159『国王とエリオ』
「どうだ、ピボット。エリオの様子は」
「なかなか面白い事になっております。陛下の言う通り、彼女たちに託して良かったと思われます」
ピボットは口元に手を当て、笑いを堪えるように述べた。
「そうか。多少不安はあったが、概ね上手くいっているようだな。正直、エリオに構ってやる時間が無かったからな。フィーナ達が引き受けてくれて本当に助かった」
ゴブリンの討伐作戦の準備は着々と進んでいる。サッツェ王国と足並みを揃える必要があるため、いつも以上に念入りに事を進めなければならない。エリオに構ってやる時間が惜しくなるくらい、我はゴブリン討伐に注力したかった。
騎士団が長期間王都を離れることになるが、留守の間は機関や魔術ギルドに頼んである。
ゴブリン討伐作戦のことは最重要機密なので話していないが、元々機関や魔術ギルドの上層部は原生物のことを知っている。その為、大規模な軍事作戦であるにも関わらず、特に騒ぐこともなく、機関や魔術ギルドはすんなりとこちらの要求を飲んでくれた。
あとは国民がどんな反応をするかだが、事前に集めた情報によると、国民はレイマン王国と戦争になるのではないか、と不安に思っているようだ。
レンツが襲撃された件については記憶に新しい。国民が危惧するのも納得というものだ。
なるべく不安を取り除いてやりたいが、こちらはサッツェ王国とのやり取りで手が回らないのが現状だ。
王都内の騎士の人数が減ることで、良からぬことを考える輩が増えなければいいが………。この際、治安の面については魔術ギルドに丸投げするのもいいかもしれない。魔術大会を見た人間なら魔女の力を知っているだろう。それなりに抑止力となるはずだ。とは言え、見た目は華奢な女達だ。本人たちも治安維持に尽力するような気概はないだろう。魔術ギルドにすべてを任せるのは早計かもしれない。
我らが帰ってきて、牢屋が犯罪者でいっぱいなんて事にならなければいいが……。
ピボットが淹れてくれた茶を啜り、深いため息を吐く。
「陛下、このところゆっくり休めていないのではないですか?」
「ああ。だが今は仕方ない。こうしている間にもゴブリン共は増え続けているからな。まったく、鼠のような奴らだ」
「この度の一件は原生物によるものですから、信頼できる筋にしか仕事を回せないのが辛いですね」
「そうだな。側近以外の文官共は腹の中で何を考えているのかわからんからな」
デーブ伯爵の伝手で騎士団に所属していた時期もあって、騎士の出である貴族には信頼が厚いと自負している。だが、成り上がりの貴族や財力を抱えた貴族とは未だ良好な関係は築けていない。
今回の件でもそうだが、その文官達との信頼の希薄さが、度々しこりとなっている。正直、自分の世代で円滑にできる気もしないので、放って置いているが、見えないところで何やら動いていると、噂程度に入ってくる。それが耳障りでしょうがない。
そういえば、レイクラウド公爵家も文官よりの家系だったな。
フィーナ達の友人にして、リシアンサスの設計者、キャスリーンの血筋にあたる家だ。色々と問題があるのでフィーナにも注意を向けておいてくれと言われている。
だが、ここ最近は監視もろくに出来ていないようだ。
忙しいという理由ではなく、単純に騎士系の貴族を寄り付かせないのだ。ピボットによると、狩猟大会で騎士系の貴族を優遇したために、文官系の貴族とは溝が深まっているらしい。
騎士系の貴族を優遇したつもりはなかったが、客観的に見れば優遇したととられてもおかしくない。我としたことが不覚だった。
幸い、キャスリーンもその母親も村に帰省しているので、大した手出しは出来ないということだけが救いだ。ゴブリンの討伐が終われば、文官系の貴族の切り崩しにかからねばいかんな。次期王となるバーネッティの為にも、我が一肌脱がねば。
「陛下、陛下!」
「む、なんだ? ピボット」
「エリオ殿下が話があるそうですぞ。休憩がてら、少し話でもしてきてはどうですか?」
「エリオ………か」
