこの種を見た途端、こめかみを押さえていた。やはり何か知っているようだ。


「これはまた面倒なものを持ってきたの」


 ヴィオは革袋の中をのぞくと心底嫌そうに舌打ちした。革袋を逆さまに向け、まだ血に汚れたままの種を、テッサが持ってきてくれた白い皿の上に取り出す。乾いたキマイラの血が黒いかすとなってぽろぽろと落ちてきた。血のかけらを見て、テッサの眉間に皺が寄る。


「これは何ですか? どこにも情報が無くて困っているんです」


 フィーナは種に顔を寄せて呟く。

 職業上様々な植物やそれに類する種にも詳しいと自負しているが、この種は見たことがない。墨のように真っ黒で、雫の形。大きさは鶏の卵くらいに大きく、酔いそうなくらい高濃度の魔分の反応が感じられた。こんなものが体に埋まっていたキマイラがなぜあのように動けたのかが不思議でならない。これだけ高濃度の魔分に晒されれば、正常な思考などできないはずなのだ。魔物化した動物のように攻撃的で獰猛になる他ないはずである。だがキマイラは終始知性ありきの行動をとっていた。原生物の特性なのか、それともあのキマイラだけが特別だったのかわからないが、従来の常識を外れた異様なのは確かだ。



「あまり近づかぬことじゃ、フィーナ。取り込まれるぞ」


 ヴィオはそう言うとフィーナを守るように手で制した。物騒な言葉とともに、突然目の前に手を出されたフィーナは驚いて顔を上げた。

 

「これは【魔妖樹】の種じゃ。【魔妖樹】については知っておろう?」


 フィーナはこくりと頷く。

 【魔妖樹】といえばガルディアで見た魔分を噴出する木のことだ。【魔妖樹】によって、ガルディアは足を踏み入ることができないくらい魔分に汚染されていた。同時に【魔妖樹】は悪魔を召喚するカギとなるものだ。無数の魔人の魂と儀式、そして【魔妖樹】。これらが悪魔召喚のトリガーとなっている。

 この小さな種が【魔妖樹】になるとは到底思えなかったが、内に秘めている魔分は確かに膨大だ。悪魔と対峙し続けたアルテミシアの子孫が言うのだから、本当のことなのだろうと、フィーナは考えを改めた。

 だがなぜそんなものが王都にほど近い森の、しかも原生物と推測される魔物の中にあったのだろうか。そうフィーナは首を傾げて考えた。フィーナの疑問に答えるようにヴィオが頷く。


「十中八九、魔人の仕業じゃろう。じゃが、見たところ通常の【魔妖樹】の種とは少し違うようじゃ。大方良からぬことを企む者によって改造されたのじゃろうな」


「私は通常の種というのを知らないのでなんとも言えないんですけど、どの辺が違うんでしょう?」


 フィーナがメモを取りながらそう尋ねると、ヴィオはフィーナのメモ用紙を見て苦笑しつつも教えてくれた。メモは大事だ。結果が判ればいろいろな方面に報告しなければならない身なので、仕方ないという側面もある。


「まず漏れ出る魔分の量が圧倒的に少ない。色彩や大きさにも多少の違いはあるのじゃが、そこは置いておこう。内包する魔分量は膨大じゃが、漏れ出す魔分は最小に調整されておる」


「じゃあ周囲への影響は小さいんですね。いいことじゃないですか?」


「阿呆。外に漏れだす魔分が少ないということはそれだけ発見が遅れるということじゃ。見た目はただの種じゃからな。動物や魔物が食べてしまう可能性もある」


 なるほど、とフィーナは頷いた。ヴィオは動物や魔物と言ったが、人間が口にしてしまう可能性もあったわけだ。口にした人間がどうなるのか定かではないが、問題ないということにはならないだろう。


「【魔妖樹】ならば妾の()で見つけられる。じゃがこう改造された種になると、そう簡単に見つけられんのじゃ。見つけられんまま、どんどん種が芽吹いてしまえば、たちまち【終末の日】の再来じゃぞ。その点から見ると、今回見つけられたのは僥倖じゃった。フィーナよくやったぞ」


 ヴィオがふふんと鼻を鳴らす。見つけたのはフィーナなのだが、なぜかヴィオの方が偉そうであった。


「しかし、魔物の中にあったというのは気がかりじゃな。それにフィーナが言う魔物の死に様が魔人の最期に似ていたというのもきな臭い話じゃ」


「飲み込んだにしては不可解な位置にありましたからね。翼の根元、隠されるように埋まっていたので探すのに苦労しました」


「キマイラという原生物には妾も心当たりがない。もしかすると、その原生物自体も魔人によって生み出されたのかもしれんな」


「そんなこと可能なんですか?」


 フィーナが目を見開いて尋ねると、ヴィオは少しの間沈黙し、静かに「不可能ではない」と口にした。


「原生物の定義は神話の時代から生き続け、高い知能を保有し魔法を使う魔物、じゃ。神話の時代から生き続けているというのは後世つけられた飾りにすぎぬ。大事なのは魔法を使うかどうかなのじゃ」


 魔法を使える魔物、それが原生物だとヴィオは言う。それならば魔女はどうなのかとフィーナは考えたが、魔物ではないので違うかと自答し、安堵した。


「通常、魔物は魔力を持たぬため魔法を使うことはできぬ。じゃが、特定の条件下では魔法を使う個体もおるのじゃ。それでも原生物とは呼ばぬ。原生物は高い知能をも有しておるからな。魔法を使えるだけで原生物と言うのは滑稽じゃぞ」


