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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
182/221

177『マリエッタとレイクラウド公爵』

連日更新。長いです。

 マリエッタと話し合ってから数日後、レイクラウド公爵の所在が判明した。

 マリーナの人身御供のお陰で、活動範囲を絞れたのが大きかった。マリーナの精神には大きな負担になったかもしれないが、接客業とは多大なストレスが付き物である。マリーナには必要な犠牲として諦めてもらおう。


 レイクラウド公爵は宿場町である【レンツの町】の魔道具店付近にある宿に滞在しているらしい。

 連日、魔道具店へと足を運び、マリエッタが開発した魔道具を買い漁っているらしく、お陰で魔道具店の売り上げは過去最高なのだとか。

 流石は公爵といったところか。性格はともかく、金持ちであるのは間違いなさそうだ。


 レイクラウド公爵に約束を取り付ける為、手紙を用意したのだが、渡すのには随分苦労した。

 最初は魔道具店のアルバイトをしているマリーナに頼もうとしたのだが「もう近づきたくありません」と固辞された。

 その他の魔女に頼もうとしても、皆「あの人の相手はちょっと……」と嫌がり、受け取ってくれなかった。

 仕方がなかったので、魔鳥を使って送ってもらったのだ。


 ちなみに返事は、マリエッタについて尋ねる文章が震える字で再三に渡って書かれており、フィーナは会合の了承を読み取ると、手元に残すのも気味が悪かったので、呪物を火に焼べるようにして灰にした。



 そして会合の日。

 フィーナ、マリエッタ、キャスリーン、レイクラウド公爵の四人は、魔道具店の一室で顔を合わせた。


 この部屋は普段、魔女同士が交渉に使う部屋で、多少荒事が起きても大丈夫なように頑丈に造られている。

 魔女の荒事というと、魔法の撃ち合いになるわけだが、何故魔法を使えないレイクラウド公爵との会合にこの部屋を選んだのかは、魔道具店の店員にしかわからない、何かがあったからなのだろう。


