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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
188/221

183『報告』

 

 クラウスの体調が回復し、怪我を負った騎士たちの治療も滞りなく終わった頃、グスタフは国王へと報告するため王城に赴いていた。

 本来ならば書簡に認めて送るのが常だが、今回は医局の失態のせいもあり、グスタフ自らが赴いたのだ。



「原因不明の病とやらは完治したのか?」


「はっ! 陛下の支援もあり、予後は良好です」


「そうか。我が遣わしたフィーナ達は助けになったか?」


「それは勿論。私が彼女たちと治療にあたっている間は、自らの不勉強を常々感じておりました」


「宮廷医局長にそこまで言わすとはな。フィーナが建てた製薬会社とやらにも出資した方が懸命か。グスタフよ、どう思う?」


「出資も賛成ですが、それよりも医局にも魔女を入れた方が良いと愚考致します。これから診療や手術にも多くの魔道具が使われるようになるでしょうから」


「そのための魔女の入局か」


「はい」


 魔女と医局では医療の体系が根本から違う。

 魔女が魔法や魔道具を使って診察、治療を行うのに対して、医局では触診、視診、聴診などで診察し、古来から伝わる薬や手術などで治療する。

 そのような二つの異なる医療体系を混合させよう、とグスタフは考えているのだ。

 魔女を入れることで、従来のやり方と齟齬が生じ、多少の混乱は起こりうる。しかし、グスタフはそれでも利が大きいと判断していた。


「今回の病は医局の不勉強によって引き起こされたものです。陳情するのも憚られる思いですが、何卒お考えください」


 傷口の洗浄が甘かったため、国の戦力である騎士に余計な病を発症させてしまったくせに、どの口が言うか、と国王の叱責が飛ぶことを覚悟した上で、グスタフは戦々恐々とした気持ちで、口上を述べていた。


「よい。機関と魔術ギルドには通達しておく」


「あ、ありがとうございます」


 しかし、あっさりと陳情が通ったことに、グスタフは面食らった。

 グスタフは文官系の貴族であり、さらに不始末を冒した医局の長である。こんなにあっさりと要求が通るなど、予想していなかった。



「人間誰しも間違うことはあろう。同じことを二度間違えなければ我は何も言わん。それに今回の遠征は秘匿されていたからな。他所からの力を借りるなと厳命したことで、医局には無理難題を押し付けてしまったのではないか、と不安に思っていたのだ」


 遠征に赴いた騎士団はゆうに八百人を超える。

 怪我人は軽傷者を含めなくても百を下回らなかった。故に、医局では対応しきれないのではないか、と国王は不安視していたのだ。

 さらに遠征の内情も詳しく説明していないため、何故遠征訓練でこんな大怪我をするのか、と疑問に思われても仕方なかった。

 しかし、医局は負傷者の手当てを最優先とし、細かい事情の追求は怪我を負った原因だけに(とど)めた。

 国王はこの配慮に心底安堵し、多少の失敗くらい水に流すと決めていたのだ。


「め、滅相もありません! 我ら医局の者どもは難題なれど、大功を得たと喜んでおります!」


「フフ、これからも期待しているぞ。グスタフよ」


「は、ははっ!」


 国王は居直して椅子に深く腰掛けた。

 国王がゆったりと腰掛けたことで、先程より幾分か柔らかい雰囲気が流れ始めた。



「……しかし、久しいな、グスタフ。こうして顔を合わせるのはいつぶりだろうな」


「父が昇爵した時ですから、二十年ぶりでしょうか。あの頃は陛下も私も幼かったですね」


 ゆるい雰囲気から繰り出された言葉に、グスタフは心持ち穏やかに答えた。


「ああ。幼かった。何も知らない無知無能の小僧だったよ。だが、あの頃より楽しかったことは我の記憶上ない」


 メルクオール王家は先代、先々代に渡って騎士派の貴族と懇意にしており、今代であるヨハン・レーゲン・メルクオールも騎士団の出である。

 故に、数世代に渡り派閥争いが絶えず起こり、王家とグスタフ侯爵家の対立もその内の一つであった。

 しかし、当時の国王とグスタフ侯爵は幼いが故に、互いの家が対立関係にあることを知らなかった。

 グスタフ侯爵家が表立って王家と対立していたわけではないので、幼い二人の耳に入らなかったのも無理はない。もしくは、互いの親が子に悟らせぬよう情報を封殺していたのかもしれない。


 そんな背景があり、次期国王であるヨハンと次期侯爵であるクロップ・グスタフは良好な関係を築き、時には二人で悪戯を計画するようなやんちゃ坊主に育った。

 

 しかし、二人が成長し、家の名を背負い出すようになってからは交流も途絶えてしまい、疎遠になってしまった。

 ヨハンが国王となり、クロップが侯爵家当主となった頃には互いに顔を合わせる事もなく、唯一ある交流といえば、報告書を人を介して伝え見るのみだった。

 

 そんな寒々しい関係に変化が訪れるきっかけとなったのは、フィーナによる製薬会社の設立だった。

 国王が信頼を寄せる魔女はあろうことかレイクラウド公爵を筆頭に、次々と文官系貴族を雇い始めたのである。

 これには両陣営が驚愕した。


 しかし、これを機と見たのは他ならぬ国王だった。

 国王はメルクオールを一枚岩とするべく、ゴブリン討伐遠征で負傷した騎士たちを、文官系であるグスタフ侯爵を医局長とする、宮廷医局に治療させた。

 遠征の詳しい内情は伏せられていたが、宮廷医局を動かしたということは真っ先に国内の貴族達の中で噂となった。


 これまで騎士系のトップと称されてきた国王が文官系の貴族を重用したことで、両陣営の不和は限りなく下火になったのだ。



 グスタフには国王の言葉が「お前と一緒に悪童をやっていた時が一番楽しかった」と当時の声色で脳内再生された。

 懐かしさが胸中に溢れ、何かがこみ上げてくる。


 下を向いて鼻をすすり、グスタフは震える声で「私もです」と呟いた。


 国王は悪童のような子どもっぽい笑みを浮かべ、それに答えた。





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