170『アメラの処遇』
「どういうことか説明してもらおうか」
レンツの村へと辿り着いたフィーナ達は現在、デメトリアからお説教をくらっている。
フィーナ達が村に着いてから、アメラの存在は瞬く間に知れ渡り、デメトリアの耳に入った。
やれレーナの隠し子やら、人体創造やら噂され注目を集めていたところにデメトリアからの呼び出しである。
正直、ちょっと助かったと思ってしまった。
「その子の名は?」
「アメラだよ!」
デメトリアはフィーナ達に訊ねたが、アメラが自分で答えてしまった。デメトリアは目を見開いてアメラを見た。話せるとは思わなかった、という感じで驚いている。
「……精巧なゴーレムというわけではなさそうだな」
怪訝な目をアメラに向け、デメトリアは用意されていた紅茶に口をつけた。
喉を潤したところでデメトリアが口を開く。
「それで? アメラは何者なのだ?」
「アメラは……私と母さんとドナさんで生み出した、使い魔です」
「…………はぁ?」
デメトリア首を傾げ、困惑する。聞き間違いでもあったのかとスージーに顔を向けるが、スージーも首を振って、それを答えとした。
「アメラはドラゴンで、少女の姿に擬態する能力を持っているんです」
「はぁ……スージー、レーナを呼んできてくれ。今すぐに」
デメトリアは深くため息をつくと、レーナを呼びに行かせた。
ドラゴンと聞いて、レーナが関わっていないはずがない、とデメトリアは判断したのだろう。正解だ。アメラを連れて帰る決断をしたのはレーナなのだから。
レーナはすぐに連れてこられた。部屋に入るなり、アメラに向かって喜色に満ちた笑顔を向け、手を振っているが、状況を考えて欲しい。デメトリアの額に青筋が浮かんでいる。
「レーナ、ドラゴンを連れて帰るとはどういうことだ……? 事の重大さをわかっているのか?」
「わかっているわ。処刑でも追放でも甘んじて受ける覚悟はあるわよ」
レーナは覇気のこもった表情で進み出た。
フィーナにはレーナ程の覚悟はない。かといってアメラを還すこともしたくない。どっちつかずなフィーナがとった行動は「私は空気」と存在を消すことだけであった。
「……何故連れて帰る選択をしたのだ?」
「自らの手で生み出した使い魔は自分の子どものようなものよ。簡単には別れられない。それに、アメラにも感情があったの。ただの魔力に変換されたくないっていうね」
「……気持ちは分からないでもない。確かに使い魔は自らの分身とも言える存在だ。しかし、国王の意向に歯向かって大規模召喚陣を悪用し、使い魔を村に連れて帰れば、お前たちだけでなく、村にまで迷惑をかけることになる。レーナ、お前にはその責任がとれるのか?」
デメトリアの厳しい口調に、場が静まり返る。
ギルドマスターとして、村を治める立場にいるデメトリアの言葉だからこそ重みがある。
「責任……はとれないわ。でも、私が村に連れ帰ることを提案したのには理由があるわ」
レーナはデメトリアからの重圧をものともしていない様子だ。何かしら強い意志があるようだ。
「理由……?」
「ええ。私も最初は村に連れ帰るのは難しいと思っていたわ。ほとんど私の我が儘だもの。ひとまず王都で匿って、時が来たらアメラと一緒に旅に出るつもりだったの。国を出ることも考えていたわ」
「母さん……そんな事考えてたの……?」
フィーナが思わず問い質すと、申し訳なさそうにレーナは笑った。
「では何故考え直したのだ?」
「レンツが襲撃されたからよ」
「………」
「たくさんの人が死んだわ。知り合いも、お客さんもね。私が村に残っていれば死なせずに済んだかもしれない。なんてことも考えたわ。もうこんな気持ちはゴメンなの」
「それで、戦力としてドラゴンであるアメラを村に置いておくという訳か……」
「そういうこと。切り札は持っておくべきだわ。ここはレイマン王国から比較的近いのだし」
「……」
デメトリアはレーナの言い分を受け入れはしたが、納得できないという感じだった。いや、許可できないという感じか。
アメラを村に入れるか否か、どちらを選択しても前者は国に対して不義理だし、後者はレーナという仲間を手放すことになる。そう簡単に選択できることではない。
「うーむ。こんな時は頼りになる相談役に決めてもらうとしよう」
デメトリアが周りに許可を促すように言った。
フィーナは誰のことかわからず、周りを見回すが誰も彼もがフィーナのことを見ていた。
無論、デメトリアの視線の先にいるのもフィーナだ。
「え!? 私!?」
完全に注目を集めてしまった。空気化していたのに一体どういうことなのか。というか、こんな大事な決定を十一歳の見習い魔女に託すなんて、どうかしている。
フィーナはデメトリアを恨ましげに見つめた。
「ふふん」
デメトリアはフィーナの恨めしい視線を鼻で笑った。
(くぅ〜! でめちゃんめ! 腹立つなあ。今度から心の中でダメトリアと呼ぼう。そうしよう!)
