150『ヴィオちゃんの企み』
ヴィオ視点
うむうむ。熱き友情じゃ。なんだか妾まで目頭が熱くなってきおったわ。
弟子はいいのう。灰色の魔女人生に彩りが加えられたようじゃ。お祖母様の言うとおりじゃったわ。
ふふふ、はよう帰らんと暗くなるぞ。お、流石フィーナ。真っ先に気づいたようじゃな。ふっ、慌てておる慌てておる。あ、デイジーの奴め、ハーブを入れた籠を忘れておる。相変わらず抜けておるのう。取りに戻ったのはイーナかや?魔法を使えん二人を残すのは感心せんのう。ぬぅ、妾があそこにいれば叱ってやったというのに。
「ヴィオ、また覗きですか」
しまった。集中しすぎていてテッサの接近に気づかなんだ。ああ、この顔はあれじゃな。お小言開始の合図じゃ。ふむ、良かろう。今回は言い返してやろうではないか。妾はいつまでも小言を言われる子どもではないのじゃ。
「何を言う。これは覗きではない。経過観察というものじゃ」
うむ。完璧な言い分じゃ。弟子の体調を心配するのは師匠として当然のこと。これならいくらテッサと言えど、あからさまに非難できんじゃろう。我ながら良い考えじゃ。
「その言い訳は聞き飽きました。もう半年も過ぎてるんですから怪我も完治してますよ。全く……ヴィオがいつも覗いてると、あの子達が知ったらどう思うんでしょうね。少なくともいい気はしないと思いますけど」
何たる事じゃ。考えてみれば、この言い訳は昨日も使ったのじゃった。妾としたことが不覚であった。
それにテッサは今何と言った?
まさかフィーナ達に妾が【千里眼】で見ていることを伝えるのかや?
確かに、いつも誰かに見られているなんぞ、気持ち悪いのかもしれん。いかん。不安になってきおった。用足しの場面は見ておらんからなんとかならんかの。ううむ、ならんかもしれん。
弟子には嫌われとうない。フィーナ達は妾の初めての弟子なのじゃ。イムは今でもお祖母様の弟子じゃし、テッサは従者じゃからの。
短い間じゃったが、フィーナ達と過ごした時間は実に有意義な時間じゃった。
お祖母様が死んでからというもの、あれほど楽しい時間はなかった。フィーナ達に嫌われたら、もう会えなくなってしまうではないか。
完全に召喚されてはいないとは言え、悪魔を葬った魔女に最初は興味が湧いただけじゃったが、いざ会って話してみると、予想以上に愉快なやつじゃった。
特殊魔法を複数有し、【大蛇】まで倒したと聞いたときは本当にたまげた。ちょっと助言するつもりなだけじゃったはずが、気づいた時には熱心に指導までしてしまったわ。
そんな可愛い弟子に会えなくなるなんて、御免じゃ。
不服じゃが、妾の愛らしい顔で懇願すればテッサも許してくれるじゃろ。
お祖母様も言っておった。『女は愛嬌』じゃと。使い方は違ったような気がするが、とにかく、可愛く頼めば何とかなるということじゃな。
「フィーナ達には言わないでくりゃれ……」
うむ。完璧じゃ。上目遣いで瞳を潤ませるのがコツじゃな。ふふふ、この歳でこの身技。我ながら末恐ろしいわ。
「聞きません。次に会ったら必ず報告しますからね!」
「なんでじゃ! やめてたも! この通りなのじゃ〜!」
なんて奴じゃ!
