18『フィーナの作戦』
デメトリアに向き直ったレーナは昨日の夜、起こったことを詳しく話した。デメトリアはうんうんと頷き、顎に指を当てて考えふけっていた。
「声に聞き覚えはないのか? 髪を操る魔法など聞いたことはないが、魔女には違いないのか?」
「魔女に違いないと思います。声には聞き覚えありませんでした。おそらく他国の魔女だと思います」
「他国……か。レイマン王国の魔女かもしれんな。だが他の国の可能性も捨て切れん」
「あの、ちょっといいですか?」
フィーナは悩むデメトリアに自分の考えを伝えるべく、小さく手を上げ、デメトリアに発言した。
「ん? なんだ?」
デメトリアは眉をピクリと上げ、横目でフィーナを見る。フィーナは深呼吸して自分の考えを言った。
「侵入者はレイマン王国の魔女の可能性が高いと思います」
周囲がざわりと騒ぐ、たった十歳の見習い魔女がレイマン王国の魔女の可能性が高いと言い切ったのだ。その根拠次第では、明らかにレイマン王国がメルクオール王国に敵対行動をとったとされる。その意味することは戦争に直結しかねない。
「ふむ、何故そのように思う?」
デメトリアは真剣な眼差しでフィーナを見つめる。レーナは心配そうにフィーナを見るが、フィーナはレーナに微笑むと、周りを見渡し切り出した。
「その侵入者が最後に言った捨て台詞が根拠になると思います」
『覚えていろ! レンツのゴミムシ共! お前ら全員捌いて魔物の餌にしてやるからな!』
周囲はレーナから伝えられた、その捨て台詞を頭の中で反芻した。デメトリアがはっと顔を上げる。
「レンツのゴミムシ共と言っていたのだな? レーナ」
レーナはこくりと頷くと、デメトリアは厳しい顔をした。
「なるほど。何らかの任務に失敗した負け犬の捨て台詞かと思っていたが、なかなかに意味深い」
「どういうこと? 姉さん?」
スージーがデメトリアに尋ねる。見た目は祖母が孫に尋ねているようで、中々に滑稽だ。フィーナ達三人は慣れていないので、その光景に笑ってしまいそうになったが、他の魔女達は慣れているのか、特に気にする素振りは見せない。
「うむ、レンツを親の敵のように叫ぶとなれば理由がいるだろう。レイマン王国の、レリエートの魔女達はレンツの魔女達を毛嫌いしている。もともとレンツの村を作った祖曽様はレリエートを抜けた魔女だったのだ。レリエートの魔女達は自分たちを裏切った祖曽様と、祖曽様が作ったレンツに住むものまでも嫌っている」
「つまりレリエートの魔女が侵入者であると?」
「うむ、フィーナの言った通り可能性は高いな」
デメトリアはこめかみに指を当て、これからの対応を考えていた。他国の襲撃となればメルクオール王国の国王にも報告しなければならない。自分の実験のせいで、村の魔女達や国にまで迷惑をかけてしまうことに頭を悩ませた。研究資料を破棄しても、デメトリア自身が狙われることには変わりない。実力者であるレーナが目を覚ましたといっても、村の戦力は心もとない。
「メルクオール王に早急に報告せねばな……またすぐに襲撃があるかもしれん」
「いえ、それはないと思います」
再びフィーナが発言し、周りがざわめく。
フィーナは淡々と説明し始めた。
「その侵入者はなぜこの家に侵入したのでしょうか? ギルドマスターの若返り研究が欲しいのなら、魔術ギルドに向かうはずです」
デメトリアは無言で頷いた。確かにデメトリアの研究資料を盗むのであれば魔術ギルドに向かえばいい、しかしレリエートの魔女はそうしなかった。
「この家は祖曽様の家だったと聞いています。母さんがここで養生していたとも。祖曽様は私を病から救うために無理をなさって亡くなったとも聞いていますが、それはまだ一月と半月前の事です。おそらく侵入者は祖曽様に用があった、もしくは祖曽様の家に用があったのでは無いでしょうか?」
「確かに……祖曽様が亡くなったことは王国にも報告しておらん。素晴らしいお方だったが、一介の魔女に過ぎなかったからな……。王国に報告するまでもなく、内々に処理すべきと思っていた」
デメトリアは椅子に腰掛け、腕を組み直す。
「しかし、祖曽様に用とはなんだ?」
「祖曽様はフィーナの命を救うほどの魔法を使えます。それに私の師匠でもあります。祖曽様ほどのお人がこの村にいるというのが脅威に感じたのではないでしょうか」
スージーがむぅと悩みながら口にした。デメトリアも頷く。
