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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
家庭教師と製薬編
161/221

157『エリオ』

 温かい空気を割って入ってきた少年に、国王やピボット、近衛兵の面々までもがこめかみを押さえて嘆息する。

 

「エリオ、何故お前がここにいる?」


「父上が遠征の重要なお話をされていると聞いたので、僕も参加せねばと、馳せ参じました!」


「お前が参加する必要は皆無だ、エリオ。今回は第一から第八までの騎士団と団長を連れていき、第二騎士団を率いている、お前の兄、バーネッティもいる。お前の出る幕ではない」


「バーネッティ兄様が………。しかし、父上! 僕も剣の腕は上達したのです! それを証明してご覧に入れます! どうか僕も参加させてください!」


「くどいぞ、エリオ。ピボット、エリオを下がらせろ。客人の前で無礼である故な」


「はっ! さ、殿下。ここは大人しく……」


「な! 離せピボット! 父上! 父上ー!」


 エリオと呼ばれていた少年はピボットに抱きかかえられ、退場していった。エリオが部屋から出ると、周囲から深いため息がいくつも聞こえてきた。



「すまなかったな。あいつは我の(めかけ)の子でな。我が息子と言えど、王位継承権は無い。今回の討伐においても、本来ならば耳に入ることがないはずなのだが……どこで聞いたのか、ああやって事あるごとにこちらの頭を悩ませる頼み事をしてくるのだ」



 国王は頬杖をつき、やれやれと冷めた紅茶を口に含んだ。


「母親から『いつか父君の助けになるよう努力するように』と言われているようだが、どこで履き違えたのか、いつからか自分の力を見せつけようとするようになってしまった。今では執事や侍女の言う事も聞こうとしない。甘やかしていたつもりはないのだが、何故あのようになってしまったのか全くわからんのだ」


 国王は「ここまで手がかかる子は初めてだ」と眉根の皺を指で伸ばした。

 

「大変ですねー」


 フィーナは他人事を聞くような顔で我感せずな受け答えをした。王族の愚痴など聞いても、フィーナにはどうしようもないので、当然と言えば当然なのだが、あまりの素っ気なさに、国王は“へ”の字口を作った。


「お前達、無関係と思っていたら大間違いだぞ」


「え?」


「今回の依頼についてお前たちは関係しているのだ。依頼内容はエリオの教師をやってもらうこと、だ」


「えーー!?」


 フィーナ達は三人揃って目を見開かせた。顔には「面倒くさい」といった表情が、隠れもせず浮かんでいる。


「期間は半年。半年でエリオを世間知らずで自尊心の高すぎる若造から、王族に相応しい男へと変えてくれ。半年間、毎日とは言わないが、なるべく見てやって欲しい。そして、エリオの鼻っ柱を折って、再教育してやってくれ。手伝いが要るなら、こちらに支障がない場合なら遠慮なく持ってい行ってもらって構わん」


