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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
165/221

161『ガルディア視察 2』

 ガルディアへの旅は順調に進んでいた。

 出発して数時間はエリオがソワソワして落ち着かなかったが、それも今ではあまりの退屈さに微睡むだけになった。

 馬車の中にはフィーナ達三人とエリオ、御者台にはブラウンが座っている。

 騎士団副長であるブラウンに御者を求めるのは失礼かと思ったが、当の本人はこちらが拍子抜けするくらいあっさりと受けてくれた。何でも馬の扱いには並々ならぬ自信があるそうで、そこらの御者に任せるくらいなら自分でやった方がストレスがないのだそうだ。騎士ならではというよりかはブラウンだからこその理由なのだろう。エリオもそんなブラウンの話を珍しげに聞いていた。

 自信があると言ったブラウンの馬の扱い方はとても堂に入ったものだった。初めて会う馬のはずだが、馬から擦り寄られるようにして懐かれていた。稀有な特性を持った人だ、とフィーナは感嘆した。

 

「いい馬だ。賢くて力もある。いい旅になりそうだよ」


 ブラウンは馬の横腹を撫でながら言った。馬もそれに答えるように鼻を鳴らした。



 ブラウンのおかげで快適な馬車の旅となったが、かかる時間は変わらない。フィーナ達は旅慣れているので各々本を読んだり、簡単なゲームをしたりと暇の過ごし方を知っている。だがエリオは初めての旅で持て余す暇の過ごし方など知らない。馬車に揺られるのも飽きたようだった。

 整備された街道を行く馬車の小窓から、エリオは欠伸をしながら青々とした草原を眺めていた。そんな時である。



「殿下、魔物の気配がします。注意してください」


 馬車が急に止まり、御者台からブラウンの不穏な声色が届く。どことなく、馬も落ち着かない様子だ。


「ほ、本当か? 強い魔物か?」


「まだわかりません。ですがこの辺りの魔物は大して強い魔物は出ないと聞きます。姿も見えないので、恐らく小型の魔物でしょう」


「よ、よし! ならば先生たちもいるから大丈夫であるな!」


 エリオが期待のこもった目でフィーナ達を見る。しかし、フィーナ達は動こうとしなかった。それどころか一度ブラウンの話を聞くと、それからまた歓談に戻り、ボードゲームを始めた。フィーナが提案し、ガオの腹に入れて持ち込んだリバーシなのだが、エリオにはさっぱりわけのわからない物だった。

 大して警戒することもなく遊んでいるフィーナ達に対し、エリオは不安にかられ、思わず「せ、先生!?」と叫んでしまった。


「この辺りで小型の魔物というとアーモンドアントという蟻の魔物だと思います。エリオ殿下にも戦える魔物ですよ。私達はここで待ってますから、エリオ殿下は倒してきてください」


 フィーナは叫ぶエリオに振り返ることもなく、今度は使い魔のミミにササミを与えだした。

 エリオは困惑して眉を下げた。


「え……?」


「これも授業の一環です。アーモンドアントの特徴や性質については昨日教えましたよね? 丁度いい実戦の機会ですよ」


「た、確かに教わったが、初めての戦闘なのだ……。先生達も一緒に戦ってくれるのではないのか?」


「魔法を使う私達と一緒に戦ってもエリオ殿下には得るものがないでしょう? ゴブリン討伐に参加したいと言っていた、あの時の威勢はどうしたんですか」


 フィーナはブラウンに聞こえないように小声で囁いた。

 ゴブリン討伐の件は一応国家機密となっている。ブラウンも討伐に参加する騎士の一人なのだが、何故知っているのか、一々説明するのも億劫なので、聞こえないように話したのだ。だが、フィーナがゴブリンと囁いた瞬間、ブラウンの肩が少し揺れたのをフィーナは御者台へ通じる戸窓から見ることができたので、聞こえていたかもしない。


「それは……」


 エリオは罰が悪そうに口籠った。

 自身の実力を過信していたエリオはデイジーに叩きのめされ、自分がまだ弱いのだと今はそう思っている。ほんの数日前のことだが、エリオはかつての浅慮だった自分を叱り飛ばしたい気分になった。


「……本当にアーモンドアントなのか? 別の魔物の可能性もあるのではないか?」


「本当にアーモンドアントですよ。だよね? ミミ?」


 フィーナがミミに問いかけると、ミミは小窓から草原を覗き、こくりと頷いた。そしてまたムシャムシャとササミを頬張り始めた。


「うむぅ……」


「そんなに不安なら、ブラウン副長に付いてきてもらえばいいのでは? 彼の剣技なら参考にもなるでしょうし。そんなわけでお願いします。ブラウン副長」


 会話を聞いているであろうブラウンにフィーナが要望を伝える。ブラウンは戸窓からこちらを覗き込み、観念したように肩をすくめた。


「気づいていたのかい? ……やれやれ。君達は陛下と一体どこまで親密なのかわからないね。それはともかく、今回は任されたよ。殿下、いきましょう」


「う、うむ……」


「頑張れー」


 未だ不安そうにするエリオに、デイジーが気持ちのこもってない激励を贈る。デイジーからしたら、アーモンドアントなんて取るに足らない相手なので気もそぞろになるのはわかる。