フィーナ達に預けてまだ半日だ。いくら規格外な彼女たちであっても、たった半日でエリオを教育し直すことなどできないだろう。
となれば、話というのは十中八九、ゴブリン討伐の件であろう。我は同じ事を何度も言うのは嫌いだ。そのような事に費やす時間など、王たる我には一秒たりともないのだ。
「仕事中に乱入しないだけでも、充分な変化だと思われます。話だけでも聞いてみてよろしいのでは?」
「ふむ……」
確かに、今までのエリオなら仕事中だろうと休憩中だろうと、見境なくやって来ては「父上父上」とまるで乳をせがむ子猫のようにうるさかったが、今日はきちんと事前に取り次いでもらっている。それだけでもかなりの進歩だ。
「そうだな。少し話してみるか。だが、討伐の件だったら直ぐに話を打ち切るぞ」
「かしこまりました。エリオ殿下は談話室にてお待ちになっているようです」
「わかった」
我が談話室へと向かうと、エリオは何故か風呂上がりだった。
顔つきもいくらか精悍になったように見える。
「なんだ? 風呂に入ったのか?」
「あ……父上。忙しいところをお呼びしてごめんなさい」
(どういう事だ? 目の前にいるのは本当にエリオなのか? エリオが気を遣うところなど初めて見たぞ)
「ああ、気にするな。丁度休憩に入るところだったからな。父を気遣うとはいい心掛けだぞ、エリオ」
「あ、ありがとうございます。本当に先生の言った通りだ……」
エリオはボソリと呟いていたが、我の耳は聞き逃さなかった。どうやら、この気遣いは彼女らの入れ知恵らしい。まったく、子どもとは思えん気配りの良さだ。
「それで? 話とはなんだ?」
「はい、父上に聴きたいことがありまして……」
エリオの目が右往左往する。今までに見られなかった現象だ。とても興味深い。一体彼女たちはどんな教育をしたのだ。
「あの魔女たちは何者なんですか? 僕が今まで学んできた剣も、算術も、書術もまるで通用しないんです。魔女というのは皆あれ程博識で強いのですか?」
「いや、あやつらは特別だ」
「特別?」
「うむ。前にガルディアが解放され、王都のスラム街が一気に過疎化した事があっただろう。あれにあの者たちは関わっていた」
「本当ですか!? ガルディアは近づくだけで身の破滅を起こすという死の都だったのに……」
「さらにあやつらは先の魔術大会でも表彰されている。最近では他国の魔女を撃退したのも彼女たちだ。それに、デーブ伯爵の病を治したのも彼女たちだな。無論、機関の設立にも一枚噛んでいる」
「な………! 僕とほとんど歳も変わらないのに……。彼女たちは本当に人間ですか……?」
「人間だ。魔女ではあるがな」
取り敢えず、思いついた事柄を述べてみたが、今思うととんでもない功績だ。せいぜい他国に引き抜きなどされないように、恩を売っておかねばなるまい。
「そう……なんですか……。あの、父上。先生、いえ、フィーナに想い人はいるのでしょうか……?」
「む? 我は聞いたことがないが……。エリオ、もしやお前……惚れたのか?」
「あ、いえ……その……。少し気になるだけです……」
はぐらかしてはいるが、我は鈍い男ではない。赤らめた顔を見ればわかる。エリオは本当にあのフィーナに惚れてしまったのだろう。何がどうしてあの腹黒女に惚れたのか分からないが、エリオの中ではフィーナが輝いて見えたのかもしれない。
しかし、よりによってあの腹黒女か……。
いや、あの三人を国内に留めるのならば、案外エリオの妻にするのはいい手なのかもしれない。
エリオならば王位継承権も無く、貴族からの関心も低い。エリオがその気なら妻という座にフィーナが食い込むこともできるはずだ。そうなれば、他国の引き抜きなど気にする必要もなくなる。良い案ではないか。
「エリオよ。父は応援するぞ」
「ち、父上! 僕はそんな……!」
エリオにはフィーナ達をこの国に縛る鎖になってもらわないとな。まあ、あやつらならエリオなんて無視して国を出ていくかもしれんが。頭の片隅程度には納めておくか。