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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
大会と魔女王と三人の襲撃者編
155/221

152『再びヴァイオレット城へ』

 

「本当に行くのか……?」


「そのつもりですけど……」


「私に任せて大丈夫か? 見よ、この書類の山を」


 デメトリアが机の上の今にも崩れそうな書類の山を指差す。

 フィーナはそれを見るなり、罰が悪そうに顔を背けた。


「……マリエッタさんや母さんもいるから大丈夫ですよ。それに、用が済めばすぐに戻ってきますし」


「そういう問題ではない。フィーナはこの書類の山を見て、何も思わないのか?」


「思いますよ。でめちゃんに任せたら何ヶ月かかるかなぁ、とは」


「そう思うなら手伝ってくれ!」


 デメトリアがフィーナのローブの裾を掴み、涙目で懇願する。

 半年間の“教育”により、デメトリアも大分仕事をこなせるようになった。とは言え、それはフィーナが付いていればの話である。

 ギルドマスターの職務に復帰したデメトリアは現在、目が回るような仕事量に四苦八苦している。隙あらばフィーナに仕事を手伝ってもらっていた弊害とも言えよう。フィーナが村をあけると聞いて、大反対した唯一の人物がこのデメトリアであった。


「でめちゃんなら出来ますよ。それに仕方ないじゃないですか。魔女王に呼ばれておいて、無視なんて出来ないんですから」


「うっ……。まさか魔女王と知り合っているとはな……。今でも信じられん。しかし、本当に信用できる御人なのか? 忘れたわけではあるまい。レリエートの魔女に【二つ名】を与えたのは―――」


「それは何度も説明したじゃないですか。【二つ名】を与えたのは先々代の魔女王で、今代の魔女王はその件について謝ってくれたって」


「ううむ。だが、しかし……」


「姉さんはフィーナと離れるのが寂しいんですよね」


 フィーナとデメトリアの会話に割って入ったのはスージーだ。スージーは手に紅茶の茶器を持って、ギルドマスターの部屋へ入るなり、くつろぎ始めた。紅茶の香りがあっと言う間に部屋の中を満たす。


「な、何を言う! 私はただ手が足りないから言っているだけであってな。断じてフィーナがいなくなると寂しいというわけでは……」


「そうなんですか? なら送り出してあげて下さい。魔女王ならフィーナとデイジーの毒についても何か知ってるかもしれませんよ。姉さんも知っているでしょう? 毒の正体が掴めず、難儀しているって」


 スージーが言うように、フィーナとデイジーが侵されている毒について、レンツでは全く解明できずにいた。

 フィーナとしては不便だな、くらいにしか思ってないが、デイジーは先日ようやくふっきれたばかりだ。

 解明にいつまでかかるか分からないとは言え、このまま一生魔法を使えないというのは、様々な特殊魔法を使えただけあって残念に思う。だが、あの窮地を生き残る代償と思えば、それほど苦にはならない。

 そうは言っても、せめてデイジーだけでも回復して欲しいとは思うのだが。


 

「うぬぬ……。わかった。だが、スージーよ。そう言うお前は手伝ってくれるのだろうな?」


「いえ、それは姉さんの仕事ですから」


「な、何故だ! お茶を飲むくらい暇しているではないか! 少しくらい手伝ってくれても……」


「私はもう今日の分は終わらせたので、こうやって姉さんの仕事の進捗を見てあげているんです」


「たたの監視ではないか……。フィーナよ、寄り道しないで直ぐに帰ってくるんだぞ。そして私を助けるのだ」


「はーい」


 消沈した表情を浮かべるデメトリアに投げやりな返事をし、スージーにも挨拶をしておく。

 何もそこまで寂しがらなくても良いのに、と思いつつも、なるべく早く帰って来てやろうと思いやるフィーナであった。



「留守の間よろしくね。手が空いてたら、でめちゃんを手伝ってあげて」


「お任せください。フィーナ様」


「様はやめようよ、マリーナ」


 翌日、村の皆や機関の魔女たちに見送られ、フィーナとデイジー、それにイーナはヴィオの元へ向かった。

 今回は案内役としてテッサが来てくれるようで、長い道のりを共にすることになっている。

 テッサがいない間、ヴィオは一人で大丈夫なのかと思っていたが、どうやらテッサが留守の間、イムやポリン、ローリィがヴィオの世話をするらしい。先々代の弟子であるイムはともかく、ポリンやローリィにはいい迷惑だろう。

 子どものお守を任せられた二人の嘆く顔が目に浮かぶようだ。




「ポフの実をすり潰して鼻の中に入れるのはどう?」


「うひゃー。フィーナ、残酷だね」


「そうかな? デイジーはどうする?」


「新しい技の実験台!」



 旅の道中、テッサからフィーナ達の毒の真相を聞いた。

 フィーナ達が受けたのは毒では無く、ヴィオの仕業と聞いた時は、三人は揃ってぽかんとした表情を浮かべた。その次に湧いてきたのはヴィオへの怒りである。

 テッサ曰く“修行の一環”とのことだが、そんなことはどうでも良かった。フィーナ達が怒ったのは、悩むフィーナ達をこっそり見ていたという事である。

 そんな訳で、憤ったフィーナ達が陸船内で始めたのは“ヴィオへのお仕置き”と称された仕返しについての談義である。


「姉さんは何か無い?」


「うーん、私は被害にあってないからね……あ、でも魔法を使えないことがどれだけ大変かは分かって欲しいかも」


 イーナは日常生活において、極力魔法を使わない。魔力量が少なく、再生魔法を有しているイーナは、使うべきときに使う為、魔力を温存しているのだ。

 そんな持たざるものの気持ちを分かって欲しいというのは、魔法を使えない今だからこそ、フィーナもデイジーにもよく理解できた。


「そうだね。それじゃあヴィオには魔法無しで城の掃除でもしてもらおっか」


「あ、それ私も賛成です」


 テッサが御者台へ続く小窓から顔を覗かせて同意する。従者なのに、こんな話に賛成していいのだろうか。心なしか、テッサの表情が生き生きとしているように見える。

 テッサはヴィオを慕っていると思っていたが、この生き生きとした表情を見る限り、そうではないのかもしれない。


 