 アーモンドアントと名がついているが、何も大きさがアーモンドサイズであったり、食べたらアーモンドの味というわけではない。大きさは子犬程の巨体で、蟻酸というには酸性度の高すぎる酸を体内に持っている。アーモンドというのは頭の形がアーモンドにそっくりだからである。アーモンドヘッドアントにはならなかったのかと思うだろうが、昔の人がつけた名前は時折、こうやって特徴だけ捉えた魔物の呼び方があるようだ。

 アーモンドアントは作物を荒らす害虫で、農家は度々この魔物に頭を悩ませているらしい。だが個体の強さに関しては、はっきり言って弱い。動きは緩慢で遅く、攻撃方法は強靭な顎での噛みつきだけ。その気になれば、農具を持った農民にも倒される魔物だ。ただ数だけは多いのだ。


「ぼ、僕にやれるのか……? いや、やらなければ今後、父上の役に立つことなどできない。先生は僕にも倒せると言っているのだ。やれる。僕にもやれる!」


 エリオはブツブツと独り言を呟き、意を決したかのように馬車の扉を開け放った。外ではブラウンが剣を抜いて立っていた。ブラウンの側にはアーモンドアントの無残な死体が既に数体横たわっている。


「殿下、こちらをお使いください」


 ブラウンはエリオにも扱えるような小振りの剣を差し出し、エリオは緊張した面持ちでそれを受け取った。木剣とは違った重みがズシリと感じられたが、不思議と手に馴染むようであった。


 ギチギチと顎を鳴らして迫るアーモンドアントを前にして、エリオはごくりと息を呑み、剣を鞘から抜いた。

 心臓がかつてないほど高なり、額には知らず知らずの内に汗をかいていた。


「はああああ!」


 エリオが臆する気持ちを奮い立たせ、アーモンドアントへ剣を振り下ろす。

 ぐしゃりと音を立てて割れるアーモンドアントの額を見て、エリオは確かな手応えを感じていた。しかし―――


「殿下! 気を抜いてはなりません!」


「っ!」


 頭を中程まで叩き割られたアーモンドアントはそれでもエリオの脚に食らいつこうと動こうとしていた。

 

「うわ、わあああ!」


 エリオは即座にアーモンドアントへ二度三度と続けざまに剣閃を送った。最早、型など無い不細工な剣の振りだった。

 五回目の振り下ろしにより、ようやくアーモンドアントの息の根を止めた頃には、エリオの息はかなり上がっていた。


「はあ……はあ……た、倒した……のか?」


「おめでとうございます。初の魔物討伐ですね」


 ブラウンがエリオを笑顔で褒める。アーモンドアント数体を細切れにしながらである。

 エリオは初めて討伐できた喜びと、実戦の恐怖、そして無様な剣技となってしまった己の未熟さを恥じる気持ちがごちゃまぜになり、何とも言えない気持ちになった。

 魔物、特に昆虫系の魔物はしぶとく、たとえ頭を潰したとしても気を抜いてはならない。昨日フィーナ達から教わったはずなのに、いざ実戦となると、机上で学ぶときとは違い、頭が上手く回らなかった。

 剣を叩きつけた感触、鼻につくアーモンドアントの独特な臭い、ギチギチと耳障りな顎の音。そして実戦に対する恐怖心。それらがエリオの思考を鈍らせた。

 もっと上手くやれる。もっと鋭い剣筋を自分は持っている。そう思うと、力を発揮できないことが唇を噛みしめるほど悔しかった。


「殿下、次がきますよ。反省は後でやりましょう」


「……わかった!」


 そこからのエリオはただがむしゃらに戦った。

 後悔することは無い。自分にはフィーナ達という優秀な指導者がおり、この場では騎士団副長という歴とした剣の見本がいるのだ。後で反省の時間はたっぷりとある。エリオが旅中での暇の潰し方を思いついた瞬間だった。


 

 ひたすらに剣を振り、アーモンドアントを切っていたように感じていたが、終わってみれば実際にエリオが倒した数は僅か数体程度で、残り全てはブラウンが倒していた。ブラウンの側にはうず高くアーモンドアントの死体が積み重なっている。だと言うのにブラウンは汗の一つもかかず、呼吸すら乱していない。

 エリオはと言うと、剣を支え棒にしてゼェゼェと肩で息をしていた。しかし、疲れた顔にはどこか達成感のようなものが滲み出していた。

 

「いい顔になったね」


「そうだね」


 フィーナ達はそんなエリオを馬車の小窓から頭を団子のように連ねて見ていた。一番下のデイジーは窮屈そうに顔を歪めている。


「ブラウン副長は流石だね。速すぎて剣が見えなかったよ」


「デイジーのハリケーンキックとどっちが速いー?」


「うーん……。どっちも速すぎて見えないから判断つかないなあ。威力はデイジーの方が上だと思うけど。ブラウン副長も本気じゃないと思うから、どの道はっきりとどっちが速いかなんてわからないよ」


「ふーん……ブラウン……恐るべし!」


 デイジーの上から目線の物言いに、フィーナとイーナは笑った。

 

「さてと……教え子のために冷たい飲み物でも用意してあげますか」


 そう言うとフィーナは氷魔法で小さな氷塊を作り、水筒の中に入れた。

 その後、戻ってきたエリオとブラウンが冷たい水を飲んで、口を揃えて「冷たい!」と言ったのを聞いて、またしてもフィーナ達は笑った。





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