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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
189/221

184『賢者集会』

 国王からの依頼が終わってからも、フィーナ達は王都から離れなかった。いや、離れられなかったと言うべきかだろうか。

 長らく機関の教職を留守にしていたため、山積みの仕事を片付けなければならなかったのだ。

 製薬会社の運営と機関の教職。二足の草鞋を履きながらの生活は多忙を極めた。


 このままでは過労死してしまう、と危惧したフィーナは急遽、機関の教職の辞退を願い出たが、設立当初から幹部としての立場がある上に、寮を寝床として扱っている現状、フィーナの辞職願いは受け取られなかった。

 そこで、フィーナ達は家を購入した。


 場所はドナが隠れ家として使っていた屋敷の近く、王都の多くの貴族たちが別荘として拵えている区画の一部に建っていた、中規模な屋敷だ。

 貴族の別荘地なので、誰でも住めるわけではないのだが、フィーナ達は一応貴族階級であり、資金力もそこらの貴族と比べても遜色ないほど裕福だ。

 家を購入する際、商人が揉み手をしながら手続きしていたのを鑑みても、フィーナ達の待遇が立派なものであるとわかる。


 そんなわけでわりとあっさり家を購入でき、フィーナ達は揃って機関の寮から退寮した。

 後任の教官も任命し、これで後腐れなく機関の教職を降りれるかと思われたが、今度は生徒たちから「辞めないでくれ」と懇願された。

 イーナやデイジーも同様で、担当している分野の魔女たちから猛烈な退任拒否にあっていた。


 結局、フィーナ達は教官として名前だけを置いておくことになり、“依頼”という形を経て期間限定の教官となるよう説得もされ、現状、多少の忙しさから解放されたものの、依頼料の高騰が起こってしまった。


 通常、魔女の依頼料は難度や経験によって上下するが、その他の理由によっても大幅な値上がりを起こすことがある。


 危険な土地での採集依頼や獰猛な魔物の討伐依頼は依頼料も跳ね上がる。これは難度に関係している。さらに依頼の達成経験が多ければ多いほど、一回の依頼での料金は莫大となる。

 例えば、レンツで一番と噂される実力者のレーナに依頼した場合、一回で豪邸一軒が建てられるほど支払われることもしばしばだ。


 変わって、フィーナの場合、まず魔女としての実力はヴィオによって鍛え上げられたため精強。経験もそこそこあり、さらに貴族、機関の教官、国王の懐刀といった背景が起因し、従来の依頼料のおよそ数十倍にもなっているのだ。

 国王がエリオの教育を依頼した時の依頼料はおまけを追加しても金貨にして二千枚。

 現在はその倍が相場となっているといえばわかりやすいだろうか。


 ここまで高額の依頼料となると、一個人で到底賄えるものではない。

 必然的に、フィーナたちに依頼する“お得意さん”は王家や機関、王都魔術ギルドに限られるようになった。


 そんな大物となったフィーナの現在は―――


「最近は陛下の依頼ばかり受けてますね」


「ふむ。さもありなん。お前たちは少々便利すぎるからな」


 クラウスの治療を行ってからというもの、国王は事あるごとにフィーナたちに依頼した。

 王命ということもあって、失敗するわけにもいかず、フィーナたちはその全てを達成し、味をしめた国王は更なる依頼をフィーナたちに丸投げしていったのだ。


 騎士団の魔法に対する備え方を始め、大規模な開墾や砦の建築、果ては密書の輸送まで任される始末である。

 巷ではフィーナたちを“国王直属の魔女っ子”とまで呼ぶ者まで現れ、顔も売れてしまったためか、おいそれと外を出歩けなくなってしまった程だ。



「はぁ……。それで今回はどのような依頼でしょーか」


 半ば投げやりな感じでフィーナが尋ねると、ピボットが慣れた手つきで依頼書を手渡してきた。


 依頼の内容は『賢者集会の参加』だった。


「賢者集会?」


「左様。各国の知識人が集まり、談義、議論する場でな。今回は我と共にそれに出席してもらいたい」


「賢者なんて壮麗な名の付いた集会に、私なんかが出席してもいいんでしょうか?」


「確かに大それた呼称を使ってはいるがな。実際のところ、頭でっかちな者共が知識をひけらかして言葉遊びをする場に過ぎん。気に病む必要も無かろうというものだ」


「随分辛辣ですね」


「いけ好かない奴らの集まりだからな。前回、出席したときを思い出すと、腸が煮えくり返るわ。遠回しに我を無知な猿呼ばわりしおったのだぞ。本気で叩き斬ろうかと思ったわ」


「うわぁ……」


 国王の体験談を聞くと、あまりの酷さに出席したくもなくなる。

 つまりはフィーナをスケープゴートにし、国王は後ろでふんぞり返ろうという腹積もりなのだ。


 国王は一等の教育を受けているとは言え、背景は騎士団あがりの武人だ。

 蓄えた知識も国政のことならばまだしも、役に立つかどうかわからないような薀蓄(うんちく)をひけらかされては立つ瀬がなかったのだろう。

 それを知識人から遠回しに指摘され、あまつさえ猿に例えられたと言うのだから、国王が激怒するのも尤もだというもの。

 相手が他国の者でなければ、無礼打ちで即首と胴体がおさらばしていたであろう。


「今回の件はイーナやデイジーには荷が重かろうと思ってな。フィーナ、お前にだけ頼ることにした」


「姉さんはともかく、デイジーには無理でしょうね……。蔑まれていることさえ理解できないかもしれません」


「で、あろう? 日時は一週間後。場所は城の青龍の間で行うことになっている。遅れるでないぞ」


「はい……」


 フィーナは断る言葉すら言わせてもらえなかった、と嘆きつつも、力の無い返事をした。




 一週間後、フィーナは時間通りに登城した。

 青龍の間には十人ほどの人が楕円の卓を囲むようにして着席しており、いかにもインテリで御座いますといった雰囲気を醸し出していた。


「おや? お嬢さん、部屋をお間違えではないですかな?」


「ワシの孫と同い年くらいかのう。悪いがワシらはこれから熱論を興じるため、暇ではないのよ。遊び相手なら他所で探すが良かろう」


 数人の自称賢者たちがフィーナを横目で見て、鼻で笑う。

 フィーナはそれらの一切を無視し、卓の一席に着くと、侍女にお茶を用意させた。

 議論を交わせば必然的に口を開く回数も増え、喉が渇く。お茶を手元に置いておくという行為は、議論に参加するぞ、という意思表明であった。

 フィーナは暗に「自分もこの集会の一隻を担う者だ」と態度で示したのだ。


 これにはフィーナの動向を探っていた知識人たちも「ほう」と息を呑んだ。

 あからさまな挑発に身を焦がせば、所詮その程度。卓に座る価値もなし、と見做されるのが、この『賢者集会』だった。一種の通過儀礼というものである。

 本来、言葉には言葉で返すのがこの集会での醍醐味である。しかし、フィーナは敢えて一切言葉を発さず、意志を表明した。

 その度胸と新鮮さは周囲の知識人を刮目させた。



「沈黙で語るか……。面白い」


 一人の知識人がおもむろに切り出すと、周囲知識人もフィーナを興味深げにロックオンした。

 


(なんか見られてるなぁ。ただ喉が渇いていたから、お茶を頼んだだけなのに)


 知識人たちの思惑とは外れ、フィーナは単に口渇を潤したかっただけであった。

 こうして賢者たちと、どこか一調外れているフィーナの談義が始まった。




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