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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
王立学院と二つの影編
201/221

196『睨み合い』

「おおおおおおおおおお!」


 重装兵役が振りかぶり、遠心力を乗せて斧を振るう。

 ブオンという低い風切り音を立てながら斧が蛇の胴体をとらえると、激しい金属同士の摩擦音が響き渡り、赤い火花を散らした。重装兵役は班で一番身長が高く、重い攻撃を繰り出せる。が、蛇の鱗に傷を創れただけで致命打にはならなかった。

 

 サムはぴくりとも動かない右腕を押さえながら唇を噛んだ。額を流れる汗が目に入り、沁みる。しかし気にしている暇はない。右腕に受けた毒が広がらないように押さえておく必要があるため、左腕は動かせない。両腕が使い物にならない以上、サムにできることは声を出すことだけだった。

 前線を張ってくれている二人を鼓舞し、戦況を口頭で伝える。これだけがサムに許された役割だった。


「イーナ先生の使い魔は戦線を離脱した! これで助けが来る! もう少し、もう少しだけ耐えてくれ!」


 サムは声を張り上げて二人に伝える。二人に応える暇は無かったが、気迫が目に見えて上がったので声は届いたようだ。


「おらあ! いい加減くたばりやがれ!」


 指揮官役の変貌ぶりが著しい。上級貴族の子であるはずの彼だが、口調は荒くれもののそれである。だが荒々しい言葉はサムたちを奮い立たせる叱咤激励にもなっていた。

 

「先生が来てくれる! 俺を助けるために! 俺のために、俺だけのために! うおおおおお!」


 重装兵役は少々危ないことを口走りながら斧を振るっていた。普段は寡黙で紳士的な奴だが、今はもはや蛮人だ。先生の誰かに懸想しているのか、しきりに愛の言葉を口にしながら蛇を攻撃している。正直、場違い感が半端ないので今この状況下で判明してほしくない情報だった。



「いいぞ二人とも! そのまま―――」


 善戦を続ける二人に激励を飛ばし、魔物本体の動向を探ろうとサムは視線を向け、固まった。


「グルルルル……」


 魔物が護衛の魔女からもサムたちからも離れたのだ。サムは思わぬ苦戦に尻込みしたかと喜色ばんだが、それが間違いだとすぐに気づかされた。


「下がりなさい!」


 護衛の魔女がサムたちの目の前に降りてきて、土魔法を行使する。すると地面から土の壁がいくつもせり上がってきた。防御を主体とする硬質な土の壁だ。魔物が下がったのは逃げではなく、本格的に攻撃してくるからだとサムたちは理解した。

 今まで目を閉じて一切の関与が無かったヤギの目が開き、野太い男のような声が響く。するとサムたちの前方にあった土壁のあたりで轟音が鳴り響き、土壁はガラス状になって溶けた。いくつも張り巡らした防御の一部を突破された護衛の魔女は荒々しく悪態をついた。すかさず杖を振って新たな壁を作り出す護衛の魔女。

 しかしサムたちには何が起きているのかまるで理解できていなかった。何らかの攻撃を受けているのはわかっていたが、壁の向こう側で視認できないため、ただ時折響く轟音に体を縮こまらせることしかできなかった。

 護衛の魔女に何が起きているのか聞こうともしたが、彼女もかなり必死らしく、周りの声も耳に入らないようだった。

 だが護衛の魔女がうわごとのように「なんで魔物が魔法を…!」と呟いていたので、護衛の魔女の中で現状以上に予想外のことが起きているということだけは理解できた。


「俺たちはどうすればいい?」


 重装兵役が護衛の魔女を心配そうに見ながらこちらに質問する。


「いまのところどうしようもない。乱れた息を整えることくらいしか出来ることがないんだ……。クソッ! せめて森の入り口を背にできていたら俺たちだけでも逃げ切れたのに!」


 指揮官はそう言って舌打ちした。

 この戦いにおいて、サムたちは明らかに足手まといだ。ここにいても何の役にも立たないどころか、返って護衛の魔女の邪魔になる。

 森の入り口方面を魔物に占拠されなければ、怪我を負ったサムを庇いながらでも退却できただろう。だが背後は深い森で、後ろには逃げられない。迂回しようにも魔物の横を通り抜けなければならず、危険が大きい。こうして指をくわえて待っていることしかできないのだ。



 それから数十秒か数分か、定かではない時間が過ぎた。相変わらず護衛の魔女は土の壁を作っては溶かされを繰り返していた。防御一辺倒だが、戦場は均衡しているかのように見えた。しかし、瓦解は意外と早かった。