「レリエートの魔女達は祖曽様が亡くなった事を知らなかったのだろう。しかしいくら祖曽様が生きていても、齢百を越える長命だ。とてもレリエートの魔女全員は相手に出来ないだろう」
「しかし、昨日の夜、母さんが簡単に撃退してしまいました」
全員がフィーナの方を見る。祖曽とレーナには特に関係がないと思っていたが、フィーナにはここが一番大事だと言わんばかりに、ゆっくりと息を吐いた。
「今回侵入した魔女はこう思ったでしょう。『自分の侵入を気づかれ、しかも姿まで見られてしまった。目が眩んで相手の姿も確認できていない。自分の侵入を簡単に見破り、撃退するほどの力を持つ魔女……この者が祖曽なのか?』と」
フィーナの言葉にレーナが目を丸くした。確かにレーナの姿は見られていない。声も起きたばかりでか細くなっていたと思う。
「もし相手が母さんを祖曽様と勘違いをしなくても特に問題ありません。母さんは無傷で撃退し、相手はその実力を知った。侵入任務を下されるような魔女なら、優秀者の中のさらに優秀な者だと思います。そんな相手を撃退した母さんに、おそらくレリエートは対応を悩ませるでしょう」
周囲はフィーナの推論を真剣に聞いていた。レーナでさえも驚きながらもフィーナの話しに聞き入っている。
「ギルドマスター、魔女が任務や依頼に失敗したら、過酷な調査や強い魔物の討伐を任されるんでしたよね?」
「ん、ああ。レンツの村だけではなく、昔からそのような風習があると聞いたことがある。しかし、レリエートもそうとは限らんぞ」
フィーナはゆっくりと首を振った。
「レリエートはレイマン王国から援助を受けていると聞きました。今までそれほど有用視されていなかったレリエートは、何より結果を欲しがるはずです。そんな中、任務に失敗したその侵入者はどういう扱いを受けるでしょうか」
フィーナが尋ねると、デメトリアは厳しい顔つきになった。スージーの方をジロリと睨み、フィーナに視線を戻した。スージーは申し訳なさそうにデメトリアを見ている。
「スージーから聞いたのか……このおしゃべりめ。まあ、その背景があるならその侵入者とやらはかなり厳しい立場に立たされるな」
「はい、しかしレリエートも優秀な魔女を使い捨てることは出来ないはず。なのでその侵入者はまた単独でレンツに乗り込まざるを得ないのではないでしょうか?」
「うむ……そうだな。だが何故直ぐに乗り込まないと思うのだ?」
「ギルドマスター。ギルドマスターが絶対に成功しなければならない依頼を受けたら、まずどうしますか?」
フィーナはデメトリアに質問を質問で返す。
「む、そうだな。まずは情報を集める。限界まで情報を集めたら念入りに準備するな……そうか!」
「はい、おそらく侵入者は次は絶対に失敗しないよう、あらゆる準備をしてくると思います。情報を集めるために王国へ間者を放ち、レンツの森周辺も念入りに調査する――そして準備。これに大体どのくらい時間がかかるか解りませんが、今日明日で終わることはまずないでしょう」
「なるほどな……そうであれば一月は襲撃出来んだろう。間者から大した情報を得られなければさらに遅れるかもしれん。それでも精々引き伸ばせたとしても三ヶ月がギリギリ……か」
デメトリアはうんうんと頷いている。スージーやレーナも感心したようにフィーナを見ている。イーナとデイジーはフィーナが利発なのは知っていたので特に驚きはしなかったが、現村のトップのギルドマスターや、分野長の前で堂々と自分の考えを述べるフィーナに苦笑いを浮かべていた。
しかしフィーナはまだ終わらない。
「どうせならその状況を利用しましょう。王国には三ヶ月前ギリギリまで当たり障りのない情報を流し、好機に偽の情報を流します。相手を動揺させ、誘き出すことができれば僥倖ですね」
フィーナはニヤリと微笑むと、デメトリアは目を丸くして唖然とした。
「レーナの娘と聞いていたから、優秀だろうとは思っていたが‥‥‥それ以上だな」
「素晴らしい策ですね、姉さん。まるで救世の大魔女アルテミシアのようです」
「フフ‥‥‥アルテミシアか。この策が成功すればレンツのアルテミシアを名乗っていいぞ」
「あはは、畏れ多いですよ」
デメトリアとフィーナは二人で笑いあった。レーナは娘の変わり様に、蘇生魔術が失敗したのかと思ったが、フィーナの笑い顔を見ると、それでも構うまいと思い直した。もしかするとアルテミシアの魂が紛れ込んだかもと思ったのだ。
(アルテミシアって誰のことだろ? あとで図書室で調べてみよーっと)
当のフィーナは全く知らなかったようだ。