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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
王立学院と二つの影編
198/221

193『試験日』

 ネイサンの相談に乗った日からサムとネイサンは友達になったようだ。少し距離が近い気がしないでもないが、授業に支障があるわけでもないのでフィーナは放任しておくことにした。仲良いことは良いことである。

 ネイサンが女生徒を構うことがなくなったので、女生徒の内乱めいた争いが生まれるかとヒヤヒヤしたが、どうやらそれどころではないらしい。行儀作法の授業が始まったからだ。

 レイクラウド公爵夫人を筆頭とした上級貴族たちが女生徒たちの浮ついた性根を叩きのめしているようで、女生徒たちは毎日大量の課題を抱えて阿鼻叫喚の悲鳴を上げている。歩き方一つ、カップの持ち方一つで駄目出しされる世界である。女生徒たちの心労は計り知れないものがある。




「機関の入試とは内容がかなり違うよね」


「魔法云々の項目がないだけで、基本となっている部分は同じだよ。魔物の生態と対策、実践。機関の場合はこれに分野毎の専門知識が加わるの」


 フィーナとイーナは倒木に腰掛けて試験の内容を語り合っていた。デイジーは加わらず、石をひっくり返しては裏側にいた虫を観察している。試験会場となるのが森の中なので自由気ままである。

 学院に赴任してから順調にカリキュラムを消化中し、本日は試験日なのだ。生徒たちは真面目に授業を受け、今日という日に備えている。試験の内容と規模、そして気合の入り方が例年と違うので、学院側は今年の報告を心待ちにしているらしい。

 

 問題の試験の内容は当初の予定の通り、【魔物生態学】【指揮統率学】【野外演習】の総合的試験だ。魔物の出現を予測し、弱点と習性を理解し、部隊で連携してこれを倒す。

 魔物を倒すことができれば合格で、連携が上手く効率的な攻撃を行っていた場合には高得点となる。王都近辺の比較的弱い魔物が相手であり、さらにフィーナたちの主観で甘めに点数がつけられるため、余程のことが無い限り合格は確実だ。

 それでも魔法を使えない彼らには難しい試験である。学んだ成果を出せばいいだけとはいっても、予想外の出来事は起こりうるものだ。魔物が現れなければ何日も森で過ごすことになるし、日を跨げば天候も変わる可能性もある。この試験はあらゆる環境に適応できるかを見る機会でもあるのだ。

 今日は騎士団からも応援という名の野次馬が来ているので、普段と違い緊張感もある。が、生徒たちにとっては絶好のアピール機会でもあるので、この試験への意気込みはかなり強い。

 フィーナとしてはくれぐれも怪我のないように試験を終えて欲しいと考えているし、マイペースなデイジーはともかく、イーナはいつでも助けにいけるようクロスボウを担いでいる。短い期間だったとはいえ可愛い教え子に対する思いは過保護レベルの二人である。



「あ、一組目が来たみたい」


 一組目についていた護衛の魔女から使い魔による知らせが来て、フィーナたちは立ち上がった。

 昆虫観察に精を出すデイジーを無理やりひっぱり、リシアンサスに乗って空中から観察する。


 一組目はいきなりエリオがいる班だった。

 基本に忠実な指揮官、前衛二人、斥候一人、工作兵役一人という編成。

 彼らは斥候役の先導の後、森の中を慣れた脚ですいすいと進み、泉の(ほとり)に野営地を築いた。工作兵役が拠点の周りに罠や仕掛けを張り、他は飲水や薪を確保していく。かなり慣れた手つきである。おそらく何度もこの泉の畔で野営していたのだろう。

 エリオの班は最初から長期滞在を視野に入れているらしい。拠点周りの罠にかかれば簡単だし、水を飲みに来た魔物を狩れる可能性もある。その分危険はあるが、総合的に見ても良い判断だと言えるだろう。


「ここまで見て姉さんはどう思う?」


「うーん。悪くないんだけど泉は魔分が比較的濃いから野営地にするのはちょっと危険かな。殿下もそれをわかってると思うけど、経験則と他に候補が無いから仕方なくあそこにしたんだろうね」


 イーナは難しい顔で悩んだ後、ハッとしたように顔を上げた。


「でも森の入り口に近いから奥地の魔物は寄ってこないはず。うんうん、よく考えてるよ」


 イーナ曰く、今のところ満点に近い採点だという。

 合否は魔物の討伐で決められるが、こういった戦闘以外の事柄も加点されるので、エリオたちには頑張ってほしいものである。



「他の班も見てみようか」


「そうだね。エリオ殿下の班は問題なさそうだし、次を見に行こうか」


 火を起こし始めたエリオたちを最後にフィーナたちは他の班を探し始めた。

 護衛中の魔女に向かって飛べば楽に見つけられるので、探すのは容易だ。数分飛べばほとんどの生徒を確認できた。

 森での実習に慣れているためか、生徒たちの表情に気負いは無い。これならば程よい緊張感の中で結果を残せるはずだ。中にはこちらに気づき、手を振る生徒もいるくらいなので、心配することもなかったくらいである。