 そう言って国王は黒い笑顔を浮かべる。今度はフィーナ達が“へ”の字口を作った。





 その後、国王からの依頼という重さ報酬額の大きさから結局受ける事にしたフィーナ達は、早速エリオと顔合わせをすることにした。

 正直、最初は気が進まない三人だったが、エリオの私室へと向かう際に三人でどういう教育をするか話すうちに、次第に楽しみになりだしていた。


「剣の技術には自信がありそうだから、まずは腕試しにデイジーと模擬戦だね」


「楽しみ〜」


 デイジーは肩を回して、目に闘志を宿らせた。


「王族なんだから、勉強もできなきゃだよ。識字、算術、芸術、研究、色々やらせよう」


 フィーナは指折り数えて黒い笑みをみせた。


「けど、王族だからって、執事や侍女の言うことを全く聞かないのも問題だと思うの。下の人達の心もわかってあげられるよう、勉強させないとね。口の聞き方とか」


 イーナが冷たい笑みを見せながら言う。



 そうやってエリオの部屋につく頃には大体の教育方針が決まったのだが、エリオの部屋へと案内する侍女はフィーナ達の会話を聞いて、戦々恐々としていた。



「殿下、新しい教師を連れてまいりました」


「うむ、入れ」


 侍女が扉を開け、フィーナ達を中へと通す。心なしか、侍女がフィーナ達の目を見ようとせず、目線を下に向けているような気がする。


「ぬ? 新しい教師と聞いていたのに、さっきの下女共ではないか。おい、何かの間違いではないのか?」


 エリオは豪華な長椅子にゆったりと腰掛けながら、怪訝な眼差しをフィーナ達に向けた。

 どうやらエリオの中ではフィーナ達は完全に下女ということになっているらしい。


「殿下、こちらの方々は数々の功績を持ち、殿下の父君からの信頼も厚い、歴とした殿下の教師陣でございます」


「ふむ、そうは見えんが……まあいい。お前達、僕の教師なら父上へ今回の討伐戦に僕を参加させるよう掛け合ってくれ」


 

 フィーナ達はエリオの言い分を無視し、部屋の中に入るなり、辺りを見回した。

 部屋自体は豪華だが、家具の一点一点は機能性が高く、いい趣味をしていると感じさせる部屋だった。ただ、床の半分をタイランエイプの毛皮で埋め尽くされており、それが余りにも部屋と調和しておらず、景観を壊していた。

 価値のある毛皮なのだが、壊滅的にこの部屋には合っていない。元々別の絨毯が敷かれていたところに、無理やりタイランエイプの毛皮を敷いたようだった。


「おい、聞いているのか? 僕は討伐戦に参加したいのだ。僕の力があれば、ゴブリンの一匹や二匹なんて―――」


「あーエリオ殿下、それよりこちらのタイランエイプの毛皮は……」


 フィーナは自信満々に語り始めようとしたエリオを遮って、初の会話に挑んだ。王子との初めての会話の内容が部屋の内装のことだなんて、少々俗世すぎているが。


「ぬ? ああこれか。いい毛皮だろう? 父上が狩猟大会で狩ったタイランエイプの毛皮だぞ。無理を言って譲ってもらったのだ。僕も父上のようにタイランエイプを倒せるような強い男になりたいと思っているんだ。その為にも、今回の討伐戦に参加しなければ……!」


 タイランエイプの毛皮は他ならぬエリオが敷かせたらしい。不釣り合いな毛皮を侍女が物悲しい顔をして見ているので、本当は不服なのだろう。聞けば、この部屋は元々成人したエリオの兄達からのお下がりなのだとか。機能性が高く、合理的でまとまった内装はエリオの兄達が長年この部屋で過ごしやすいよう改良した結果であるようだ。合理性に重点を置きながらも豪華な見栄えであるのはあの国王の子だと思わせるが、エリオだけは少々趣きが違っているようだ。


「はぁ、そうですか。それからエリオ殿下、私達はただの雇われ教師なので、陛下に進言できる立場にはいませんよ」


「なんだ。なら用はない。下がっていいぞ」


 エリオは「しっしっ」と野良犬を追い払うようにフィーナ達を邪険に扱った。

 国王に進言する立場ではないが、国王はフィーナたちの言葉に耳を貸してくれるので、丸っきり要望を通すことができないというわけではない。ただエリオの要求を飲みたくなかったので、それらしい理由をつけて断っただけである。

