168『終着点』
フィーナ達は王都とは何もかも違う地に悩まされながらも、初日の視察を終えた。宿に泊まり、翌日、翌々日と継続して街の視察を行っていく。
写真などが無いため、絵師を雇って色々な場所を描かせた。風化した貴族街、盛況な市場、たくさんの物乞い達。絵であれば言葉で表現するよりも物事を深く捉えることができる。深刻さもひと目でわかるというものだ。
「先生、これで良いか?」
「うーん。この辺りの見積もりが甘いですね。だいたいでいいとは言いましたが、これでは幅が大き過ぎます」
フィーナは視察の報告をエリオにさせる気でいた。ガルディアの現状は思ったより深刻だったが、エリオの成長にとっては好都合だった。
視察で見た光景、印象、資料の数字から問題点を浮かびあがらせ、その問題点を解決するにはどう対策するかをレポート。これがエリオの課題だ。十歳の少年にできるはずもない課題だったが、エリオは真面目に取り組んでいた。ほとんどの内容がフィーナによって訂正されたので、実質フィーナのレポートとなっているが、それも承知の上だ。
「文章にすると、ますますガルディアの問題が浮き彫りになってくるな……。多忙な父上の身を思うと、これを報告しても良いのかと不安になってくるぞ」
国王は忙しい身の上だが、ガルディアのことも後には回せない重要な案件だ。なんらかの対応策を考えてくれるだろう。だが思ったより深刻だった場合、対応が遅れる懸念があった。今回はまさにそれだ。
「明日には王都に向けて出発しますから、なるべくまとめておきたいですね」
「うむ……。結局のところ、ガルディアは王都と何が違うのだ? 職もあるし景気も悪くない。スラムの住民が集まっていると言っても、悪い人間ばかりではないはずだ。先生はどう思う?」
「治安の悪さの根源は貧困にあると言います。このまま治安が悪くなれば地価が下がり、王都には住めないような貧困者が集まるようになってしまいます。村で職にあぶれた人間も同様です。そうなればまた治安、地価という順に悪くなり、負の連鎖に陥るんです」
「ふむ。確かに所得は低いようだな……。では騎士団やギルドを組織して警戒にあたらせれば犯罪行為は減るのではないか?」
「多少は減ると思いますけど、大した成果には繋がらないと思いますよ。どれだけ見張ったとしても、目を掻い潜って犯行に及ぶだけだと思います。見張りが多いから盗みは辞めようと思わず、どう盗もうと考えるのが犯罪者の思考なんです。問題に切り込むとしたら、まずは所得が低いことに起因する商会の雇用状況に対して、ですかね」
この街には現在、貴族がローデン男爵しかいない。五十年前に王都に避難したガルディア貴族たちは、長い年月の間に地盤を固めたらしく、ガルディアが開放されても戻ることはなかった。
そのため、街の有力者は商会の頭取が大多数を占めている。商会の頭取が富と権力の独占をしているわけだが、そこに切り込むとなると悪鬼羅刹を相手取ると言っても過言ではない。それだけ権力を持った商人というのは恐ろしいのだ。
「長い時間が掛かりそうだな」
エリオはそう言って、窓の中から寒さに震える物乞いの列を物憂げな表情で見つめた。
次の日、ローデン男爵に軽く挨拶をしてから街を出た。
行きと違って帰りは悪天候に見舞われた。雪の降る季節である。御者を務めるブラウンには酷な寒さだ。ここ数日で一気に冷え込んだ気がする。
途中、村に寄ってカラクやハングの様子を見に行こうかと考えたが、期日もぎりぎりだということで断念した。ハングには後日、魔鳥郵便で経過を報告してもらうことになっている。あの町や村には魔女がいないのでメルポリに戻ってからになるだろうが、それでも人の足より格段に速い。魔力を持たない人でも、魔女を頼れば手紙を出せるということも魔鳥郵便の利点だ。
通常四日掛かる距離を一週間掛けて王都へと戻ったフィーナ達は、旅の疲れを感じつつも国王に報告する為、王城へと向かった。
「おお、戻ったか。無事に旅を終えたようで何よりだ。それで、ガルディアはどうだった?」
「父上、これを」
エリオが報告書の束を差し出す。絵付き、かつかなり丁寧にまとめられている報告書になっているはずだ。
国王は報告書をエリオが差し出したことにまず驚いていた。
「ふむ……。以前届いた報告とまるで違うな。どうやらガルディアに赴任した官吏は嘘の報告をしていたようだ。すぐに耳に入ると言うのに愚かな行いをするとはな。よくやったぞ。エリオ」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、我はこれから大討伐に向けて動かねばならん。ガルディアに目を向けてやる時間をとれない事を心苦しく思う。そこで―――」
国王は椅子から立ち上がると、エリオの肩に手を置いた。
「エリオ、お前に任せようと思う。ガルディアを良い街へと変えてみせよ」
「……はいっ!」
決意を秘めた表情で父親を見上げるエリオに、国王はフッと微笑み、そしてエリオの頭をうりうりと撫でた。
「秘書官を二人付けよう。早速取り掛かってくれるか? フィーナ達による教育は一時中断となるが、よいな?」
「え……は、はい」
しょんぼりとしたエリオの肩を国王はポンポンと叩くと、フィーナ達に顔を向けた。
「そういうわけで、すまないが半年の教育依頼をここで終わりということにしてくれるか? 良い成長をしてくれたからな。報酬は期待していいぞ」
元々、金策を理由にしてやってきたエリオの教育だ。寂しさもあるが、会おうと思えばいつでも会える。教えたりないこともいくつか残っているが、国王の命令ならば仕方がない。
「わかりました。エリオ殿下、たまに様子を見に来ますから、気を抜かないようにしてくださいね」
「う、うむ……先生も達者でな……」
「鍛錬は嘘をつかないよー!」
「師匠……」
「側付きの人達の言う事をちゃんと聞いてくださいね」
「はい……姉御……」
フィーナ達は涙を流すエリオに背を向け、王城を後にした。もちろん報酬はピボットから忘れずに受け取っている。金貨二千枚というたまげた額だった。
とんでもない収入になったが、使い道は既に決めてある。ある施設を造るつもりだ。規模によってはこの額では足りないかもしれない。とにかく一度レンツに戻らなければならない。
フィーナ達は降り積もる雪に足跡をつけながら、王都の大通りを歩いていった。
1月はなるべく更新したい