 マリエッタとレイクラウド公爵は十数年ぶり、キャスリーンとフィーナに至っては初対面である。

 マリエッタとキャスリーンが隣同士並んで座り、レイクラウド公爵はテーブルを挟んで、その対面に位置する場所に腰掛けている。

 フィーナは進行役として、いわゆる、上座の位置に座り、この会合を見守る役目を担っている。


 お互いが緊張した面持ちで顔を合わせ、どちらが先に口を開くのか、とフィーナはわくわくしながら待った。


「えっと……貴方がわたくしの父親ですの?」


 意外なことに、初めに口を開いたのはマリエッタでも、レイクラウド公爵でもなく、キャスリーンだった。


「あ、ああ。そうだよ。君はキャスリーンだね? 私とマリーの子。マリーに似てとても綺麗だ」


「あ、ありがとうございますわ」


 普段のキャスリーンからは考えられないくらい、ぎこちない。

 曖昧な微笑みを浮かべ、他人行儀な礼に留めている。

 実の父とは言え、キャスリーンにとっては知らない男性だ。ぎこちない仕草になるのも当然だろう。

 しかしフィーナはそんなぎくしゃくした親子関係も、少し羨ましい気持ちになった。


 本来ならば、魔女が父親に会うことはそうない。

 旅の途中、偶然に、ということもあるだろうが、そんなことはほんの一握りだけだ。ほとんどの場合、父親と出会うことすらないのだ。

 フィーナもそれに洩れず、だからこそキャスリーンを羨ましく思ったのだ。



「マリーは……元気だったかい? レンツはレイマン王国の魔女に襲撃されたと聞いたが……」


「ええ、元気よ。襲撃されたと時はわたくしもキャシーも王都にいたの。だから被害は住んでた家だけで済んだわ」


 マリエッタの口調がいつもと違うことに、フィーナはここで気がついた。

 見せる表情も、フィーナが今まで見たことのない表情ばかりで、こんなに表情豊かな人だったんだ、とフィーナは感心した。


「王都にいたのかい? 知らなかったよ。家はもう建て直したのかな? まだだったら、私にも援助させてくれないかい?」


「貴方は公爵だもの。知らせるわけにはいかないわ。家の方は心配しないで。私達、魔女にかかれば、家の一軒や二軒、簡単に建てられるのよ。ね? キャシー?」


「はい。お母様」


 こうして見ると、レイクラウド公爵は意外とまともに見える。

 いつ化けの皮が剥がれるのか。フィーナは観察したが、全て本心のように見えた。

 もしかすると、レイクラウド公爵はマリエッタと離れれば離れるほど、行動が変質するのではないだろうか。

 今のところ、マリーナに聞いた、変態的な行動は見せていないので、フィーナとしても安堵の心境である。



「ハハハ。そうだったね。いやぁ、昔を思い出すよ。マリーの話はいつも刺激的で、とても面白かった。初めて会ったのは、私が主催した夜会だったね?」


「ええ。わたくしが作った香水が、お世話になっていた貴族のお嬢様方の評判になって、その伝手で参加させてもらったのよね。そこで、貴方ったらいきなり『とても甘美な香りだ』なんて言って、わたくしを口説きにくるんだもの。びっくりしたわ」


「ハハハ。若かったんだ。今はもっと気の利いた台詞で口説いてみせるよ」


 

 フィーナはそんな会話を聞き、口から砂糖を吐き出しそうになった。

 このままでは、この甘々な空間に耐えられそうにない。

 頼みのキャスリーンも、父と母の馴れ初めをキラキラした瞳で聞いているし、止める者がいない今、マリエッタとレイクラウド公爵の昔話も止まることはない。


 なんの事はない。マリエッタもまた、レイクラウド公爵のことを愛していたのだ。

 表情を見る限り、それは今も変わらないようだ。

 ドロドロとした愛憎劇が繰り広げられるかと不安だったが、結果は砂糖を吐き出したくなるような甘々展開だったらしい。

 店員がこの部屋を用意したのも無駄になりそうだ、とフィーナは花を咲かせる二人を空虚に見つめた。



「お母様とお父様のお話が聞けて、わたくし、とても嬉しいですわ。ですけれど、どうしてお母様はお父様に卒無い返事をし続けたのですか? わたくしが生まれてから十年以上。話を聞く限りでは、お母様もお父様のことを愛してらっしゃったのですよね?」


 おっと、流れが変わったようだ。

 マリエッタとレイクラウド公爵の間の華やかなムードは一瞬で冷めきり、過去から現在へと一気に場面転換した。

 キャスリーンは狙って言ったわけではないにしても、レイクラウド公爵が手前にいる分、マリエッタには答えにくい質問だ。

 しかし、今回の問題を解決するには言及する必要のある、鋭い質問である。


 故に、マリエッタは言い淀み、レイクラウド公爵は聞きたいけど聞きにくい、そんな渋い顔を両者は作っていた。



「……そうね。愛していたわ。いえ、今も愛しているわ。けれど、ベンは貴族の中でも、位の高い公爵。一介の魔女である、わたくしには初めから釣り合ってなかったの。だから、わたくしは子どもを身籠っても身籠らなくても、ベンの元からは離れようと思っていたのよ」

 

「お母様はわたくしが身籠って欲しくなかったのですか?」


 キャスリーンが泣きそうになりながらマリエッタに尋ねる。


「そんなことはないわ、キャシー。貴女はわたくしの大切な宝物よ。貴女が生まれたことで、わたくしは満足したの。貴女の幸せの為なら、ベンの思いを断るのも厭わない。そう決心していたの」


 なるほど、とフィーナは納得した。

 マリエッタがレイクラウド公爵を愛しているというのは事実だろう。

 しかし、レイクラウド公爵の立場上、マリエッタと添い遂げることは難しい。そう判断したマリエッタは、自ら退いたのだ。

 しかし、既にキャスリーンを身籠っており、マリエッタはその思いを一層強くして、レイクラウド公爵の誘いを断り続けたのだろう。

 マリエッタは、貴族社会という魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蔓延する世界に、キャスリーンを巻き込みたくなかったのだ。


