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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
王立学院と二つの影編
203/221

198『種』

 ヤギの目が少しづつ開く。

 フィーナは思わず身構えた。まるでレリエートの魔女を相手した時のようなねっとりとした魔力の気配を感じたからである。

 デイジーもそれに気づいたのか、警戒しつつ距離をとった。悪意の沼にどっぷりと漬けられたような濃密な魔力の気配。フィーナはこれが原生物の魔力か、とつぶさに観察した。


「フィーナ教官! ヤギの目が開いています! この魔力の気配はまずいですよ、さっきよりもさらに濃い! デイジー教官を下がらせてください!」


「落ち着いて。もしかしてデイジーが魔物としか戦えないと思ってる? 対魔女の訓練もしてるから、ちゃんと対策もとれているよ。魔法を使う魔物相手でもそれは変わらない」


「ですが……」


「まあ見ててよ」


 フィーナはそう言って護衛の魔女を諭すと、飴玉を口の中に放り込んだ。蜂蜜味の飴玉を舌の上でころころと転がす。甘くておいしい。

 獅子の頭、尻尾の蛇が完全に沈黙している今、動いているのはヤギの頭だけだ。体の方もヤギの頭が制御しているように見える。ヤギの頭が本体なのだろうか。そうなると尻尾の蛇も獅子の頭もキマイラにとってはただの付属品に過ぎないということになる。魔物としても原生物としてもどこか歪だ。フィーナにはこのキマイラが神話の時代から生きているとは到底思えなかった。


 ヤギの頭が狂ったような鳴き声を上げ、目の前に炎の塊を作り出す。炎というより小さな太陽のようだ。熱気がこちらにまでやってきている。

 なるほど、確かに魔法だ、とフィーナは目を細めてその様子を見た。


「なんて熱さ……」


 サムは額の汗を拭いながら小さな太陽を眩しそうに見て呟いた。同時に土の壁の向こう側でこれと同じようなものがこちらに向けられていたのだと知り、体をぞくりと震わせた。


 

 しかしデイジーはつまらなさそうにフンと鼻を鳴らすと、地面を目一杯蹴り上げた。

 戦闘によって地面は程よく耕されており、柔らかくなっていた。そこにデイジーの剛脚が加わることで、大量の土が津波のようにキマイラへと襲い掛かった。

 蹴り上げの衝撃で地面が揺らぐ。護衛の魔女は「なんて出鱈目な!」と言いながらすっ転び、サムは小さい悲鳴を上げながら蹲った。


 土の波に小さな太陽ごと呑まれたキマイラは体表から煙を上げながら這い出てきた。どうやら熱せられた土をその身に被ったらしい。肌は黒く焦げ付き、鱗に覆われた部分は熱した飴細工のように溶けかけていた。

 ダメージを負った瞬間を見逃さず、デイジーが間髪入れずに懐へ飛び込む。キマイラはデイジーの接近に気づかず、呻き声を上げるだけだ。デイジーが拳を握って真正面に立つことで、ようやくキマイラも気づくがもう遅い。残虐的なまでの連撃の嵐がキマイラの身体に打ち込まれていく。

 脚、胴体、角、頭部、様々な個所がデイジーの攻撃を受けて跳ね、飛んだ。こそぎ落とされるようにしてキマイラの身体はどんどん小さくなっていく。鱗がはじけ飛び、翼がもげ、血が飛散する。飛び散る肉片はおろし金にかけたように無残な姿となっている。

 それでもキマイラは生きていた。尋常ではない生命力に、フィーナは顔を顰めた。これだけ削ったのだ。そろそろ倒されてもいいはずだ。あまり粘られると検体として持ち帰られなくなってしまう。いや、そのまえにデイジーを止めたほうが早い。


「デイジー!」


 フィーナが呼ぶと、デイジーは連撃をぴたりと止め、こちらを振り向いた。返り血で顔が真っ赤だ。


「交代しよ。そろそろ姉さんたちも来るだろうし、顔だけでも拭いといたほうがいいよ」


「わかった~」


 デイジーは気だるげに応えると、張り巡らせていた魔力と闘志を解いた。険をはらんだ眼が柔らかくなる。それでも戦闘態勢は崩さず、意識だけはキマイラへと向けている。

 護衛の魔女とサムは血だらけのデイジーを恐々と見ていた。デイジーの戦い方は畏怖の対象となる。華麗とはいいがたい戦い方なので、デイジーのことを野蛮だなんだと誤解されないかだけが心配だ。肝心のデイジーが自身の風評に興味がないため、こちらがフォローしてやるしかない。せっかくかわいい顔をしているのだからデイジーにはもう少しお淑やかでいてほしいと思う。将来的に見ても魔物を素手で葬る女の子を好きになる男性が現れる気がしない。まあ、普段の行動を見るとお淑やかになるのは難しそうだが。


「さてと、試験を中止にさせられた落とし前をつけてもらおうかな」


 フィーナはローブを翻しながら前に出ると、もはや死に体のキマイラにステッキを突き付けた。

 デイジーが戦っている間にだいたいの分析はできた。弱点は三つの頭の側頭部。原生物といえど弱点は存在するらしい。

 攻撃方法は多様性を持っているが、応用させるほどの知識はない。尻尾の蛇の毒も効力としてはいま一つ。翼で空を飛ぶためには巨体すぎるし、もし飛んだところでどうだといったところ。獅子の頭に関しては分析が足りていないが、どうせ大したことはないだろう。ヤギの頭に関しては魔法を使うので多少の警戒は必要だが、魔女と比べるとだいぶお粗末だった。

 魔力の多さ、耐久力には目を見張るものがあるが、素早さや判断力はそうでもない。デイジーが強いというのもあるが、それを抜いても脅威にはならない相手。それがフィーナのキマイラに対する総評だ。

 治癒魔法に似た魔法を使っているようだが、致命的なまでに回復が遅い。現に獅子の頭も尻尾の蛇も一切傷がいえていない。

 

「君が何なのか、じっくり調べさせてもらうよ」


 フィーナはそう言うとヤギの頭の側頭部を吹き飛ばした。

 ビクンビクンと体を震わせるキマイラ。弱点をすべて潰されているにも関わらず、痙攣は止まらない。三又首の大蛇でさえ頭をすべて潰せば倒れたのに、なんて頑丈な魔物なのとフィーナは溜息を吐いた。

 まだ生きてるなんてどこかの弱点を見落としたか、とキマイラの身体を調べる。血みどろぐちゃぐちゃで辛かったが、なんとか見つけた。

 もげた翼の根元部分、羽毛に隠れるようにして小さな瘤のようなものがあったのだ。


「なんだろ、これ」


 切開してみると、茶色っぽい種が埋まっていた。フィーナはそれをピンセットのような道具で取り除くと、革袋の中に入れた。

 種を取り除かれたキマイラの身体はみるみる白い灰となり、崩れ去った。ガルディアで見た魔人の最期に似ている。あのときはすぐにベヒーモスが現れたが、今回はそういうこともない。

 しばらく白い灰を眺めていたが、特に変化はなさそうだ。


 フィーナはステッキを仕舞うと、血みどろのデイジーを洗浄すべく、皆のもとへ向かった。


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