20『使い魔契約』
次の日、フィーナ達はレーナの家の庭に集まった。三人とも使い魔との契約に興奮していた。
レーナは庭の丸テーブルに一枚の羊皮紙を敷いた。所々シミがついていたり、劣化していたりと年期を感じさせる。羊皮紙の中心には魔法陣が描かれ、中心には黒ずんだ跡があった。
「みんな契約したい使い魔は決まってるわね?」
三人は同時に頷くと、レーナは短い呪文を一言二言、唱えた。魔法陣が光だし、周囲を青く染めた。
「翼をつけたり角をつけると役に立つわよ」
「「「いらない!」」」
「あ、あら……そう」
レーナは少ししょんぼりとした。フィーナはレーナが厨二病をまだ抜けきれてないのではないかと気になってしまった。
「じゃあまずはお姉ちゃんのイーナからね」
イーナが頷いて魔法陣の前に立つ。
「使役したい使い魔を思い浮かべて、血を一滴この魔法陣の中心に垂らすの」
イーナは目を閉じて指を差し出すと、レーナは素早くナイフで指の腹を切った。イーナは少し眉を寄せたがすぐに真剣な表情に戻った。
魔法陣の中心にイーナの血がポタリと落ちた瞬間、魔法陣から強い黄色の光が溢れ出した。フィーナ達はあまりの眩しさに目を手で覆った。
光が徐々に収まり、魔法陣が元の青色の輝きに戻る。魔法陣の中心には見慣れない生き物がいた。
「まあ! 凄いわイーナ! フェアリーじゃない!」
レーナはパチパチと拍手をした。イーナは満足そうに微笑んでいる。
「母さんの持ってた本の中にフェアリーについて書かれたものがあったの。使い魔にするならこれだ!って思いだしたの」
フェアリーと呼ばれるその生き物は、手の平サイズの人形のようで、背中には透明な羽が左右に四枚別れてついている。体には白い布切れを巻いており、あたりをキョロキョロと見回すその姿はどことなくデメトリアに似ていた。髪は水色でクルクルとしたパーマがかかっていたが、艷やかで、太陽の光を受けてキラキラとまるで透き通った水面のように輝いて見えた。
「お姉ちゃんがあたしのご主人様?」
フェアリーがこてりと首を傾げて尋ねる。凄まじい可愛さに、イーナは苦しそうな声を出した。
(くっ……! さすが姉さん! 可愛い物好きだとは知ってたけどここまで可愛い物を突き詰めるとは!)
「可愛い〜。イーナらしいけど、これは反則的だね〜」
鶏肉命のデイジーでさえこの有様だ。
フィーナ達は困った素振りを見せるフェアリーをうっとりと見つめていた。
「フェアリーは中々見ることが出来ないから書物なんかで姿を確認するしかないの。それなのに召喚に成功させたイーナは凄いわね。あら? さっき翼は要らないって言ってたのに羽が付いてるじゃない。イーナもやっぱり私の娘ね!」
「フェアリーに羽が付いてるのは当然でしょ! 母さんみたいにトカゲに翼を付けたりしないって意味だよ!」
イーナはレーナの言葉に憤慨した。どうやらイーナにもこだわりがあるようだ。レーナは少し落ち込んでいた。
「母さん、この魔法陣って召喚魔法なの?」
フィーナは青く光る魔法陣を見ながらレーナに尋ねた。
「正確には召喚魔術を記した魔道具ね。召喚魔法は適正のある人しか使えないのよ。魔道具にすることで限定的ではあるけど、適性が無くても使うことができるの」
この世界の魔法には基本となる六魔法と、適性がないと使うことのできない特殊な魔法があるらしい。六魔法は火、水、風、土、雷、氷の六種で、得意不得意があっても魔女なら全員使えるようになるそうだ。
一方特殊な魔法は、召喚魔法のように術者が限定されるため、使い手は非常に少ない。基本的に家族やその子孫の一部に継承されていくらしい。
「ちなみに私も特殊魔法を使えるのよ。フィーナやイーナにもその素質があると思うわ」
レーナはそう言うと、イーナの未だ血がにじむ指を手で包んだ。淡い光が溢れ、レーナが手を離すと、イーナの指の傷が塞がっていた。
「特殊魔法の中でも最も種類の多い活性魔法という魔法よ。傷や軽い病気を治癒できるの。私はこの魔法と薬で村のみんなの体調を管理してたのよ」