妾がこんなに頼んでおるというのに、取り合ってもくれん。テッサは悪魔より酷いやつなのじゃ。妾の愛らしさも通じんとは、テッサには人の心が通って無いのかもしれん。
「それからヴィオ、そろそろあの子達の魔法、返してやってもいいんじゃないですか?」
「うむ……」
「わざわざ毒なんかに偽装して……。手伝わされた身にもなってください。それに可哀想じゃないですか」
うむむ。妾だってそろそろ良いかなとは思っておるわ。しかし、フィーナ達が妾の元に来ないのじゃ。縋ってくるかと思ったのに当てが外れたわ。まあ、来ないほうがフィーナ達の身になるのじゃが……。やっぱり師匠として、弟子には頼られたいものよ。
「悪趣味だと思いますよ。あの子達を育てたいのはわかりますけど、もっと他の方法があったでしょう? 何も魔法を奪うなんて……」
悪趣味とは失礼な。これは必要じゃったのじゃ。確かに他の方法もあったが、これが一番の近道なのじゃ。
フィーナやイーナはともかく、デイジーは特殊魔法に頼り切る節があった。特殊魔法に頼り切る魔女は元来、碌な事にならんと決まっておる。八百年という長い歴史がそれを示しておる。
本来、特殊魔法は窮地を脱する火事場の馬鹿力みたいなものなのじゃ。それをポンポン使うほうがおかしいのじゃ。治癒や再生魔法は他者に施す分マシじゃが、デイジーの場合は体に負担の大きい身体強化。今は若さと元気な肉体故になんとかなっておるが、繰り返していけばきっと悪影響が出るはずじゃ。
デイジーには特殊魔法に頼らずとも何とかなるという気骨を身に着けてほしかったのじゃ。
その点、フィーナは凄いのう。まるで気にしとらんかったわ。まあ、あやつは存在自体が少々特殊じゃからな。精神年齢では妾より年上じゃし。
デイジーには悪い事をしたとは思うがの。妾は師匠じゃ。弟子の正しい成長を見守るのが師匠の役目じゃ。デイジーも成長してくれたようで、妾は満足じゃ。
それに妾を頼ってくれば問答無用で解呪してやったわ。その時はまた、妾の城で濃密な特訓になっておったがの。
「まあ良いではないか。フィーナもデイジーも大きく成長したようじゃし、イーナも初めてデイジーに強く反発されて色々と考えたじゃろう。弟子には魔女としてだけでは無く、人として一人前に育って欲しいからの」
「では、ヴィオも弟子に負けないように一人前になってくださいね」
「無論じゃ」
まるで妾が一人前じゃないような言い草じゃが、まあよかろう。
「流石ヴィオです! 二十五代目のアルテミシアなだけありますね! ということで、今日の晩御飯はピーマン尽くしにしますね」
「な……!」
ピーマンじゃと?
テッサはあの緑の悪魔を食せと言うのか?
嫌じゃ!
テッサのことじゃから、今日の皿には山盛りのピーマンが盛り付けられておるに決まっておる。何とかして回避せねば……!
「ピーマンを食べられなければ一人前に成れませんよ。弟子のデイジーが食べられるのに、師匠のヴィオが食べられなくてどうするんですか」
ぐぬぬぬぬ。まさか【千里眼】で見ていた事を逆手に取られるとは。これでは回避のしようがないではないか。
確かにデイジーはピーマンを食べておった。あんな苦い物をよく食べられるのう。その辺はまだ成長せんでも良いのじゃがのう。
「ま、待つのじゃ。一人前に成るのは明日からにするのじゃ。じゃから今日は普通のご飯にしてたも」
「そうですか……」
ふう。苦肉の策じゃが、今日はこれで回避できるじゃろう。明日は……適当に外で食べるかの。そういえば王都の祭りで食べた串焼きは美味かったのじゃ。是非ともまた食べたいのう。そうじゃ、今日はあの時の気分を味わう為に串焼きにしてもらうのじゃ〜。
「大丈夫ですよ、ヴィオ。たっくさん買いましたから、明日も明後日もテーブルにはピーマンが並びますから。頑張って一人前になりましょうね」
「嫌なのじゃ〜!」
やっぱりテッサは悪魔なのじゃ!
ちなみにその頃デイジーは……
アーニーおばさん「デイジー! トマトも食べなさい!」
デイジー「やー! おえってなるから!」
アーニーおばさん「残念だねえ、この鶏肉と一緒に食べると、凄く美味しいのに……」
デイジー「イーナじゃあるまいし、かーさんには騙されないよー」
アーニーおばさん「イーナちゃんに弟子入りしようかねえ……」