191『エリオの台頭』
サムの班が魔物に出くわしたと同時刻、エリオの班も同じく魔物と対していた。
敵はブルホーン。大柄で力が強いため非常に危険な魔物であるが、その肉質は程よく弾力があり、噛み応えがあるものの上質な脂も持ち合わせている。総じると美味である。
一匹から採れる肉の量も多く、人々の食を支えている魔物という一面もある。魔物であるため凶暴ではあったが、討伐する際には全く人間の役に立たない魔物よりかは喜ばれるという稀有な魔物だ。
魔女であれば様々な素材として活用できるだろうが、普通の人々はそうはいかない。魔女に売る以外に畑の肥やしにするくらいしか使い道がない物は多く、その点から言ってもブルホーンは食べられるだけあって有用な魔物だ。
そんな役得満載な魔物を眼下に、護衛の魔女は助太刀するべきか迷っていた。
イーナが行った授業の中ではブルホーンの対策も教えられている。しかし討伐難度は教えられた魔物の中で群を抜いて高い。
くの字に折れ曲がった角で突かれれば、成人もしていないような少年は容易く身体を貫かれ、息の根を止められるだろう。魔女にとっても時と場合によっては危険極まりない相手である。故に護衛役の魔女はブルホーンが現れた時、直ぐに班を助けようとした。
しかし、それを目で制したのは他ならぬエリオだった。
彼についてはデイジーから聞かされており、教官である三人から一目置かれていると知っていた。たとえ敬愛する教官たちの指導を直々に受けていたとは言っても、剣や槍で倒すには苦労するはずである。
さらに王族という立場もあるので危険な魔物を相手取らせるのははばかられた。
目で『助太刀不要』と制された魔女は苦悩したが、いつでも助けに入る準備だけを整えて、成り行きを見守ることにした。
「ブルホーンには無闇に近づくな! 前衛は回避することを優先しろ!」
「は、はい!」
指揮官役のエリオから明確な命令が飛び、前衛組が咄嗟に距離をとる。
ブルホーンは二本の角がついた頭を振り乱し、周囲の木々を傷つけた。
角によって木の肌が抉り取られ、こそぎ落としたかのような傷跡を残す。
ブルホーンの剛力に班員全員が息を呑む。そして命令を出したエリオの判断に感謝した。もし迂闊に近づきでもしていたら、あの無骨な角で八つ裂きにされていたことは明白だった。
故に班員たちは恐怖する。初めて目の当たりにする魔物なのだ。恐怖しないはずがない。
しかしエリオは闘志を漲らせていた。班員たちに静かに、かつ聞こえるように声を聞かせる。
「恐れることはない。ブルホーンの攻撃は近づかなければ直線的で避けやすい。木を背にして突進を躱した後、木に激突したブルホーンの首筋を狙え!」
「「「はっ!」」」
エリオが指示を出すと直ぐ様班のメンバーが散開する。
護衛の魔女は眼下で繰り広げられる統率劇に手のひらを汗ばませ、固唾を呑んで見守っていた。
「ブモオオオ!」
ブルホーンが雄叫びを上げて班員の一人、斥候役の人間に向かって突進する。
斥候役は一瞬恐怖で顔を引きつらせたが、ブルホーンを引きつけると横っ飛びで突進を躱した。はたしてブルホーンは大木に頭を強かに打ち付けた。
ブルホーンの角は一本が大木に突き刺さり、もう一本は激しい音を立てて半ばから折れてしまった。
「ブモオオオ……」
激痛に呻き声を上げるブルホーンは苛立ちを顕にしながら角を引き抜き、振り向こうとする。だが頭部の衝撃によって健脚はふらつき、がくりと膝を屈してしまう。角の根元からはだらりと血が垂れ、ブルホーンの視界を覆った。
「好機だ! 首筋を一突きしろ!」
「「おぉ!」」
重装兵役と軽装兵役の二人が剣撃と槍撃を与える。
子どもの腕でも振るえる最良の攻撃が突きである。
ブルホーンの首筋に刺さった一撃は動脈を断ち切り、夥しい出血をもたらした。
明らかな致命傷だったが、エリオは班員を退かせた。班員も素直にエリオの支持に従っている。
魔物の生命力は恐ろしいほど強い。それをエリオは身を持って知っていた。なまじ傷を負った魔物はやられまいと我武者羅な抵抗をするため、平常よりも型にはまらず厄介だと知っていたのだ。
エリオの判断は正解だった。
ブルホーンは猛り狂った目でエリオたちを睨みつけると、致命傷を受けているにも関わらず、そのまま三分間は立っていたのだ。一向に動く気配は無いが、目に曇りは無い。まだ闘争心を残している証拠だった。
もしブルホーンが動くのであれば、エリオもすかさず指示を飛ばしていただろう。動かないのであれば致命傷を負った敵の死を待つだけでいい。故にエリオは班員を待機させたまま待った。
三分間、睨み合いを続けた後、ブルホーンがやっとのこと倒れる。エリオたちは用心深く近寄り、槍で突いてブルホーンの死を確信すると、ホッと息をついた。
護衛の魔女は感心するように低く唸っていた。
魔法という力を使わない討伐方法としては最良だと思えた。
特に手傷を負わせてからの行動には賛辞を送りたくなるほどであった。
魔物の生命力は人間以上に強い。それは時として魔女を相打ちの形で殺めるほどであった。
護衛の魔女は肩を組んで喜ぶ班員に微笑みを向けた。
明らかな偉業である。討伐せしめた力量も凄いが、エリオの班がしっかりと統率がとれていたことも賞賛に値する。普通は死ぬ可能性すらある魔物を相手にして、指揮官の指示を忠実に守ることは難しいのだ。もちろんエリオが王族だからという理由もあるだろうが、それでもあの統率された動きは一朝一夕にできるものではない。
恐らくは何度も練習していたのだろう。
昨日の今日でこれなのだ。然るべき期間を訓練に費やせば、騎士団に及ぶのではないかと思わされた。
「けど、こんな大きな魔物だと持っていけないな」
「確かに………。殿下、こういった場合はどうするのでしょうか?」
「む………」
エリオは眉間に皺を寄せ、うぬぬと唸った。
「すまぬ、考えてなかった」
エリオが目尻を下げて謝ると、班員は呆然とした後、項垂れた。
護衛の魔女はその様子に苦笑しつつも、運搬を手伝おうと高度を落とすのだった。