フィーナはそれを聞いて妙に納得した。フィーナが転んで擦りむいたときも、木で引っ掻いたときも、次の日には綺麗に傷が治っていたのだ。おそらくレーナが寝ているフィーナに活性魔法で傷の治療をしていたのだろう。
特殊魔法は価値が高いため、あまり人に見せてはいけないらしい。レーナは普段、重傷者や重病者に対して活性魔法と薬を使っての治療を依頼されていたようだ。
レーナ曰く、人の身体や自分の身体に直接作用させる魔法が活性魔法と言い、治癒魔法はそのほんの一部らしい。他にも、身体の形を変えたり、怪力を身に着けたりと、活性魔法の幅は広いという。
特殊魔法というカテゴリの中に活性魔法というジャンルがあって、その中に治癒魔法があるということだ。分類がややこしいのはこの世界でも一緒か、とフィーナは嘆息した。
「次はデイジーがやるー」
デイジーが魔法陣の前に立った。イーナと同じように目を閉じて集中する。指の腹を切って血を垂らすと、今度は赤い光が溢れ出した。
「あら? これって―――――」
「らいおん!」
魔法陣の中から現れたのはデフォルメされた。ぬいぐるみのようなライオンだった。
「フィーナが描いてくれたやつ!」
分野長の依頼を受けている中、休憩でお絵描き大会をしたことがあった。デイジーはその時のライオンがとても気に入ったようで、部屋に飾っている。
ライオンは小豆のような目に、フサフサの鬣を持っている。尻尾は短く、口から丸っこい牙が出ていた。小型犬ほどの大きさの動くぬいぐるみにフィーナ達は歓喜した。
「デイジー! さすがだよ! 可愛い〜!」
「私のフェアリーを背中に乗せていい? お願い!」
「らいおんは強くて可愛いの〜」
デイジーはそう言うが、このライオンには獰猛さの欠片もない。女の子の部屋のベッドの上に飾られていても不思議ではないフォルムだ。
レーナは三人について行けず、苦笑していた。三人はしばらくフェアリーを小型ライオンに乗せたり、芸を仕込んだりと大興奮であった。
「でもこのらいおん?は喋らないわね」
「らいおんは無口なの! らいおん! 自己紹介して!」
小型ライオンがフェアリーを背中に乗せたまま頷いた。
「デイジー様に生み出された、らいおんだガオ。皆さんよろしくだガオ」
「ガオ……?」
「らいおんはガオー!って鳴くってフィーナが言ってたの!」
(うーん、それとこれは違うんだけどな〜。まあ、デイジーなら黒歴史にならないだろうし、語尾にガオなんて結構可愛いからいっか!)
「最後は私だね」
フィーナが魔法陣の前に立った。魔法陣はキラキラと青い輝きを放っていて、目の前に立つとその光に見惚れてしまう。フィーナは目を閉じて、指を差し出した。
レーナがフィーナの指を浅く切った。焼けるような鋭い痛みが指先から流れ、ジンジンとした痛みを伴う指先からポタリと血が一滴、魔法陣に落ちた。
蒼い色の光が溢れ出し、周囲を染める。フィーナはじっと目を閉じてイメージに集中していた。光が収まったのを感じ、目を開けると、イメージ通りの生き物が魔法陣に立っていた。
「これは……猫ね。普通だわ」
「フィーナならもっと変な生物を生み出すのかと思ったけど」
魔法陣の中で毛づくろいをする黒猫に、フィーナは大満足だった。
(魔女といったら黒猫よね! 前世から猫を飼いたいと思ってたし、凄く可愛い!)
「まるで本物の猫みたいだわ。召喚しやすいといっても本物に近い生物は難しいのよ」
「ご主人様に召喚してもらえて光栄ニャ」
フィーナはローブの内側から白いリボンを取り出し、黒猫の首が締まらないように結んだ。飼い猫の証である。
(やっぱり語尾はニャよね。デイジーのガオを聞いてからとっさに変更したけど大丈夫だったみたいだね)
三人は使い魔達を影に入れて、レーナに指の傷を治してもらい、名前を決める作業に移った。名前はすぐに決まった。
「フェアリーのエミー、らいおんのガオ、猫のミミね。皆、使い魔と仲良くするのよ」
「「「はーい」」」
「明日からは魔法を教えるわね。サナが手伝ってくれるから、村の外でやりましょう」
レーナが終いに手をパンと叩き、光を失った魔法陣を片付けた。