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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
173/221

169『アメラの好物』

「フィーナー!」


「久しぶり。元気にしてた?」


「うん!」


 どたばたと駆け寄ってきたアメラの頭を撫でつつ、フィーナは久々の再会に顔を綻ばせた。

 レンツへと戻る前にアメラの様子を見に来たのだ。アメラの教育が予定通り進んでいるのであれば、一緒に連れて帰ることも考えている。変身したドラゴンを連れて帰ったとデメトリアが知ったら怒るだろうが、いつまでもアメラを王都に潜ませているわけにもいかない。何よりレーナに連れて帰ってこいと強く言われているのだ。


「いらっしゃい」


「あ、ドナさん。長い間預からせてしまってすいません」


「問題ない。アメラの教育を提案したのは私。私が預かるのは当然。それに大変ではあったけど辛くはなかった。むしろ毎日賑やかで楽しかった」


「そうですか……。見た感じ教育も出来ているようですし、一緒にレンツへ帰りますか? でめちゃんへの説明に、ドナさんも同席してくれるとありがたいんですけど」


「う……仕方ない。同行する」


 ドナは説明するシーンを思い浮かべて苦い顔をつくった。怒られることを覚悟した子どものような表情だ。


「どこか行くのー?」


 アメラが首を傾げながら無邪気に尋ねてきて、思わず笑みが零れてしまう。

 これが姉の心境というものなのだろうか。イーナもこんな気持ちになるのだろうか、とフィーナはちらりとイーナを見ると、だらしなく頬を緩めた姉がそこにはいた。自分にさえ向けられたことのない緩みきった表情に、フィーナは少しばかり嫉妬した。


「レンツに行くんだよ。私達、魔女の村だよ」


「え!? お外出られるの!? やったー!」


 アメラはほとんど外出したことがない。これもアメラの身を守るためなのだが、元々ドラゴンなだけあって、活発だ。大きな邸宅でもアメラには狭く感じていたのだろう。

 それにカンヅメになっていては息も詰まる。アメラには無理を強いていたかもしれない。



 レンツへはその日の内に出発した。移動手段はもちろん陸船だ。馬車と違って速く、揺れも少ないので快適だ。

 アメラは初めて出た外界に興味津々だった。目にする物全てに関心があるようで、「あれは何? あれは?」と矢継ぎ早に質問してきた。様々な種類の使い魔を見てきたが、ここまで好奇心の強い使い魔は初めてだ。これも三人で召喚した影響なのだろうか。

 見た目はほとんど人間なので、使い魔として見れないでいる。恐らく、ドナも同じくアメラを使い魔として見ていないだろう。レーナは言わずもがなだ。


 半年以上ドナが付きっきりだったおかげで、魔法も覚えられたようだ。元がドラゴンだからか、火魔法が得意なのだとか。ちなみにアメラの潜在魔力量はフィーナよりも、レーナさえも上回っている。レーナ、フィーナ、ドナの三人が魔力を絞り尽くして生み出した個体なので、三人の魔力量の合計がアメラの魔力量になっているらしい。

 しかし、使い魔であるせいか、自前で魔力を回復させる術がないらしく、王都にいる間は時々ドナの影に潜って魔力を回復していたようだ。フィーナの影にも潜れたので、恐らくレーナの影にも潜れるだろう。

 影潜りするのはいいのだが、出来れば頭だけ出すのは辞めてほしい。自分の生首が地面に置かれているようで、はっきり言って不気味だ。


「顔つきはフィーナに似てるけど瞳の色は違うね」


 イーナがアメラの目を覗き込みながら言った。

 確かに目の色だけは違う。いや、よく見れば所々フィーナとは違った箇所が見られる。

 例えば歯。ドラゴンの名残なのか、アメラの歯は鋭く尖っている。噛まれたら痛そうだ。

 次に皮膚。筋肉のないぷにぷにとした柔らかいフィーナの皮膚に比べ、アメラの皮膚は厚くて硬い。ドナによると、人の姿で生活し始めた頃はお皿やら家具やらを壊しまくっていたらしい。力の制御が難しいそうだ。この小さな体でドラゴンの力を持っているなんて、さらに怒られる要因が増えてしまった。

 最後に、ひと目で見分けがつく箇所と言ったら、やはり髪の色だろうか。ドラゴン形態時の体色であった淡い紫色が、体毛に少しばかり反映されているようだ。おかげでフィーナと見間違われることはないが、フードを被るとほとんど見分けがつかない。

 前にキャスリーンがアメラをフィーナだと勘違いしたことがあったそうだが、その時もフードを被らせていたらしい。あのキャスリーンが間違えるくらい似ているとなると、相当なものだ。

 