 ヴィオの城まで、速い陸船で向かっても数日はかかる。森を経由するため、王都から向かうより遠くなるのだ。気軽に行ける距離ではないのは確かだ。

 だが、テッサの長距離転移魔法なら、フィーナ達をレンツに送ったときのように瞬時に移動できるはずだ。わざわざ陸路で行く理由が分からず、フィーナは思い切って問いかけることにした。


「テッサさんは長距離転移が使えますよね? 一瞬で行けるはずなのに、どうして陸船で?」


「確かに転移魔法なら時間をかけずに移動できます。ですが、それでは味気ないじゃないですか」


「そうなんですか? 私は短距離しか転移できないので、よく分からないんですけど」


「こうやって風景や外の匂いを楽しむのもいいものですよ。こんな時じゃないと、ヴィオの傍から離れられませんからね。たまには息抜きも必要という事です」


 なるほど、とフィーナは頷いた。

 テッサは生まれたときからヴィオの従者であることを決定づけられていて、子どもの時から自由というものが無かったのだろう。

 渋い趣きではあるが、風景を楽しむのんびりとした旅みたいなものでも、テッサにとっては日々の責務から逃れられる一つの楽しみなのだ。


「ヴィオのことが嫌いという訳ではありませんよ? 寧ろ、大好きです。ですが、たまには離れて羽を伸ばしたいときだってあるんですよ」


 まるで熟年夫婦みたいな事を言う。

 てっきり、テッサはヴィオの保護者みたいなもので、付きっきりじゃないと心配でたまらないのかと思っていたが、そうではなかったようだ。どっちかというと、姉と言った方が正しいのかもしれない。

 ヴィオが産まれたときから側にいる身として、テッサなりの良好な関係を保つ処世術なのかもしれない。



 そんなテッサの一面を垣間見ながらも、一行は問題無くヴィオの城へと辿り着いた。


「すごいねぇ」


「うん」


 デイジーが城を見上げながら人知らず呟く。

 いつ見ても壮大な光景だ。

 ちょっとした衝撃が加われば、あっと言う間に崩落しそうな見た目なのだが、もう数百年もこのままというのだから、やはり魔女王の力というのは凄まじいと再認識させる。


「フフフ、凄いでしょう? この城は最初期、九代目魔女王が初代メルクオール国王と密会するために建てられましたが、数々の功績を出した九代目はメルクオール国王から求婚される形で后となりました。晩年、逢引の場所だったこの城は晴れて二人の居城となり、息を引き取るその時まで仲睦まじく暮らしたとされています。その後百八十年ほど経った頃、老朽化の為、一部が崩壊。あわや大惨事となるところでしたが―――」


「その辺にしてくりゃれ」


 暴走しそうになったテッサがその声にはたと止まり、空を見上げる。フィーナ達も釣られて見上げると、ヴィオが箒に跨って空を飛んでいた。


「ここからが良いところなんですけどね」


「テッサは話しだしたら止まらぬではないか。それよりテッサ、夕餉を作ってくりゃれ。お主の料理が恋しいのじゃ」


「仕方ないですね。続きはまた明日にしましょう」


 お主の料理が恋しいと言われ、テッサは上機嫌でスキップしながら城へ入っていった。

 ヴィオは軽く鼻から息を吐くと、フィーナ達に向き直して―――



「ごめんなさいなのじゃ」


 と、一礼。

 責められる前に謝るという潔いヴィオに、フィーナ達は絆され――――る訳がない。

 フィーナは腹黒スイッチをオンにし、イーナは冷たい微笑みを浮かべ、デイジーは指をコキコキと鳴らした。


「ヴィオ、何に対して謝っているんですか?」


「そ、それは……あれじゃ。毒と偽って魔法を使えなくしたじゃろ? その事についての謝罪じゃ」


「ふぅーん。他に謝ることはないんですか?」


「う………さてのう。思い当たらんのう」


「惚けたって無駄ですよ。テッサさんから全部聞きましたから」


「な、何じゃと!? テッサの奴め、なんて悪魔じみた真似を………。あれだけ言わないでくりゃれと言ったのに、本当に伝えおるとは……」


 頭を抱えてボソボソと独りごちるヴィオは、フィーナ達の表情を見て、か細い悲鳴を上げて後ずさった。


「ひぃ……」


 詰め寄るフィーナ達と退くヴィオ。傍から見れば、三人の少女が一人の少女をいじめているようである。


「ピーマン、トマト、セロリ、タマネギ、ブロッコリー」


「な、何じゃ……?」


「ヴィオが苦手な食べ物ですよ。私達がいる間、ヴィオはこれらを毎食欠かさずに食べてください」


「な………!」


「それから毎朝、自分の部屋は自分の手で掃除すること。勿論、魔法の使用は禁止です」


「………」


「最後に、デイジーの新技の実験台になること。それで許してあげます」


「……嫌なのじゃ〜!!」

 

 その後、逃亡を謀ろうとしたヴィオはテッサによって捕らえられ、泣きながらお仕置きを受けたという。



でめちゃんとヴィオはどこか似ている……そんなほのぼの話でした

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