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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
170/221

166『ガルディア視察 7』

 

 エリオが提示した金額は村を持ち直すには十分過ぎるほど多額だった。カラクは震える手で金貨の詰まった袋を受け取り、輝く金貨を見て眩しそうに目を細めた。

 

「こんなにたくさん……貴方様は一体……?」


 誰、と言いそうになったカラクに、エリオはマントの内側に施された刺繍を見せた。エリオの服は一見するとただの貴族服にしか見えないが、上から下まで王家御用達の店であしらえた一級品だ。今は視察という名目で王都を離れているため、あまり気取った格好はしていないが、今の服やマントも紛れもない一級品である。さらに目立たないようにはなっているが王家の紋章が刺繍として施されている。カラクも王家の紋章は知っていたようで、刺繍を見るなり顔を青くさせた。そして頭をぶつけるくらい素早く這いつくばった。


「よい。頭を上げよ。僕は王家の者だが、なんら実権は持っていない。そんなに畏まらなくても良いのだ」


「し、しかし……」


 エリオが諭してもカラクは頭を上げようとしなかった。カラクにとっては雲の上の存在だ。王族に比べれば村の長の立場など消えそうなほど霞む。それに、いくらエリオに実権が無いと言っても、王族に不満を持たれれば田舎の村など直ぐに地図から消えてしまう。

 半ば無理矢理なやり方で連れてきてしまった為、カラクは頭を上げることができなかったのだ。


「殿下、身分を曝け出すのは危険です。無闇にはなさらないでください」


 ブラウンが少し厳しめな顔で忠告する。ブラウンは剣の鞘に手を触れており、いつでも抜けるような状態だ。気の張り方が自分とは全く違う。フィーナはエリオとブラウンから少し距離をとって縮こまった。


「わかっている。あの金は国民の金だと先生は言った。村の者も国民だ。ならばここで使わねばいつ使う? 父上もこういう時に使う為、僕に持たせたのだろう。だが、カラクにはこの金が王族の手によってもたらされたと知っておいて欲しかったのだ。王家の末席に身を置く僕、エリオット・レーベン・マイヤーが王族として恥ずかしくない正しい行いをしたのだと。これは僕の我が儘なのかもしれないが、やはり国民には王家の行いを誇示したいのだ」


 エリオはメルクオールの姓を名乗ることはできない。あれは歴代の国王のみが名乗ることのできる性だ。マイヤーというのは母方の姓なのだろう。

 エリオは王族としての立場、そして何より王を父に持っていることを誇りに思っている。だが、王族が良いことをしていると国民に理解してもらいたいという気持ちもあるようだ。幼さを感じさせるが、自己顕示欲に理解を示すのも大人の対応というものだろう。ブラウンはともかく、フィーナ達もまだ子供なのだが。


「ご立派になられましたね。殿下」


「そ、そうか? 照れるな……」


 ブラウンに褒められたエリオは顔を赤くして頬を掻いた。しかし、ブラウンからは厳しい言葉が続いた。


「ですが視察の予定が決まっている以上、ここに長居するわけにはいきません。滞在出来る日数はあと二日ほどです。医療の担い手であるフィーナ達を欠けば、この村はまた負担と不安を背負うことになります。殿下はその後のことも考えておられますか? ただお金を渡すだけでは駄目なのですよ?」


「ううむ……」


 視察の日程は大まかだが決まっている。早く終われば問題は無いが、遅れるのは拙い。

 ブラウンにはゴブリン大討伐という任務があるし、フィーナ達だってアメラの様子を見に行けていない。今後の旅程も考えると、二日というのもブラウンにとっては譲歩した日数なのだろう。

 だがエリオにこれ以上を求めるのは酷だ。人脈も力も無い。あるのは手元の財と身分だけ。エリオも悩んでいることだし、ここは助け舟を出すことにしよう。先を見通す力はこれから身につけていけばいい。


「ううむ、どうすれば……」


「エリオ殿下、この近くに私の知り合いがいます。その人物なら後任を快く引き受けてくれると思います」


「本当か!?」


「はい。誠実で紳士的な人なのでエリオ殿下のお金を着服することもないでしょう」


 フィーナは頭の片隅に浮かぶ顔を思い出しながら言った。丸坊主で傷痕の目立つ物騒な男の顔だ。





「なるほど。それで私が呼ばれたのですな」


「はい。一番近くで頼れる人がハングさんだけだったので。大変だと思いますがお願いできますか?」


「薬もありますし、住民も協力的です。患者の数が多いので時間はかかると思いますが、幸い呼びかけた医師達が集まってくれたので何とかなるでしょう」


 ハングは頬にある古傷を擦りながら満足げに答えた。

 ハングとは狩猟大会で一緒に負傷者の治療をした頃から、今に至るまで何度か連絡を取り合っている。

 狩猟大会の時に金貨三百枚という大金を『投資』という形でフィーナから渡されたハングはメルポリ付近の植物の品種や新種の魔物についての報告を真面目に逐一送ってくれた。現在の新種の魔物についての研究が飛躍的に進んだのもハングのおかけだ。その成果は金欠となっている今であっても、あの時の投資は正解だったと思わせるほどだ。

 

「皆メルポリの医師ですか?」


「ええ。近隣の村から来てくれた者もおりますが、ほとんどはメルポリの医師達です。実はフィーナ殿の投資のおかげでメルポリの周辺には質のいい薬草が豊富に自生していることがわかったのです。その為、今や街にはたくさんの医師、薬師、それらを志す者が集まるようになりました。ここに来た者達はその中でも志の高い者たちです。まあ半分は窮屈な街を出たかったという気持ちもあるようですがね」