「好物とかも違うかもしれない」


「フィーナは魚が好きだよね。あまり料理に使ってあげられてないけど」


「デイジーはねー」


「デイジーは肉でしょ。特に鶏肉」


「うん! 憎いくらい好き! 肉だけに!」


 デイジーがビシッと手を上げて宣誓する。


「わかったから。干し肉でも(かじ)ってなさい」


「むぐむぐ……」


 食べ物の話になるとデイジーはいつもこうなる。大抵、イーナに干し肉を貰って静かになるパターンが日常的風景となっている。


 メルクオール王国は内陸国であるため、魚介類の流通が乏しい。市場に並ぶことは稀で、あったとしてもかなり高い。現状、貴族御用達の食材となっていて、金欠気味だったフィーナ達はここしばらく魚を食べていない。刺身に至っては、この世界に来てから一度も食べていない。海に面している国が羨ましい限りだ。海があっても魚の生食はしていないかもしれないが。


「アメラは野菜を好む。特に葉物類」



「そういえばアメラを召喚する際に、そんな設定があったような……」


 アメラの細かい設定を担ったのはレーナだったはずだ。アメラがベジタリアンになったのも設定のせいだろう。

 アメラをベジタリアンに仕立て上げた理由はわからないが、大方、ドラゴンなのに野菜好きというギャップを取り入れたかったから、とかだろう。レーナのことだ。どうせ大層な理由はない。

 

「野菜と言うと、お祭りの時に出店していた元盗人さんのお店を思い出すね。確か、ウィッチ・ニア町で育ててたはずだから、寄ってみる?」


「そうだね」



 どうせウィッチ・ニア町には寄るつもりなので、丁度いい。お祭り後から機関で仕入れているが、視察やらなんやらであれから食べられなかった。あの野菜は本当においしいので、村へのお土産に買って帰るのもいいかもしれない。



 町に着いて買い物しようかと陸船を降りると、たくさんの人に囲まれてしまった。襲撃でもされるのかと身構えていたが、とうやらそんな雰囲気でもない。というより、歓迎しているように見える。


「おお! あの時の魔女たちか!」


「豊穣の女神様よ!」


「女神様! ウチの畑も見てくだされ!」


 一体何だというのだろうか。ドッキリでも仕掛けているのかと疑いたくなる。

 集まる民衆の一人に事情を聴いちみると、どうやら前に売った畑が大豊作だったらしく、味も品質も良かったのだとか。

 農家の人達の間では魔女がなんらかの恵みを畑にもたらしたのではないかと噂になっていたらしい。

 畑を買った豪農の息子はたんまり稼いでいるらしい。元盗人を雇ったのもその息子だったらしい。となると、王都で食べた、あの美味しい野菜の数々は自分が売った畑から採れたものということになる。


 町の人々は自分も恩恵を授かりたいと懇願してきているのだろう。

 期待してくれているようで申し訳ないのだが、あの畑については特に細工を施した覚えはない。せいぜい開墾をしてあげただけだ。 確かに良い畑になっていたとは思うが、それでも多少作物の実りが良いくらいだろうなと思っていた。

 それがどうしたことか、今では機関の食堂が取り寄せるほどの野菜が作られている。まあ、取り寄せを頼んだのはイーナなのだが。



 あのような畑になる原因が分からなかったので、フィーナ達は謝りながら民衆の輪を抜けた。 


 評判の畑に行ってみると、盗人が畑の手入れをしていた。今は冬なので休耕期となっているが、週に一度は土と雪を混ぜるために掘り起こしているのだとか。寒起こしというらしい。元盗人なのに真面目に働いているようだ。



「これといって不自然なところはないね」


「うん。至って普通の畑って感じ」


 フィーナは畑の土で汚れた手をパンパンと叩いた。


「エリー、何か見える?」


「うーんとね……周りと比べると、この畑だけ魔分が多くなってるよ」


「魔分か………。魔物は大丈夫かな?」


「土中に含まれているだけだから、ほとんど害はないよ。この土をたくさん食べるのは危険だけど」


 濃い魔分は魔物の発生に繋がる。

 だが妖精であるエリーの検分では問題ないとのこと。魔分濃度で言えば森の方が遥かに高いし、土をモリモリ食べる動物なんて聞いたこともないので、本当に問題ないのだろう。


「魔法を使って開墾した影響かなあ?」


「ドナさんはどう思います?」


 ドナは史書という立場なだけあって、色々なことに詳しい。ただ性格のせいで、その知識を披露する場面が非常に少ない。


「魔法で畑を耕すことで土中の魔分が増えるという現象に心当たりは無い。レンツの畑も魔法を使っているし、偶然の産物として見ていい」


「また研究案件が増えるのかなー」


 結局のところ、何もわからずじまいだ。町の人々が納得しないだろうし、この件は研究案件として取り扱うことになった。

 魔鳥の研究が大詰めらしいので、終わったらこの件を任せてみるのもいいかもしれない。


 

 その後、例の畑の野菜は買えなかったので、魔女の家で一泊した後、お土産なしでレンツへと出発した。




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