155『内容がないよう』
フィーナ、イーナ、デイジーの三人は薬草園となっている魔術ギルドの研究室に集まっていた。
例の襲撃によって、魔術ギルドは少々焼けてしまったが、幸い薬草園は無事だった。おかげで、薬やハーブが不足する事なく、安定して供給できたのだが、切羽詰まったある問題が浮上していた。
「お金が無い……!」
食うにも困る、というわけではないが、一生遊んで暮らせるだけ蓄えがあったフィーナ達にとっては由々しき問題だった。
「ちょっと使いすぎちゃったね……」
「チキン食べられなくなる……?」
イーナは反省気味に項垂れ、デイジーは絶望一歩手前の暗い表情を浮かばせる。
「このままじゃ……ね」
「やだよ! チキンが食べられなくなるなんて!」
デイジーがテーブルを強く叩いて立ち上がる。テーブルの上に置かれていた茶器がカタカタと揺れ、淹れてあったハーブティーに波紋を作った。
そもそも、なぜフィーナ達が金欠になったかというと、復興にかかった資金と、村に技術研究所を造る建設費を負担した為である。復興にかかるお金については、復興予算の補填という形で一部出しただけに過ぎないが、技術研究所の建設については全額フィーナ達の負担である。
機関から研修としてやって来た魔女達に相応しい場所を、と作らせたのだが、いざ作り始めると、色々と要望を加えてしまって、当初の費用より大幅に増額してしまったのだ。
専用の演習場に、最新の魔道具の数々、結晶魔分もふんだんに使った為、フィーナ達の貯蓄はすっかり底をついてしまった。
お金をつぎ込んだだけあって、技術研究所は機関の研究室に勝るほど高水準な設備となっているが、整備や維持するのにも多少なりともお金はかかる。王都にある【友の湯】のおかげで一定の収入はあるものの、【友の湯】が経営難で潰れたりすれば、たちまちフィーナ達は破産である。
そんなわけで、今日は三人でどうするべきか、急遽集まったのだ。
「金策をします」
フィーナがテーブルに肘をつき、顔の前で手を組んだ状態で真面目に切り出す。いわゆる『司令官』スタイルである。
「どうする? 依頼を受ける?」
「でも、ギルドもあんまりお金ないらしーよ。でめちゃんがぼやいてた」
「無いなら引っ張ってくるしかない」
そう言って、フィーナは懐から一枚の手紙を取り出した。
最近、流行り始めている【魔鳥】を使った郵便だ。伝書鳩ならぬ伝書鳥である。分類が魔物なので、普通の鳥類より格段に速く飛べ、尚且つスタミナがあり、物によっては手紙だけでなく小物まで送ることができるというのが、この郵便の良いところである。
使役化した【魔鳥】に手紙を持たせ届けさせるのだが、初めは狩られそうになったり、夕食のおかずになりそうだったりと、うまく成り立たないでいた。そこで、使役化した【魔鳥】にひと目でわかる魔女の紋様が入った服を着せたところ、無事に役目を果たすことができるようになった。
将来的には国内すべての魔女が【魔鳥】を使役し、手紙の配達に使用することを目指している。そのためのビジネスも、今後広がっていくだろう。
「今朝、ヘーゼルさんから届いたんだ」
フィーナは手紙を二人に見えやすいようにテーブルの上へと置いた。
二人が身を乗り出して覗き込むように読み始める。
「これは依頼……かな? でも肝心の内容が書かれてないね」
「………はっ! 内容が無いよう!」
「十点」
デイジーの渾身のダジャレをイーナが辛辣に評価する。ちなみに、百点満点である。デイジーの最高得点は三十点で、そのダジャレが『癒やしを求める卑しい人』である。これはイーナにしつこく治癒魔法をねだった人物にデイジーがぼそっと放った一言だ。イーナは「言い過ぎ」と言っていたが、その顔は笑みを含んでいた。
「内容は書けなかったんじゃないかな? 依頼料を見てよ。金貨千枚〜だって」
「千枚〜ってことはさらに上がる可能性もあるってこと?」
「そういうこと」
「でも、なんで内容は書けなかったの?」
「それはね……」
フィーナは手紙を裏返し、宛先と差出人をトントンと指で叩いた。
「私達宛と差出人のヘーゼルさんがどうかしたの?」
「おかしいと思わない? 私達はヘーゼルさんと面識があると言っても、直に依頼を受けるような間柄じゃないよね? そもそも、大抵のことはヘーゼルさんならどうとでもなるし。それに、依頼料もかなり高い」
王都魔術ギルドのギルドマスターの実力は本物で、あのヴィオでさえヘーゼルを認めている。大抵のことはギルド内と自身の力でこなせてしまうはずだ。そんなヘーゼルからせせこましい依頼なんて、本来ならば来るはずがない。
「じゃあどういうこと?」