「悪いけど、もう魔力が持ちそうにないの。最後に大きな魔法を当てるから、あなたたちは寝ている二人を連れて逃げなさい」


 護衛の魔女のその言葉に、サムたちは衝撃を受けた。

 魔力が切れれば、魔女はただの女以下に成り下がる、とサムたちはフィーナに聞いていた。話には聞いていたが、無尽蔵かと思わせるくらい魔法を繰り出していたフィーナたちを見ていたので、半信半疑だった。だがどうやら本当のことだったようだ。事実、魔力が切れそうだと言った護衛の魔女は顔色が悪く、体を寒そうに震わせていた。

 

「そんな! あなたはどうするんですか!?」


 重装兵役が悲痛な面持ちで詰め寄る。

 そんなことわかりきっている。護衛の魔女は自信を犠牲にしてサムたちを救うつもりなのだ。


「私を見くびらないで欲しいな。一人ならなんとかして逃げられるから」


 護衛の魔女は青い顔をしながら気丈に微笑んでみせた。うっと何も言えなくなる重装兵役の肩を指揮官が叩く。


「落ち着け。現にこのままここにいても何もできないことには変わりないだろう。それにサムの傷も早く手当したい。戦況を打開するために、護衛の方の指示通り退く。いいな?」


 指揮官はこれは命令だ、と付け足すと、護衛の魔女に目で合図した。護衛の魔女もそれにしっかりと頷く。

 指揮官は上級貴族の子だ。自分が死ぬことによって、周囲にどんな影響があるのかよく理解していた。もし学院の実習試験の最中に自分が死ねば、その責任は教師であるフィーナ達が負うことになる。フィーナ達に迷惑が掛からないようにするためにも、自分たちは死ぬわけにはいかないのだ。

 重装兵役は悔しそうに歯を食いしばった後、無理やり納得するように頷いた。


 こうやって話し合っている間にも轟音は鳴り響いている。

 護衛の魔女はふぅ、と一息吐くと杖を固く握りしめた。杖の先、結晶魔分のついた先端部分がバチバチと音を立てて青い閃光を放ち始める。高温を発しているらしく、向こう側の景色が揺らいで見える。

 土壁が解け切り魔物の姿が見えると、護衛の魔女は杖の先を前方へ向けた。青い閃光が束となって魔物に襲い掛かる。


「走れ!」


 護衛の魔女が声高に叫んだ。

 失神した班員たちを担いだサムたちははじかれたように走り出し、一目散に魔物の背後、森の入り口へと繋がる道へ向かった。


 護衛の魔女が渾身の力を込めただけあって、今まで余裕の表情を浮かべていた魔物にも苦痛の色が走った。イラついたような低い唸り声を上げている。

 サムは痛む右腕を抱えながら、懸命に走った。横目で護衛の魔女を確認したが、力尽きたように地に伏していたのが見えて、サムは嗚咽を殺しながら走った。

 魔物の横を通り抜け、森の入り口を目指してひた走る。いける、と一瞬油断したせいだろうか、サムは足元のぐらつきを感じ、派手に転んでしまった。負傷した右腕に激痛が走る。


「サム!」


 指揮官が手を差し伸べるが、サムはその手を掴むことができない。伸ばした手の先に忌まわしい蛇が口を開かせて待っていたからだ。

 尻尾の蛇は地中を進み、またしてもサムたちの逃走を妨害してきた。先ほどのぐらつきは蛇が地中を這ったために起こったのだ。

 サムはどこまで邪魔をするのか、と蛇を憎々しげに睨み、指揮官に自分も置いて行けと目で合図した。指揮官は一瞬目を見開き、苦々しげに顔をゆがめた後、重装兵役の手を引っ張って駆けだした。蛇は二人の後を追いかけることはせず、サムだけを狙っていた。よほど目を抉られたのが不服だったようだ。

 サムは二人の背中を見送り、蛇と対峙する。蛇の右目には巻き削り用のナイフが突き刺さっており、赤い血が滴っていた。ガッと口を開けた状態で少しずつ近づいてくる。


「そんなに僕が憎いのか?」


 そう語りかけると、蛇は片目をぎらつかせて威嚇してきた。

 あれほど恐ろしかった魔物のはずが、今では大して自分が恐怖を感じていないことに気づく。死の淵に立っているからなのか、諦めの境地にいるからなのかサムにはわからなかったが、そんなことはもはやどうでもよかった。ただ睨み返すのをやめたくなかったので、自身の胆力には少しだけ感謝した。

 

 ずりずりと這い寄って来て蛇の口がさらに開く。サムの頭をすっぽりと飲み込んでしまいそうな大きさだ。

 蛇の牙が鼻先に迫り、サムはいよいよ食われるのかと身構えた。

 しかしサムが食われることはなかった。地面から巨大な岩の手が現れて、蛇の頭をむんずと捕まえたからだ。


「また蛇? つくづく縁があるね……っと思ったら尻尾だけか」


 ふいに上から声がして、聞き覚えのある響きにサムはバッと見上げた。

 

「サム君よく頑張ったね。あとは先生たちに任せなさい」


 そこには得意げな顔をみせるフィーナの姿があった。



これでかつる

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