フィーナは苛立ちを深呼吸で抑えると、ニヤリと笑って話し始めた。
「……母さんの言うことは一理あります。アメラが村にいてくれるのは心強いです。けど、もしアメラの正体がバレたら、かなりマズイことになります」
アメラが不安げな眼差しでこちらを見ている。厄介払いされないか不安なのだ。
だが安心して欲しい。フィーナには元からアメラをお払い箱にするつもりなど、毛頭ない。
「……ですけどバレたらの話ですよね? アメラの見た目はほとんど人間ですし、元の姿に戻らなければ、誰もアメラがドラゴンだとは気づきません。私の双子として村に入れて大丈夫でしょう。生き別れの妹、みたいなお涙頂戴な話を付加させておけば探りにくいでしょうし」
「相変わらずフィーナは黒いな……」
デメトリアが嘆息する。でもどこかホッとしている様子だ。
デメトリア自身も、アメラやレーナを追い出すことなんてしたくなかったのだろう。フィーナが受け入れることを推奨したので一安心した、という感情が表情から読み取れた。
「フフフ、だめちゃん。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」
「誰がだめちゃんだ! その呼び名はやめろぉ! 皆が真似するであろうが!」
「ふふん」
フィーナは焦るデメトリアを鼻で笑った。
そんなフィーナを見て、周囲は少し引いていた。
レーナとアメラは手を取り合って喜んでいた。
「アメラの受け入れは決定だとして、実は私からも報告があるんです」
「……何だ?」
頭を抱えるデメトリアが悶ながら応じる。
「レンツの側にある町、あそこに研究所を建てたいんです」
「何の研究所だ?」
「薬です」
「薬? 村にある技術研究所や魔術ギルド、王都の機関では足りないのか?」
「根本的に在り方が違うんです。魔女だけの研究所じゃないんですよ」
フィーナが造りたいのは前世にあった製薬企業のようなものだ。
村にある技術研究所も魔術ギルドも、魔女だけの研究機関である。そこに一般人は入ることさえできない。
フィーナは常日頃からその環境に手を入れたいと考えていた。優秀な医師であるハングに会ってからは特にその考えが強くなった。
そして極めつけはガルディア視察の旅路で寄った、あの村で目にした感染症の恐ろしさだ。あの時ほど無力感を感じたことはない。魔法や薬草では対処できない病もあるのだ、と強く実感した。
レンツの村に付随した町ならば魔力がない医者や薬師も研究に参加できる。魔女、医師、薬師、学者等、多方面からの意見を貰える場を作りたかったのだ。
「なるほど……しかし、かなり大規模になるのではないか? その金はどうする? ギルドには金はないぞ」
「一応、初期費用に金貨二千枚あります」
「二千!?」
「でも、これだけじゃ足りません……」
フィーナの周りから「えぇ〜」と声が漏れる。
金貨二千枚となれば、建物くらいは建てられるかもしれない。だがそれだけだ。人を呼び込み、雇うことも。研究材料を買うことも出来ない。薬の研究とはそれだけ金がかかるのだ。
「ではどうする? 国王におねだりでもするつもりか?」
「何言ってるんですか。足りないなら稼ぐまでですよ」
フィーナはそう言って、執務室に置いてある鳥籠を指差した。鳥籠の中にはデメトリアの魔鳥がトウモロコシの粒を貪っていた。