 邪険に扱われて苛立ちを覚えるが、これも依頼なので、フィーナはぐっと我慢する。



「そういうわけにはいきません。エリオ殿下は将来、父君の様になりたいのですよね? それには教育が必要ですよ」


「ふむ。確かに、父上は僕の歳の頃には騎士見習いとして訓練に参加していたり、算術を完璧にこなしたと聞く。よかろう。それで? 何を教えてくれるのだ?」


 まんまとフィーナの口車に乗せられ、エリオが身を乗り出す。

 どうやらエリオの行動の根幹は、父のようになりたいという願望からきているらしい。同時に、自身の力を認めてもらいたいという欲求もあるようだ。


「まずはエリオ殿下の実力を見るために、今日は今までやって来た勉強の成果を見たいと思っています」


「ふむ。僕の優秀さを刮目してみるがいい」



 そうして始まったエリオの教育計画だが、いざ見てみると、エリオは存外、そこそこ優秀だった。

 剣を持てばそれなりの剣捌きを見せ、ペンを持てばそれなりの学習成果を見せた。

 しかし、どれも年齢を考えれば、平均より頑張っているという程度だ。ずば抜けて優れているというわけではなかった。これならば、騎士の家に生まれてきた子どもの方が剣の腕は上だし、勉強の方も大抵の見習い魔女の方が上だ。エリオが平民であるなら稀に見る秀才となるだろうが、国一番の教育を受けてこの程度なら、大したものではない。寧ろ、進捗が遅いとも言える。

 思った以上に教育に時間がかかりそうだ、とフィーナは自信満々に剣を振るエリオを厳しい表情で見ていた。




「はぁ………はぁ………どうだ? 素晴らしい剣筋だろう?」


 息を乱し、額に汗をかいたエリオが得意げに口角を上げる。

 

「全然ダメ!」


 デイジーが顔の前で腕を交差して、バツ印を作りながら言った。フィーナも内心そう思っていたが、そのまま伝えるのは可哀想かなと、柔らかい表現を考えていたのだが、デイジーははっきりと簡潔に答えてしまった。

 エリオはカチンと来たようで、訓練用の木剣を地面に突き刺して「何だと!?」と叫んだ。



「女の貴様に何がわかる!? 当てずっぽうで判断するな! お前達はただ僕を黙って称賛していればいいのだ!」


 鼻息を荒らげて憤慨するエリオには申し訳ないが、デイジーはこれでもチームの前衛なのだ。常日頃から魔物と殺るか殺られるかのせめぎ合いをしているデイジーが「ダメ」と言っているのだから、デイジーの目から見て、エリオは全くなっていないのだろう。


「エリオ殿下、デイジーの実力は魔物との戦闘において右に出る者はいません。剣は扱いませんが、魔物の爪や牙を紙一重で躱し、肉薄し接近戦に持ち込む技術はこの国一番だと思います」


 フィーナが説明すると、デイジーは「ふふん」と鼻を鳴らし、エリオは眉根を寄せて訝しんだ。

 デイジーは天性の勘の良さで魔物の攻撃を避ける。後ろで見ているフィーナ達にとっては肝が冷える行いだが、本人曰く「楽しい!」らしい。秘密を明かして絆を深めた今でも、その感情は理解できない。


「にわかには信じられん。嘘をついているのではあるまいな? ふん、そんなに腕が達者だと言うのなら、僕と模擬戦をやってみろ」


 エリオは地面に突き刺した木剣をデイジーに向け、宣戦布告した。

 フィーナがデイジーに目配せすると、デイジーは肩をすくめて了承した。その仕草が余裕を感じさせるので、エリオはますます苛立っていた。



「じゃあデイジーは魔法なしで戦うように、勿論身体強化の魔法も駄目だよ。エリオ殿下は木剣をそのまま使ってください」


「ほーい」


「ふん、泣いても知らないからな」


 木剣と言えど、当たれば痛いし、怪我をすることもある。今はフィーナやイーナがいるので、怪我をしても直ぐに治療できる。まあ、当たればの話なのだが。

 デイジーはいつものグローブとすね当てを着け、拳同士を二度叩き合わせ、感触を確かめた。



「始め!」



 フィーナが開始の宣言を言うと、両者は互いに向かって走り出した。

 

「さてと、治療の準備をしておきますか」


 とフィーナは独りごちた。勿論エリオの治療の事である。うんと染みる薬を用意してやろう、と邪険に扱われた事を未だ根に持つフィーナであった。


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