153『戻る魔法』
ヴァイオレット城へ来て二日経った。
ヴィオは当初のお仕置きを今も泣く泣く受けており、食事の時間になると憂鬱な表情を浮かべるようになっていた。
「肉が食べたいのじゃ……」
テーブルに突っ伏して、曇った瞳で呟き始めるくらい、ヴィオは精神的に参っていた。
だが、ヴィオに救いの手を差し伸べる者はいない。テッサが終始、余計なものを与えないか目を光らせているからだ。
あのイムでさえ、ヴィオの嘆きを見て見ぬふりをするくらいなので、テッサの監視はかなり厳しいのだろう。
ヴィオによって、フィーナとデイジーの魔法は戻ってきた。
あの戦闘のあとから、魔法を発動しようとすると、イップスのように発動の仕方がわからなくなっていたのだが、今は水を得た魚のように悠々と発動できる。寧ろ、前より発動しやすくなったように感じる。
デイジーも同じようで、しきりに首を傾げていた。
「戻ったようじゃな。一応聞くがどこか不安定なところはないか? 特にデイジーは確認を怠るでないぞ」
「調子いいよ? 今までにないくらい」
「じゃろうな。デイジーは特殊魔法を使い過ぎだったのじゃ。肉体の強化をああ何度も繰り返していれば、いつかは体を壊しておった。現に、知らず知らずのうちに体は傷ついておったのじゃ」
ヴィオは腕を組んで厳しい目でデイジーを見つめた。見つめられたデイジーはしょんぼりと肩を落とした。
「けど、ヴィオさん。私やフィーナの治癒魔法があれば、デイジーの体も癒せるのでは?」
イーナの言うように、治癒魔法や再生魔法があれば、体がボロボロになろうと、腕がもげようと、生きていれば回復することができる。フィーナもデイジーに無理をさせるつもりは無かったが、治癒魔法があれば大丈夫だ、と見ていた。しかし、ヴィオは「やれやれ」と首を振った。
「勘違いを正そうぞ。確かに治癒魔法や再生魔法があれば、傷ついた体は癒せる。しかし、魂まではどうしようもないのじゃ」
ヴィオは大広間を小さい歩幅でゆっくりと歩き、後ろ手に組んで大広間を照らすシャンデリアを見上げた。
「特殊魔法は魂の覚醒によって目覚める物じゃ。故に、魂の力とも言ってよい。特殊魔法を使う際、術者の魂には大きな負担がかかっておる。特に、デイジーはその度合いがお主らの中で一番大きい」
シャンデリアを見上げていたヴィオは振り返り、憐れむような視線をデイジーに向けた。
「単純に言うと、効果の持続時間と効力がデイジーの魂の許容量を越えておるのじゃ。治癒魔法や再生魔法は毎日のように使う魔法ではない。使う時でも、何時間も持続させることは無かろう。それに、イーナは魔力量が少なく、限界まで再生魔法を使えんじゃろう」
イーナはゆっくりと頷いた。
デイジーは毎日欠かさず、どこかで身体強化の魔法を使っていた。機関の訓練で使い、サナの狩りに付き合っては使いと、それはもう頻繁に。
身体強化に慣れるという意味合いも強かったが、確かにデイジーは日頃から特殊魔法を使いすぎていたと思う。
「で、でもフィーナはどうなんですか? 治癒魔法、転移魔法、集中力の強化に、先の戦闘では新たな特殊魔法に目覚めたと言っています。ヴィオさんの話だと、フィーナも魂はボロボロになっているはずです」
ベラドンナとの戦闘で呼吸を止められたフィーナは新たな特殊魔法に目覚めていた。これを理解したのは全ての戦闘が終わって、ベッドで微睡みながら考え事をしていたときのことだ。
あの時フィーナは誰かに救いを求めていた。そしてそれに応えたのが、他ならぬ転生前の『フィーナ』だった。元の体の持ち主である『フィーナ』は魂を欠けさせながらも、未だこの体に宿っている。
能力としてはもう一人の自己、『フィーナ』の声を聞き、話しかけることが出来るという一見何の意味もないものだが、フィーナはそのおかげで助けられたといっても過言ではない。それに、何よりもう一人の自分のような、魂レベルで刻まれた深い信頼で結ばれた存在が側にいるというのは、どこか安心できるものがあった。
「確かに、普通の魔女ならば今のフィーナのように多数の特殊魔法を使うことなぞできなかったじゃろう。じゃが、フィーナの魂はちと特殊じゃ。元の『フィーナ』としての魂と、転生したヒカリの魂が混ざり合って、形は歪じゃが膨大な大きさになっておる。その為、多数の特殊魔法を使い分けるだけの余力を有しておるのじゃ」
フィーナは自身の胸に手を置き、押し黙った。
フィーナがこうして幼いながらも強い力を持てたのは、ひとえに『フィーナ』の存在があったからだと再認識した。
目を閉じて頭の中で『ありがとう』と呟くと、『どういたしましてー』と陽気な返事が帰ってきた。あまりに呑気な返事だったので思わず笑みが溢れる。
「今までみたいに特殊魔法を使っていれば、どうなる……んですか?」
デイジーが真剣な表情でヴィオに質問する。その質問に対して、ヴィオは腕を組んで眉間に皺を寄せた。
「うむ……。これまでのように特殊魔法を使っていけば、数年で魂は崩壊し、最悪死に至る」
ヴィオの言葉に三人はしんと静まり返った。特にデイジーにとっては重い言葉だ。
「まあ待て、そう落ち込むでない。何も使うなとは言っておらん。今までより頻度を落とし、発動しても制限時間を決めておけば良い。それにお主の体が成長すれば、おのずと魂の許容量は増える。そうすればいつかは今までのように毎日発動しても無理なく過ごせるようになるであろう」
「ほんと!?」
「うむ。大人になれば魔力量が増えると言うであろう? あれは魂の成長を意味しておるのじゃ。魔女が成人になると旅に出るのも、数々の経験をし、魂を成長させることが本来の目的だからなのじゃ」
フィーナは「へぇ」と感嘆した。
今まで、魔女が旅に出るのは子孫を残すためだと思っていたが、それだけではなかったようだ。
魂を成長させるために旅をし、各地で様々な経験をした上で子を宿し、より優れた魔女を生み出す。
体系化した風習の中に、そんな理由が隠されていたということを知って、フィーナは思わず感嘆したのだ。
「………わかった! デイジー頑張る! それでいつかヴィオ様に一撃入れられるようになります!」
「ふふふ、そうかそうか。それは楽しみじゃな」
今は三人がかりでもヴィオに勝てるどころか一撃を入れることすらできない。だが、デイジーならいつか一撃を入れられる、そんな気にさせる。ヴィオもそう思ったからこそ笑って受け入れたのだろう。
ヴァイオレット城には一週間の滞在となった。
フィーナ達以外にも、ポリンとローリィはかなり実力をつけたようだ。今メインエーキと対抗戦をすればかなりいい勝負になるだろう。それほどポリンとローリィの成長は著しかった。心なしか、二人を見守るイムの表情が誇らしげに見えた。
テッサに送ってもらい、レンツへ戻ると、デメトリアからすぐさま「仕事を手伝ってくれ〜!」と懇願された。
フィーナは「休まる時がないなあ」とため息をつきながらも、縋り付くデメトリアと共に魔術ギルドへ向かうのだった。
ここで前編終了です。後編からは薬学面が強くなります。
今後も新米魔女のおくすりですよー!をよろしくお願いします