「あと見つかってないのはサム君の班だけかな?」


 フィーナが名簿を見ながら呟く。イーナはそれに頷くと、使い魔のエリーを呼び出し、護衛の魔女のもとへと送り出した。経過の確認のためだ。


「まだ出発してないということはないと思うけど、報告がないのは不安だね」


「また怪我してないといいけど」

 

 初日の野外実習では多くの生徒が何らかの怪我を負った。転んで膝を擦りむいたり、馴れない武器で手を切ったりと軽微なものばかりだったが、サムだけは魔物の攻撃で受けた怪我だった。

 魔物に受けた傷というのは騎士の中では勲章のような物らしく、周りの尊敬の念にあてられたサムは腹の青痣を見せては得意そうにその時の状況を語り、次は一撃で仕留めてみせると意気込んでいたのだ。あれから日が経っているし、経験も蓄えたはずなので無茶なことはしないと思われるが、少しばかり不安である。


「あ、戻ってきた」


 エリーが羽音を立てながらこっちに向かってくる。

 やはり自由に飛べる使い魔は便利だ。ミミやガオでは地を走ることしかできないので、こういった状況では使いにくいのが難点だ。

 使い魔を召喚する際、レーナが羽や翼を持った使い魔を勧めていた理由がよくわかる。地形に左右されないというのはかなり有利な点だ。


 エリーが風を切ってイーナのリシアンサスに停まる。肩で息をしていることから察するに、かなり急いできたようだ。サムたちに何かあったのかとフィーナたちの間で緊張が走る。


「大変大変! 赤毛の男の子の班が見たことのない魔物と戦ってるよ!」


「え!?」


 赤毛の男の子というのはサムのことだろう。あの少年は性懲りもなく知識にない魔物に手を出しているらしい。

 しかし見たことのない魔物というのは気になる。王都に程近いこの森で、新種の魔物に遭遇することなど普通はありえない。

 それに護衛の魔女はどうしたのか。もし新種の魔物を発見したのであれば、すぐに使い魔を送ってきても良いはずである。一切の報告もないのはおかしい。


「エリー、護衛の魔女は?」


「護衛の魔女も一緒に戦ってたよ。慌てて使い魔を送ったらしいけど、魔物に叩き潰されたんだって言ってた」


「ええ!?」


 魔女の使い魔を叩き潰す魔物など聞いたことがない。使い魔は魔力の塊で普通の生物と比べると存在が異質なので、魔物に襲われることが少ないのだ。

 魔女同士の争いであれば、情報伝達に使われる使い魔は優先的に潰されることもあるが、魔物との戦闘で使い魔を潰されるといった事例はまずない。


「エリーはよく戻ってこられたね」


 イーナが心配そうにエリーを抱き、小さい頭を優しく撫でる。


「この眼のおかげだよ。周囲の魔分の流れから攻撃してくることがわかったの。護衛の魔女が気を引いてくれて、その間に離脱したの」


「エリーが無事で良かった……」


 イーナが優しく微笑む。

 使い魔が死ぬことはないのだが、やはり叩き潰されでもするとショックだし、使い魔自体にも感情があるので悪影響を受けることは確かだ。使い魔だって死ぬのは恐い。具体的に言うと影から出ることを恐れるようになるのだ。

 そうなると一度潰された護衛の魔女の使い魔は主の影から出たがらないだろう。報告がなかったのもそのせいなのかもしれない。


「エリー、その魔物についてできるだけ細かく教えて。大きさ、色、元になった動物、攻撃方法、なんでもいいから」


「デイジーのパンチは効くかなあ?」


 フィーナとデイジーに詰め寄られたエリーは小さな体を仰け反らせた後、腕を組んでむむむと唸った。

 

「色んな魔物をごちゃまぜにしたような魔物だったよ。大きさは陸船くらいかなぁ」 

 

「結構大きいね。ゴル・スパーダかな?」


「うーん、それがよく分からないんだ。魔分の流れはスパーダ類と全然似てなかったんだけど、特徴は似てたんだよね。ちょっとしか見てないからまだ判断がつかないの」


 エリーの持つ【妖精の眼(フェアリー・アイ)】は魔力、魔分の流れを精密に読み取る。スパーダ類の体内魔分は色が二色に分かれているらしいが、その魔物は単一で同色だったそうだ。

 色々な魔物の特徴を持つといえばゴル・スパーダなのだが、エリーの目には違うように見えるらしい。

 だが外見的特徴はゴル・スパーダに近いため、非常に強力な個体だと予想される。魔女一人と騎士見習い数人ではどうにもならない相手である。至急助けが必要だ。


「ゴル・スパーダだとしたらかなり危険だよね。姉さんは他の護衛の魔女たちに生徒たちを連れて避難するよう伝えて。エリーとデイジーは私について来て。エリーは道案内。討伐できるかどうかの判断は感の良いデイジーに任せる」


「「わかった」」


 三人は二手に別れてリシアンサスを飛ばした。

 リシアンサスを操縦しながら真剣な表情でグローブを嵌めるデイジーの表情に心強さを感じつつも、情報が伝聞のみという見通し不明瞭な今の状況に、フィーナは底知れぬ不安感を抱えていた。



 

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