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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
162/221

158『指導』

 

「はああああ!」


 エリオが雄叫びをあげてデイジーに斬りかかる。

 威勢はいいが、デイジーからすればエリオの剣筋は鈍速に見えるのだろう。既にエリオは数回剣を振っているが、デイジーはそれを鼻先三寸で躱している。

 本来なら躱した直後にデイジーの強烈なカウンターが繰り出されるはずだが、これはエリオの力を確かめる模擬戦だ。そう簡単に決着をつけるわけにはいかない。デイジーも手を抜いているのだろう。


「くっ…! 避けてばかりいないで戦え!」


「うるさいなー。よっと」


 デイジーはエリオの剣を身をかがめて避けると、低い体勢から足払いを繰り出した。

 遠心力が乗った足払いはエリオの足首辺りを捉え、受けたエリオはそれはもう派手にすっ転んだ。

 腰をしたたかに打ち付け、エリオは悶え苦しんでいる。かなり痛そうだ。


「く、くそぉ!」


 エリオは涙目になりながら起き上がり、再度デイジーへ剣を振るう。

 これもデイジーは上体を少し逸らすだけで躱し、ついでと言わんばかりにエリオの脛を硬い足底で蹴った。

 弁慶の泣き所とは言い得ていて、エリオはその一撃で木剣を手離し、脛を抑え、痛みにより蹲ってしまった。


「どうして当たらないんだ……!」


 エリオは悔しげに唸った。

 フィーナには専門的なことは分からないが、エリオには実戦的な経験が少ないように感じられた。ただ愚直にひたすら練習した連携や攻撃パターンを繰り出し、それを見切られても他の攻撃に転ずる引き出しが少なく、攻撃が一辺倒になっていた。


「エリオ殿下は今までどんな剣の訓練をしていたのですか?」


「……暇な騎士を見つけては剣を教えてもらっていた」


 エリオはそう答えると、歯を食いしばった。

 

「僕の剣を見た騎士たちは皆、筋がいいと褒めていたというのに、何だこれは。大嘘じゃないか。あいつら全員反逆罪で牢屋に入れてやる」


 同年代の女の子に負けたという事実がエリオの心を折ってしまったようで、エリオは今まで剣を教えてもらっていた騎士たちに八つ当たりするようだ。酷く情けない話だ。

 実際、剣の振り自体は悪くはないので、騎士たちも別に悪気があって褒めたわけではないのだろう。社交辞令の一貫をエリオが本気で捉えてしまったせいである。


「ふん!」


「痛っ! な、何をするんだ!」


 デイジーはエリオの頭に拳骨をお見舞いした。グローブをつけているし、身体強化も使っていないので大した威力ではないが、エリオは頭を抑えてデイジーを睨んだ。


「エリオは王子だから、騎士は厳しく教えることができない。でも、デイジーは必要なら今みたいに拳骨できる」


「………?」


「エリオは弱い。このままじゃ、いつまで経っても国王の力になんてなれない。騎士たちに八つ当たりする前に、やるべき事は一つだけ」


「………」


「それは強くなること。強くなければ大切なものを守ることはできない。自分の身を守ることすらできない。強くなりたいなら剣を離さないで。デイジーが強くしてあげるから」


 エリオの前で仁王立ちになって強く説くデイジーはさながら歴戦の勇者だった。


「………」


「返事は?」


「は、はい! 師匠!」


 フィーナはエリオの師匠呼びに思わず吹き出してしまった。

 心変わりが早いと言うべきか、子どもながら影響を受けやすいと言うべきか。とにかく、フィーナ達を認めてくれたのは確かなようだ。


「ふぅ……おい、お前。僕はのどが渇いたぞ。飲み物を持って来い。もちろん、師匠のぶんもな」


 前言撤回、エリオが認めたのはデイジーだけで、フィーナとイーナのことはまだ認めていないようである。



「エリオ……」


「デイジー、待って」


 変わらないエリオにデイジーの鉄拳制裁が行われようとしたのをイーナが止める。


「さあ殿下、たっぷりお飲みください」


 イーナは水魔法で作り出したバスケットボール大の水玉をエリオの顔めがけて無数に打ち出した。

 魔力の節約には一番気を使っているイーナが【操作】、【変換】を惜しみなく扱い、大量の魔力を消費する。高慢なエリオにほとほと嫌気が差していたのだろう。魔力の節約を無視したのは、力を見せると同時に、鬱憤晴らしも混ざっていた。



「こぼぼ……な、なにを……ごぼ」


「私たちを侍女扱いしないでください。今度侍女扱いしたら、この水を熱湯に変えますからね」


 フィーナは「ひえ〜」と震え上がった。

 いくらフィーナでも、魔法を使えない子供相手に熱湯を浴びせるなんて万が一が起こったらと思うと、恐ろしくてできない。しかし、魔力の操作に長けたイーナなら、火傷しないギリギリの熱さで出来てしまいそうだ。怒ったときのイーナの恐さと、魔法の扱いの上手さを知っているフィーナは他人事であるにも関わらず、想像できてしまい、戦々恐々とした。


「ごほ……ごめんなさい。姐御」


 フィーナはまたも吹き出した。本日二度目である。

 デイジーが“師匠”ときて、イーナは“姐御”である。

 確かにイーナはエリオより歳上なので、姐と呼ぶのは正しい。だが、そんな呼び方は一生聞くことないだろうと思っていた。わざわざデイジーと呼び方を変える必要はあるのだろうか。

 エリオの中で、イーナがどんな存在なのか、呼び方から容易に想像できる。

 それに、“師匠”と呼ばれたデイジーは満更でもなさそうだが、イーナは明らかに不満そうである。こうなると、自分の呼び方が気になってくるから不思議だ。できれば、周りが聞いても笑われないようなものがいいが、イーナの件を考えると少し不安だ。

 ここはちょっとばかり優しく接してあげよう。飴と鞭で言うなら、イーナが鞭でフィーナが飴になるのだ。コレの良いところは、専ら飴のほうが好かれやすいということだ。

 エリオに好かれても別にどうもないが、将来王族の恩師という立場になった時、色々と便利に扱えるかもしれない。

 フィーナはフフフと腹黒い笑みをみせた。



「姉さん、その辺で許してあげて。一応エリオ殿下は王族なんだから」


 珍しく止めに入ったフィーナを、イーナは怪訝な表情で見つめたが、ウィンクするフィーナを見て、悟ったように身を引いた。


「お、お前、僕を庇ってくれるのか? お前は優しいのだな……」


「お前ではなく、フィーナですよ。エリオ殿下」


 フィーナは慈愛(笑)に満ちた表情でエリオに手を差し伸べた。


「フ、フィーナ……先生。あ、ありがとう」


 エリオは顔を赤らめながらもフィーナの手を取った。

 この時フィーナは心底悪い笑みを浮かべていたという。



 

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