「ははは……あ、二次感染だけは注意してくださいね」


 薬の補充は予定通りにイーナとデイジーが行ってくれた。重症化した患者もいたが、薬のおかげで死には至っていない。それでも油断できる状況ではないので、ハングが来てくれて本当に助かったと思う。


 メルポリは大昔に造った外壁のせいで縦に街の拡大をせざるをえなかった狭い街だ。最も街が活発的になる昼頃になると狭い通りには人が寿司詰めとなり、慣れていない者は身動き取ることすらできなくなる。そんな街でインフルエンザなどを持ち込んだ場合には何人感染者が出るのかわかったものではない。


「大丈夫です。非常に感染力の強い病と聞いていますから、この町に暫く滞在するよう準備して来ております。季節が変わるまでは村や町で治療院でもやって過ごしますよ」


 さすが国王が主催する大会の医療班に選出されるだけはあるな、とフィーナは素直に感心した。未知の病気であるが故に、あらゆる事に対応できるよう万全の準備はしてきたようだ。二日以内に来てもらったのに恐ろしく用意がいい。前もって想定していなければ無理な速さだ。

 私も見習わなければ、とフィーナは意気込んだ。



 ハングと別れ、一度カラクの家へと戻ったフィーナのもとへ、エリオがこそこそとやって来た。こそこそとしているが、服がきらびやかな上に、隣にひと目で強そうだとわかるブラウンを引き連れているので全く隠れられていない。


「エリオ殿下、どうしましたか?」


 フィーナが近づくエリオに容易く反応すると、エリオは恥ずかしげにフィーナの隣へと立った。


「……改めて先生は凄いと思ってな。たった一声でこれだけの人が集まった。僕には到底できないことだ」


「えっと、集めたのはハングさんで、依頼料はエリオ殿下のお金から出てますけど?」


「それでも一介の薬師や魔女がこの結果を同じ様にもたらせたとは思えない。ハングとやらも先生を師事しているように見えた。父上も先生を重宝しているし、本当に偉大な方なのだなと今更ながら再認識したのだ」


「そうでしょうか? エリオ殿下も今のまま頑張っていれば、周りから同じ事を言われるようになると思いますよ」


「……そうでありたいな」


 エリオはそれ以上言葉を続ける事はなく、ブラウンと共に馬車の方へと向かって行った。そろそろガルディアに向けて出発する頃合いだ。フィーナは大きく伸びをして一息つくと、遅れてエリオの後を追った。



 全員が揃うと、フィーナ達はカラクやハング達に見送られながら出発した。馬車はゆっくりと順調にガルディアに向かって進んだ。相変わらずブラウンの馬の扱いは優れたもので、一行は何度か休憩を挟みながら優雅な旅を楽しんだ。

 フィーナは身内の誰かインフルエンザに感染しているかもしれないと気が気でなかったが、エリーの【フェアリーアイ】では異常なし、と出たらしく、一安心だ。病気や怪我がひと目でわかる【フェアリーアイ】は本当に便利だ。詳しい病状は判別できないが、大体どの辺りに異常があるのか、エリーの目には一目瞭然に写る。ひょっとしたら前世のCTやレントゲン等より優秀なのではと思わざるを得ない。エリーにしか見ることができないので、たまにもどかしい気持ちになる時もあるが。



「うーむ、魔物も盗賊も出ないので暇であるな」


「人通りの多い街道ですからね。魔物はそうそう出てきませんよ。盗賊もこの街道を渡る者に手を出すのは控えているのでしょう」


 フィーナはトランプで大富豪をしながら飄々(ひょうひょう)と答えた。

 トランプもフィーナ達が持ち込んだ玩具だ。キャスリーンやメイといったフィーナの同世代の魔女達の中で一番流行っているのが、このトランプだ。これ一つで色んなゲームを楽しめることが人気のポイントなのだとか。もちろんエリオは全くわからないので不参加だ。


「盗賊がこの街道を渡る者を襲わないのはなぜなのだ?」


「盗賊は大抵どこかの村や町に入り込んで、そこで拠点を作るんです。大盗賊団にでもなると彼方此方に拠点があるのだとか。まあ、それは置いときまして、盗賊がこの街道を渡る物を襲わない理由は、単に旨みが無いからです」


 盗賊だって森に魔物が出る以上、この街道を利用しなければならない。ガルディアに潜伏するにせよ、王都に潜伏するにせよ、この街道は必要不可欠なのだ。

 国内にはこういった類の街道がいくつかあり、そこでは盗賊に襲われない街道として、盛んに通行が行われている。そこを襲うとなると、当然反発は大きく、討伐隊が組織され、襲った翌月には周囲一体の盗賊団が壊滅していたという事もままある話だ。

 そんなわけで、この街道で盗賊が出る可能性はかなり低い。魔物も出ないので、エリオにとっては暇なひと時なのだろう。



「そういうものなのか……」


「そういうものです。あ、あがりだ」


「あ、私もあがり。デイジーはまた負け?」


「これで五回連続……。なんで?」


「初めに強いカードを出し過ぎなんだよ。バランス良く出していかないと」


「うう〜、もっかいやろ! 今度はエリオも入れて!」


 デイジーはこのままでは勝てないと悟ると、初心者であるエリオを巻き込もうとした。


「エリオ殿下、やり方教えてあげますね」


「う、うむ」


 エリオはルールを説明してやると「簡単ではないか」とまたたく間に連勝を積み重ねていった。デイジーは宛が外れて涙目になっていた。

 デイジーの負け星が二十を越える頃、ガルディアは目と鼻の先といったところまで馬車は来ていた。



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