17『真夜中の侵入者』
フィーナ達がスージーと話したその夜、一人の魔女が潜入していた。名前はリーレン。隣国レイマン王国の魔女村、レリエートの成人魔女である。歳は十八。足元まである長い金髪を一纏めにし、ローブの下は目立たないように黒一色の服を着ている。目は切れ長で、口には吸血鬼のように長く鋭い犬歯を覗かせている。
リーレンは村の住人が寝静まった後、ある場所に向かって進んだ。
リーレンに課せられた今回の任務は『若返りの成功の真偽と祖曽の存在を確認すること』である。若返りの成功はまだ確実ではなかったが、ほとんど真だと判明した。今向かっているのは祖曽の家である。
祖曽は非常に力の強い魔女だった。祖曽の存在が確認出来なければ、デメトリアの研究にも手は出せない。それほど祖曽の力は強大であり、今までレンツとレリエートで諍いが起きなかった理由でもあった。
「……ここね」
リーレンはボソボソと何かを唱えると、祖曽の家の窓に爪を立て、円を書くように引っ掻いた。耳障りな嫌な音が小さく響くが、リーレンは意に介さず黙々と作業を続け、木窓には腕が通せるような丸い穴が開いた。
リーレンは穴に腕を通すと、内鍵を外し、窓から身軽に家の中に侵入した。家の中は暗く、結界が張ってあるような気配もない。
一部屋一部屋を臨戦状態で確認していく。
暗い部屋の中をリーレンの長い髪が更に伸び、触手のように這った。その髪の感覚からリーレンは部屋に誰かいるか確認できるのである。これによって、リーレンは暗闇で灯りに頼ることなく潜入が出来たのだ。
「ぐっ!?」
ある部屋に入った時、目の前が真っ白になり、目を潰された。
「あ‥‥なた‥‥‥‥何者‥‥なの‥‥‥?」
リーレンは自分が目を眩ませられたのを理解した。その声の主が、探していた祖曽のものであるか確認できていない。
目をくらました相手はきつそうな声で尋ねる。リーレンは任務の続行を中止し、懐から魔石を取り出して地面に叩きつけた。
魔石はパリンと音を立て、中に込められた魔力が小さく暴走する。魔力が渦を巻くようにリーレンの身体を包んでいく。
同時にリーレンは髪を硬質化させ、声の主に叩きつけた……が、髪は空を切り、ビュンと空を切り裂く音が部屋に木霊する。
「ちっ!」
髪で感知する前に硬質化してしまったため、声の主の位置が掴めない。リーレンは自分の失態を恥じた。
ビュンと音がなり、強い衝撃がリーレンの腕に当たった。どうやら声の主がその辺の家財道具を魔法で飛ばしてきたようだ。
しかしリーレンは微動だにしない。固く硬質化された髪に守られたリーレンは多少の攻撃を受けても跳ね返す。この髪はリーレンにとって鎧でもあり、武器でもあるのだ。
しかし相手が見えないので形勢不利なのは変わらない。
「覚えていろ! レンツのゴミムシ共! お前ら全員捌いて魔物の餌にしてやるからな!」
リーレンはいまだ視力の戻らない目に手を当て吠えた。その直後リーレンを包んでいた魔力が激しく震え、消え去った。そこにはリーレンの姿はなかった。
「早く……この事を…誰かに……フィーナ………イーナ」
リーレンの目を眩ませたのは他ならぬ目覚めたレーナであった。レーナは一ヶ月と半月、魔力枯渇で寝ていたため、かなり衰弱していた。リーレンの転移魔石晶に対応出来ず、逃がしてしまった。レーナは村に何か良からぬことが起きていると感じたが、瞼が重くなり、そのまま眠ってしまった。
翌朝、フィーナ達はアーニーおばさんに大声で起こされた。母レーナが目を覚ましたというのだ。フィーナとイーナは飛び起き、すぐにレーナの元へと向かった。
「なに!? 見知らぬ魔女が潜入してきただと!?」
祖曽の家に着くなり、ギルドマスターであるデメトリアの声が聞こえてきた。その声には焦燥と驚きの感情を感じられる。
「はい……情報を引き出そうとしましたが、力及ばず……」
懐かしい声が聞こえた。フィーナの記憶にある優しい声。フィーナを包んでくれた温かい腕。
フィーナ達はその声を聞くなり駆け出し、部屋に飛び込んだ。
「「母さん!」」
フィーナとイーナが同時にレーナに飛びつく。デイジーは置いていかれたが、何も言わず後からゆっくりと部屋に入ってきた。
レーナは飛びついた二人を抱きとめると二人の頭を優しく撫でた。
「イーナ……フィーナ……心配かけてごめんね」
(この人がフィーナのお母さん……なんだろう……凄く温かい気持ちになる……)
フィーナの魂も待つヒカリにとって、母親は二人いるようなものだった。前世では一人っ子だったため、姉であるイーナに会えた時は嬉しかったが、すでに母親のいるヒカリは、もう一人の母親であるレーナに会うのは少しは怖かった。全く他人行儀でしか接することが出来ないのではないかと危惧したのだ。
しかしそんな気持ちとは裏腹に、声を聞くなり駆け出した自分に自分自身が一番驚いた。抱きついて、その懐かしい匂いと暖かい温もりは紛れもなく母親のものだった。
フィーナは自然と涙して、レーナを強く抱きしめた。
レーナはベッドに腰掛け、そばにはギルドマスターであるデメトリアが立っていた。スージーの姿もある。慌てて来たのか、デメトリアもスージーも軽く髪が跳ねていて、寝癖がついていた。
フィーナ達が部屋に飛び込んできたことに一瞬驚いた様だが、今は口を挟まず見守ってくれている。
「母さん……母さん……」
「フィーナ…イーナ……元気だった? フィーナはもう具合の悪いところはない? イーナも勉強を頑張っているかしら?」
「「……うん」」
二人はグスグスと鼻をすすり、レーナに応えた。レーナは軽く頷くと愛おしそうに二人を撫でた。
「フィーナ………イーナ…………大事なお話があるの。あなた達も聞きなさい」
レーナがそう言って、二人を離れさせる。赤くなった二人の顔を優しく撫でて、レーナはデメトリアの方に向き直った。