 だが、マリエッタの行動は一見、良い行動に見えるが、レイクラウド公爵の気持ちを考えていない。

 マリエッタがきっぱりと別れを告げなかったせいで、レイクラウド公爵はマリエッタを忘れられず、現在のように拗れている。

 レイクラウド公爵が公爵という立場を重んじていれば、今回のような騒動は起きなかっただろうが、「貴方なんて嫌い」と悪女を演じきれなかったマリエッタも悪い。

 どちらかというと、レイクラウド公爵の方は責任があるので、レイクラウド公爵の方が悪いと思う。

 女性として、マリエッタの気持ちも分かるというのも判断に入る。


 とは言え、どちらが悪いかなんて問題ではなく、本題は「この騒動をどう鎮めるか」なので、フィーナはこの会合の終着点を測りつつ、どう鎮めるか、を考えていた。



「待ってくれ。確かに私は公爵だ。マリーとの恋愛も望まれないものなのかもしれない。だが、きっと不自由はさせない。約束するよ。キャスリーンと一緒に私の屋敷に来てくれないか?」


 マリエッタの意志が固いと見たのか、レイクラウド公爵は少し焦り気味に切り出した。

 しかし、返答するマリエッタの表情は暗い。


「貴方はきっと便宜を図ってくれると思うわ。信頼もしてる。けど、貴方の周囲はそうではないでしょう?」


「それは……」


「わたくしが貴方の屋敷に滞在したこともあったわよね。その時、わたくしは色々と心無いことを言われたわ。わたくしは貴方がいれば耐えられるけど、キャシーは違うわ。キャシーには辛い思いはさせたくないの」

 

「話せばきっと分かってもらえる! なんなら、私の屋敷から君たち以外を追い出したっていい! そうすれば何の憂いもないだろう!?」


「……そうね。でもそれは私と貴方が生きている間だけよ。残されたキャシーはどうなるの? キャシーの子どもは? ……どうにもならないじゃない」


「くっ……」


 レイクラウド公爵は俯き、マリエッタも気まずさから目を伏せた。

 

 公爵という身分は尊大で、キャスリーンでは手に余る。

 公爵の継嗣(けいし)は、既にレイクラウド公爵の甥と決まっているが、隠れた実子というのは例え継承権が決まっていたとしても、家を揺るがす火種になる。

 怖いのは、周りの大人たちがキャスリーンを担ぎ上げ、お家騒動を起こすことだ。


 そうなれば国も荒れるし、レンツだって他人事では済まされない。



(ここが終着点かな……)


 マリエッタはキャスリーンを第一に考えている。レイクラウド公爵のことも好いてはいるが、キャスリーンの幸せを取るために、公爵家へと入ることはない。

 キャスリーンと離れることもしないだろう。

 

 レイクラウド公爵はマリエッタとキャスリーンに公爵家へと入って欲しいと考えている。

 しかし、マリエッタの言い分も理解しているようで、退きたくはないが、退かざるを得ない状況にある。

 結果としてはレイクラウド公爵が涙を呑んで王都に帰ることで解決することになる。


 フィーナはこれ以上進展がなさそうだと考え、会合を締めようと身を乗り出した。


「あの、そろそろ時間ですし、会合も締めようと、思う……のです……けど……」


 フィーナの言葉は段々と尻すぼみになっていった。 

 さっきまで甘々だった雰囲気は、まるで曇天の空のようにどんよりとしており、マリエッタとレイクラウド公爵、二人の沈痛な表情はフィーナの胃袋までキリキリと締め上げた。

 

 キャスリーンに至っては「フィーナさん、何とかしてくださいまし!」というのが表情からはっきり伝わってくるし、泣き出しそうなマリエッタの表情を見ると、ボディーブローを撃たれたようにずしんと気が滅入った。


 仕方ないな、とフィーナは気持ちを切り替え、頭を掻きながら打開策を捻り出した。

 