 どうやらヴィオには見透かされていたらしく、フィーナは頭を掻いて顔を赤らめた。


「はあ、お主だって一度は戦っておるじゃろう。原生物でない魔法を使う個体と」


「そうでしたっけ?」


「なぜ体験したお主が忘れておるのじゃ、まったく……。ガルディアのグリフォンリーダーがそうじゃ。話を聞いただけの妾でさえ覚えておるというのに……」


 ああ、とフィーナが手を叩く。

 そういえばグリフォンリーダーは風魔法を使っていた。ヘーゼルは魔分が濃いからなんら不思議はないと言っていたので、そういうものかと思っていた。強い魔物だったというのは覚えているが、魔法を使っていたというのは頭から零れ落ちていた。最近は忙殺されていたので過去を顧みることもできなくなっていたので、てっきり忘れてしまっていたのだ。


「まあよい……。魔分濃度、周辺の環境、魔物自体の特性にもよるが、魔法を使う魔物の存在は少なくないのじゃ。別に魔女だけの専売特許というわけじゃないのじゃ。他にも―――」


「話が逸れてしまってますよ、ヴィオ」


 今まで黙って聞いていたテッサが、溜息混じりにヴィオを是正する。ヴィオの長い授業が始まりそうだったので助かった。教師役を務めるフィーナだが、まだまだヴィオからは教えられる立場だ。


「そうじゃったな。本題に入るとするか。原生物を創るには簡単な話、頭のいい魔物に高濃度の魔分を投与させ続ければよい。そのような媒体は見つかっておらぬが、たった今可能じゃと証明されたようじゃの」


 ヴィオはそう言うと、皿の上に置かれた種を一瞥した。ヴィオの仕草から、この種が原生物を創る元になったと、フィーナは直感的に理解した。


「この種が量産されているとなると、妾たちは思ったより不利な状況にあると言える……。こんなものを量産させるなど、意志ある魔人にしかできぬ。普通の人間が意志を持つ魔人になることは稀じゃ」


 妾たち(・・)に自分も入っているのかとフィーナは不安に感じていたが、ヴィオがいい感じに語っているので口を挟まなかった。ヴィオは自分の語りを邪魔されると不機嫌になるのだ。年相応の怒り方をするので、可愛らしいのだが拗ねられると機嫌を取るのが面倒なので、フィーナは口を噤んでヴィオの語りを待った。


「となるとどんな人物が魔人となったのか。答えは簡単じゃ。魔女が魔人となったのじゃ。妾たちは魔人の思惑を止めねばならぬ。二度と悪魔を召喚させてはならぬのじゃ」


 言い終わると、ヴィオは満足そうに鼻息を漏らし、テッサから受け取ったお茶を一息に飲み干した。


「そうですね。頑張ってください」


 フィーナがそう言うと、ヴィオは裏切られたという感情を全面に出した表情でフィーナを睨んだ。持っていたカップが手を離れ、床に落ちる寸前にテッサの手によって救い上げられる。


「な、フィーナ! お主、妾の手伝いをせぬと言うのかえ!? 妾はお主の師匠じゃぞ!?」


「だって悪魔や魔人の魔女なんて私の手におえる相手じゃないですもん。そもそもガルディアの【魔妖樹】だって、本来はヴィオが対応しないといけなかったんですよ。弟子云々というのもレリエートの魔女に【二つ名】を与えてしまったお詫びみたいなものじゃないですか」


「う……耳に痛いのじゃ。でもガルディアは仕方ないのじゃ。あそこは婆様も母様も訪れたのじゃが、二人とも魔分が濃いだけで特に異常はなかったと言っておった。まさか【魔妖樹】があるとは思わなかったのじゃ……」


 ヴィオは口をとがらせて俯いた。ヴィオにも理由はあったのだろうが、こっちは死にかけたのだ。悪魔とはもう会いたくないし、相手をするのもまっぴらだ。魔人のとなった魔女も同様である。対魔女戦は魔物とは比較にならないくらい危険だ。フィーナはレリエートの魔女との戦いでそれが痛いほどよくわかった。


「ガルディアの件はヴィオの怠慢ですよ。だから言ったのです。先代や先々代が大丈夫だと言っても、自分の目で確かめなさいと」


 テッサがそう諭すと、ヴィオは下唇を突き出して不貞腐れてしまった。


「でもフィーナもいけませんよ。あなたは自分の力を過小評価しすぎです。ヴィオもあなたと同じくまだ小さいですし、協力し合ってはどうですか? デイジーは喜んで力を貸すでしょうし、止められないでしょう。あなたが手を出さないことで、自分の身内に被害が及ぶこともあるかもしれません。それはあなたが一番忌避することじゃないですか?」


 テッサの言葉はフィーナに重くのしかかった。

 もしレンツの皆や学院の生徒たち、機関同僚などに被害が及べば、自分は静観なんてできないだろう。どんな相手であっても執拗に追い回して徹底的に叩きのめすくらいはしそうだ。

 それを考えると、ヴィオと協力した方がいいというのも頷ける。いろいろとこき使われるかもしれないが、強敵を相手にヴィオという味方がいるのといないのでは歴然の差だ。

 

「それに本当は心からヴィオを手伝わないなんて思ってないですよね。私の眼は誤魔化せませんよ」


 そう言ってテッサがにっこり微笑む。フィーナは小さく溜息を吐くと、重々しく頷くのだった。



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