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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
178/221

173『ある旅人の一幕 後編』

 飯屋で魔道具店の情報をくれた男の言うように、森へ向かって歩いていくと、次第に魔女の姿が多く見られるようになった。

 多くとは言っても、十人に一人程度で見かけるくらいだ。

 魔女を見かけるたびに「彼女ではないか?」と目で追ってしまう。そのせいで何人かの魔女に変な目で見られてしまった。


 挙動不審になっていると自覚しながら歩を進めいくと、目的の魔道具店を見つけた。外観からして高級そうな店構えをしている。三階建てだが、これで一つの店のようだ。

 魔道具とやらがどれ程儲かる商売なのかは知らないが、かなりの規模だとは判断できる。


 店先には魔女の紋章が入ったタペストリーが提げられており、看板には『新型冷蔵庫入荷』の貼り紙があった。

 

 緊張しつつ店のドアを開けると、中はゆったりとして広く、思ったよりも落ち着いた雰囲気だった。

 

「いらっしゃいませ」


 物腰の柔らかい魔女が鈴の音のような声で来店を歓迎する。

 私はその魔女を訝しげに見つめた。成人しているとは到底思えないくらい幼い魔女だったからだ。


 歳は十かそこら。澄み切った青空のような髪が印象的な少女だった。


「本日の売り場は私に任されております。ご案内いたしましょうか?」


 子どもの口から出ないであろう言葉を、言い慣れたかのように溢した少女に、私は面食らった。

 姿形は少女のそれだが、仕草や言の葉からは熟達した大人の要素が感じられる。

 

 あまりの収まりの悪さに、私は少女の顔を見つめたまま固まった。



「お客様?」


 少女がきょとんと首を傾げる。

 その仕草がまたあまりに子どもっぽかったので、私はつい吹き出してしまった。


「ハハ。いや、すまない。案内だったか、お願いしよう」


「はい。ではこちらへどうぞ」


 吹き出した私に顔をしかめることも無く、少女は流れるような足さばきで店内を歩き出した。

 私は辺りを見回しながら、時折、陳列された商品の物珍しさから立ち止まりながらも少女の後を追った。


 その間、少女は振り返ることは無かったが、不思議と私と少女の距離は一定に保たれていた。完璧なリード、完璧な案内だった。

 今まで様々な店や屋敷に行ったが、ここまで理想的な案内は他にない。

 よほど店員の教育が行き届いているのだろう。なるほど、この年齢で売り場を任せられていると言うだけある、と私は来店後、数十秒で手のひらを返した。



「こちらが本日入荷の新型冷蔵庫『フィナス二型』でございます。魔法陣と結晶魔分を併用することで、初期型の機能をより大幅に向上させております」


「ふむ……」


 全く意味がわからない。

 『冷蔵庫』なるものは私の屋敷にもあった。だが使用するのは専ら料理人か使用人であり、私自身が使用したことは一度も無い。魔法陣がどうとか、結晶魔分がどうとか言われてもさっぱり理解できない。


 『冷蔵庫』について、食材や飲み物を冷やすという機能は口伝で聞いたことがある。だがその程度の知識しかない。

 後は『冷蔵庫』を屋敷に設置したとき、料理人が小躍りするくらい喜んでいたのを目にしたくらいだ。


 だが、大の男が知らないとは言えない。

 安っぽい貴族(・・)としての誇りが私に知ったかぶりの仮面を被せた。


「詳しい性能をお話しましょうか?」


「……ん? い、いや、いい」


「かしこまりました。では次の商品にご案内致します」


 そう言って少女は再び歩き出した。

 助かった、と安堵せずにはいられなかった。


 あのまま話を聞いていれば、直ぐに無知をさらけ出していただろう。

 もしや、あの少女が気を利かせたのだろうか。

 いや、この考えは惨めになる。やめておこう。


 そもそも、私がこの店に来たのは最愛の人の手がかりを探すためだ。それがいつの間にか店の案内をされる立場になっている。

 私としたことが、来店してからここ迄、二十近く歳の離れた少女の雰囲気に乗せられてしまっている。


「……まあ、それもいいか」


 魔道具とやらに興味を惹かれるのも事実。彼女に会いたいのは山々だが、今は成り行きに任せて、少女の案内を受けるとしよう。



「こちらは当店一番人気のえあこん(・・・・)、『フィナリエンテ中型』でございます。品質の良い火、氷、そして風の結晶魔分を二つ贅沢に使った商品です。値段は高いですが、それに見合った性能を有しています」