「ふぅ……レイクラウド公爵」


「な、なんだ?」


「確か、レイクラウド公爵家は文官系の貴族の指導者的存在なんですよね」


 国王から聞いた情報だが、極秘というわけでもない。茶会やパーティーの規模を客観的に観察していれば、誰でも気づく、そんな程度のものだ。

 しかし、貴族が敬遠する話であるのは確かのようだ。

 現に、レイクラウド公爵は訝しげな目でフィーナを見ており、その目は百戦錬磨の貴族の目になっていた。


「まあ、我がレイクラウド公爵家は昔からメルクオール王国の中枢に携わってきたからな。交友は幅広いと自負している」


「では例えば、どんな交友関係をお持ちでしょうか?」


「質問を返すようで悪いが、それを聞いて何になる?」


 怪しむのは仕方ない。

 フィーナはレイクラウド公爵と面識も何もなく、ただこの会合を傍観していた少女に過ぎない。

 そんな少女が突っ込んだ内容を聞いてきたら、貴族なら誰でも警戒して当然だろう。


「あなたがマリエッタさんに会う口実を作れるかもしれません」


 レイクラウド公爵の問いに、フィーナがあっけらかんと答えると、レイクラウド公爵はあんぐりと口を開けた。


「ほ、本当か?」


「毎日会えるというわけではありません。けど、数ヶ月に一回くらいは会えるようになると思います。さらに、レイクラウド公爵の力の入れ具合によっては、もっと機会は増えるでしょう」


「何でも聞いてくれ! 私の知っていることは全て吐く!」


「わたくしからもお願いするわ。どうすればベンと会えるの?」


「フィーナさんが何か思いつきましたわ! お母様、お父様、もう安心ですわ。やっぱりフィーナさんはわたくしが思った通り、最高のお友達ですわ!」


 フィーナは身を乗り出す三人を、どうどうと窘め落ち着かせると、レイクラウド公爵に一つ一つ質問を投げかけた。



「レイクラウド公爵、あなたの家と交友のある文官系貴族と、その役職を教えて下さい」


「ううむ、懇意にしているのは宮廷医局長を務めているグスタフ侯爵、宮廷薬師のアルマーク伯爵、それから国内一の小麦生産量を誇る、東のバンドール子爵といった面々だな。他にも書記官や事務官などとも交友がある」


「わかりました。ではそういった人達の役職は後継によって決まるのですか? それとも任命ですか?」


「基本的には後継だ。私達の家々にはそれぞれ特色があって、どの家がどの部分に強いというのが、はっきりと分かれている。地方領主貴族の場合はその限りではないがな」


「なるほど。ありがとうございます。では引退した文官系貴族はどうしているのですか?」


「引退した場合は領地に引っ込むか、領地を持っていない者は王都で後進の育成をしている。私も引退した祖父から仕事を教わった」


「わかりました。質問を終わります」


 フィーナは質問を終えると、ニヤリと笑い、レイクラウド公爵にサムズアップした。


「それで? マリーと会う口実とはどんな方法なのだ?」


「実は私、今、新しい研究所を建設していまして、そこの研究員を募集してるんですよ」


「研究所? 私にそこで働けと言うのか?」


 レイクラウド公爵が困惑気味に答える。

 新しい研究所は創薬、製薬を重点に置いた、専門分野だ。レイクラウド公爵が入る余地は最初からない。


「違いますよ。レイクラウド公爵には、さっき言っていた文官系貴族の子弟や、引退した貴族たちに声を掛けてほしいんです。そして、ゆくゆくはレイクラウド公爵には、王都の、主に貴族関係の窓口になってもらいたいですね」


「私がその椅子に座れと? 君は新しい役職を用意しようというのか? 私にも王国議会を束ねる仕事がある。暇ではないのだぞ。それに、陛下が許すはずがない」


 その仕事をほっぽり出して、マリエッタに会いに来たのはどこの誰だ、と言いたくなったが、フィーナはすんでの所で言葉を飲み込んだ。


「ゆくゆくはと言ったじゃありませんか。数年後……くらいに、家督を譲って、その職に就けばいいんです。本拠が王都でも、様子見で何度もレンツへ来れますよ。もちろんマリエッタさんに会うことも可能です。国王陛下には私から話します。文官系貴族の伝手が出来ると知ったら、陛下なら大喜びする筈です」


 国王は文官系貴族との摩擦にかなりあくせくしていた。新しい研究所を介してだが、文官系貴族の伝手を得られるのは嬉しいはずだ。そうフィーナが語ると、レイクラウド公爵は確かに、と神妙に頷いた。


「なんと………そんな方法が! そうか! マリーに会いに行っているわけではなく、仕事として赴いていると対外的に示すのだな! わかった! 任せたまえ。思い当たる貴族が数人いる。必ず優秀な人材を派遣しよう」


 こうして、フィーナとレイクラウド公爵は固い握手を交わすのだった。




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