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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
王立学院と二つの影編
195/221

190『二つの影』


 メルクオール王国の辺境にある墓地。臭気を発する沼と乾いた枯れ木と風化した墓石が連なるこの場所には、世を騒がせた大罪人たちが眠っている。鎮魂のため参る者は一人としておらず、濃い魔分のせいで盗賊すら寄り付かない、汚れた悪しき土地である。そんな暗鬱とした場所に、二人の魔女の姿が現れたのはフィーナたちが学院の教師となるより少し前のことである。


 一人は背の高い切れ長の目を持つ魔女で、もう一人は小柄で華奢な体つきをした魔女である。どちらも仮面をつけており、表情までは読めない。しかし、二人には共通している部分があった。それは仮面と首の隙間から見える青白い肌であった。

 二人の魔女は真っ暗な墓地の中、月明かりのみを頼りに何かを掘っていた。


「どう、先輩? 使えそう?」


「こっちの二体は駄目ね。完全に魂が離れてしまっているわ。腐食も随分と進んでいるようだし、それも当然といったところなんだけど。時間をかけ過ぎてしまったかしら」


 彼女たちの前には棺桶が三つ並んでいた。

 どれもここに眠っていた死体が入っている。ここに眠っていたということは言うまでもなく大罪を侵した極悪人であるのだが、彼女たちにとってはどうでも良いことだった。


「そっちの黒いやつはいけそうみたいね。

 ――――それにしても酷い見た目よね。傷だらけで元の顔なんて分かったものじゃないもの」


「傷痕はどうにでもなるわ。それよりこのノータンシア人に素質があるかが問題よ」


「かなり強い怨みを持ってそうだし、アタシはイケると思うんだよね。それにこの黒い肌。仲間になれば上手く使えそうじゃない?」


 小柄な魔女が膝に手をついて一つの棺桶を覗き見る。

 そこには凄まじい拷問を受けたであろう魔女の遺体が横たわっていた。もはや性別すら判断つかないくらい酷い有様ではあったが、特徴的な褐色の肌を持っていたことから、かろうじて南の国、ノータンシア連邦の人間だと推測することができた。

 小柄な魔女は屍の額に雫型の木の実のようなものを埋め込むと、汚れた指先をローブの端で乱暴に拭った。



「そうね。私たちは人前で仮面を外せないくらい青いから、このノータンシア人はその点有利だわ」


 そう背丈のある魔女が言い、木面を白く塗っただけのようなシンプルな仮面を指で鬱陶しそうに叩いた。


「けど、あれだけ手を貸したレリエートの幹部魔女もこれで全滅。もう少しやりようはあっただろうに、情けない。同じ魔女として恥ずかしいわ。やっぱり近年の魔女は衰退しているのかしら」


「アタシが生きていた頃から日和見な魔女はいたからねー。最近戦争もしなくなっちゃったし、魔女の出番も減ってるのかも」



「昔の魔女はもう少し気骨があったと記憶しているわ。振るわれる力は甚大で、人々は魔女の力に恐怖し崇めていた……。その時代の王族すら凌駕する偉大さを持ち、一度戦場に出れば、気の向くままに千や万の屍を築き上げたのは、遠い過去の話……もはや消え去った歴史の中だけの存在よ。あの頃は毎日が凄惨で生きていくだけで必死だったけど、退屈する暇は無かった。けれど今はあくびが出るほどに退屈な毎日ばかり……。

 いつから人間と仲良しこよしする魔女が蔓延るようになったのかしらね」


「アタシがそれを知るわけないでしょ。そんなの何百年も昔のことじゃない。アタシに聞かないでよ、先輩」


「そうだったわね。貴女はまだ百年と少しだったかしら? まだその程度(・・・・)だったのね」


「その言い方、年寄りっぽいよ、先輩。

 でも、最近悉く活動を阻害されてるのは、やっぱりアレが原因だよね。レンツの―――」


「アルテミシアよ……。本当に忌々しい奴だわ。彼女の監視の網を抜けるだけで途轍もない苦労をさせられるのに、その弟子まで羽振りを効かせ放題なんて。

 彼女たちのせいで計画が滞りがちになっているわ」


「ガルディアの魔妖樹を破壊されたのは痛かったよね。せっかく五十年もかけて準備したのにさ。

 レンツのアルテミシアをやっつけようにも、流石に件の魔女王の弟子を殺るには監視の目がキツすぎるし」


「まったくだわ。実験に使えそうな三叉首の大蛇も彼女たちに討伐されてしまったし、王国で魔術大会なんてものが開かれて国と魔女の関係を強化されるしで、もう最悪。メルクオール国内での活動はほとんど成果無しよ。

 まぁそれももうしばらくの辛抱。仲間もだいぶ集まってきたことだし、試験体もいくつか育成に成功しているから」


「あー、前に言っていた合成獣(キメラ)ってやつ? 凄いよねぇ先輩は。原生生物を作り出しちゃうんだもん。やっぱり魔女歴が長いと、そういう異端めいた事が難なくできちゃうのかなー」


「なんだか棘のある言い方をするわね。それを言うなら貴女の使う魔法も外道めいたものじゃない」


「外道で結構! アタシは自分の魔法が素晴らしいものだって信じてるからね。謗られても平気だよ」


 小柄な魔女は胸を張って言い、鼻を高々と持ち上げた。しかし、仮面で隠れてしまっているので、持ち上げたように見せたが正しい。


「そう……。でも私の近くでアレは使わないでくれると助かるわ。貴女は気にならないかもしれないけど、アレ、酷い臭いよ」


「ハイハイ。もう百年近く理解されないから諦めもついてるよ。大人しく、寂しく一人でやってくよ―――って先輩、そろそろ目を覚ましそうですよ」


「ようやくと言ったところかしら。ともあれ、おはよう、新しいお仲間さん」


 長身の魔女がそう言うと、三つ並んだ棺桶の内の一つが微かに揺れ動き、ボロボロの屍がむくりと起き上がった。

 ガサガサの黒い肌には焼き、抉られたいくつもの拷問の痕跡が痛ましく残っており、目は片方が空洞と化していた。


「あ――――う――」


 起き上がった屍が声にならない呻きを上げると、腐りかけた右腕がぼとりと棺桶の中に落ちた。屍は虚無を見つめるように自身の右腕があった場所を片目で見た後、落ちた右腕を拾った。


「あらら、元通りになるまで時間が掛かりそうね」


「ざっと二、三ヶ月ってとこかな? ひとまずゴールド・ソルシエールに連れて行く?」


「そうね。早く帰りましょう。アルテミシアに覗かれると不味いわ」


「そりゃ怖い。悪者は退散、退散〜」


 小柄な魔女と、長身の魔女は生き還った屍を棺桶ごと担ぎ、不安定な足取りでえっちらおっちら闇の中を歩いて行った。残されたのは空っぽの墓穴と、二つの棺桶と屍だけであった。





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