「差出人はヘーゼルさんだけど、依頼主は別の人。しかもかなり高貴な身分の人、ということだよ」
ヘーゼルが持っていないもの。それは“コネ”だ。魔女としてのコネは王都全体に跨がるほど広いが、貴族としてのコネはフィーナ達に軍配が上がる。
貴族からの依頼は人気が無く、魔女達も受けたがらない。ヘーゼルもその一人で、ギルドマスターとしての立場がある以上最低限は受けるようにしているが、本音は他の人に回したい、といつも言っていた。
子爵の位を持つヘーゼルでも、貴族の相手は嫌なのだとか。過去に何があったかは知らないが、貴族であるヘーゼルが同じ貴族を毛嫌いしているのは、相応の理由があるのだろう。
「一応私達も爵位持ちだもんね。つまり、ヘーゼルさんは貴族の依頼が嫌で、内容も見ずに私達へ回してきたってこと?」
「内容は見れなかったんだよ。貴族の問題に首を突っ込みたくなかったんだと思う。日数も書いてないから、内容は何も知らないんじゃないかな。貴族が私達を指名してきたって場合もあるね」
「デイジー達を指名する貴族っていうと………デーブ伯爵?」
「うーん……デーブ伯爵以外にも、ダイエット計画で知り合った貴族達の可能性もあるね」
デーブ伯爵の暴走で、体を鍛えさせられた貴族達の怪我や筋肉痛をケアしたのはフィーナ達である。その時に顔や名前を知り、覚えていたとしてもおかしくはない。あの頃のフィーナ達はまだ無名だったが、魔術大会で活躍した今はそれなりに名が売れている。爵位を持ち、実力もあるということが、魔女に頼み事をしたい貴族がフィーナ達を指名する材料となっているのかもしれない。
「というわけで、私はこの依頼を受けようと思ってる。今日は二人に賛成か反対かを聞きたいんだ」
「依頼を受けたら、またしばらくレンツを離れるんだよね?」
「日数次第だけど、そうなると思う」
せっかくレンツへと戻って来れたのに、また長期間、村を出なければならない事をイーナは不安に思っているようだ。
村を離れていた間に襲撃されたので、もう襲撃はないと思っていても、不安に思ってしまうのだろう。デイジーも気が進まない表情をしている。
「私は行くべきだと思います」
フィーナが今回はやめておこうと口を開こうとすると、待ったをかけるように薬草園に声が響いた。声の主はマリーナだった。
「フィーナ様たちの不在の間は、このマリーナが村をお守り致します。その為の訓練は欠かさなかったつもりです」
マリーナは青い瞳をキラキラと輝かせ、自信に満ち溢れた表情で言い切った。
襲撃時に元同郷のレリエートの幹部たちにボロボロにされたマリーナは、不甲斐ない自身を呪って、体が回復してから毎日訓練に励むようになった。
今ではこと水魔法だけに括れば、村内でマリーナの右に出るものはいない。【豪雨】の二つ名が無くてもだ。
特殊魔法は使えないが、一度はレリエートの幹部にまで上り詰めたマリーナである。魔法の扱いはそこらの魔女と比べても群を抜いて上手かった。
そんなマリーナが自信満々で任せて欲しいと言っているのだ。マリーナの日頃の頑張りを見ているこちらとしてはこれほど心強いことはない。それに、今なら各分野の分野長に加え、レーナだっているのだ。事が起これば機関の魔女たちも手を貸してくれるはずだ。村や町の防備も見直された今なら、襲撃があっても大丈夫だろう。
「それに、王都に残してきた人も心配ではありませんか?」
王都にはドナとアメラが未だに残っている。手紙でのやり取りはしているので、近況は双方に伝わっているが、久しぶりにドナやアメラの顔を見たいというのもある。やはり、顔を見ないと安心できないのだ。
村のみんなにはドナが帰って来ないのは体調が悪いからと言ってあるので、アメラのことは伝わっていない。いつかアメラのことを話さないといけないと思うと、胃の辺りがずっしりと重くなるようだ。
マリーナが言うのはドナの事なのだが、一瞬アメラの事を言ったかのように聞こえて、フィーナは思わずびくりと背筋を伸ばした。
「そう……だね。ドナさんのことも心配だし、やっぱり王都に一度行くべきかな」
「ブルホーンの串焼きは王都でしか食べられないもんね」
イーナはドナとアメラを心配することで、依頼を受ける方に傾いたようだ。デイジーは王都の事を思い出し、王都で食べた料理の数々を恋しく思っているようだが。
「それじゃあ依頼を受けるために王都へ……」
「「「行こう!!」」」
三人が拳を上げ、声を揃える。
「行ってらっしゃいませ」
マリーナはそんな三人を優しい目で見ていた。
見返してみたら、ヘーゼルは爵位持ちでした……
なのでちょっと修正