「ほう……」


 えあこん(・・・・)も私の屋敷にあった。

 夏も冬も驚くほど快適に凄せるものだったはずだ。


 ふと、目の前のえあこんを見てみると、私の私室に取り付けていたものより一回りほど大きい。

 大部屋に取り付けるものなのだろうか。


「こちらの商品は金貨二百枚となっております」

 

「ンッ……オホン!!」


 私は驚きの声を咳で誤魔化し、触れようと伸ばした手を引っ込めた。

 金貨二百枚。払えなくはない。だが、安い買い物でもない。

 これが一番人気というのだから、恐ろしい。


 

 その後も少女に案内されるがまま数点の商品を見て回り、一段落ついたところで少女はお茶を入れてくれた。ゆったりとした椅子に腰掛け、香りの良い紅茶を啜る。

 美味い。さすが高級店。いい茶葉を使っている。



「少しは気になったのだが……」


「はい。何でしょう?」


「なぜほとんどの魔道具が似た名前なのだ? フィナス、フィナリエンテ、フィナロン、フィナスタ。覚えにくくて仕方がない」


 中には『フィナ』から始まらない商品もあったが、紹介された商品はほとんど『フィナ』で始まっていた。

 しかも『フィナ』と付く商品はどれも性能が良く、売れ筋だというから驚きだ。


「魔道具製作者の意向……ですかね」


「ふむ……こだわりみたいなものか。その考え方は嫌いではないが……」


 聞いてはならないことだったのか。

 心なしか少女の柔らかい表情に影が落ちたような気がする。


「……何かお気に召したものはありますか?」


 少女は取り繕うように定型化した言葉を放った。

 

 私は少し考え、来店してからずっと気になっていたランタンを指差した。


「こちらでしょうか?」


 少女がランタンを手に持ってこちらにやってくる。


「ああ。私は旅をしているので、大型の魔道具は持ち歩けない。あのランタンなら使い方も簡単そうだし、そこまで値も張らないだろう?」


「そうですね。火の結晶魔分を使用しているので、通常のランタンよりも高いですが、一度魔力を充填させれば十日間点けっ放しも可能です。明るさも通常のランタンとは比べようもありません。火の不始末による火災の心配もありません」


 少女がランタンをかざすと、眩しいくらいの光が溢れ始めた。

 これは想像以上だ。これほどの明るさならば、魔物避けにも使えるかもしれない。


「これは凄いな。よし、買おう。幾らだね?」


「金貨一枚と銀貨五枚でございます」


 私は袋から金貨一枚と銀貨五枚を取り出すと、テーブルの上に置いた。


「はい。では魔力を充填させておきますね。魔力が切れて点かなくなった場合でも、もう一度魔力を充填し直せば再度お使い頂けます」


「それはいいな。そう言えば、このランタンにはどんな商品名が付いているのだね?」


「『マリエッタランタン』ですね」


「なに……? もう一度、言ってくれないか?」


「『マリエッタランタン』です」


 喜びか、驚きか。

 自然と笑みが溢れ、私は自分でも不気味と思えるほど歓喜に打ち震えた。

 

 ああ、私の愛しいマリー。

 やっと君に繋がる手がかりを得た。


 私は彼女の商品名が付いたランタンに頬ずりし、優しく口付けをした。


 私の一連の動作を見ていた少女は柔らかい笑みを携えたまま、静かに後ろへ下がり、距離をとっていった。


 


青髪の少女はマリーナです。

フィーナが留守にしている時はこうやってアルバイトしていたりします。


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